海外コロナ休校下の家庭学習事情:オランダでは…
新型コロナウイルスの感染拡大による影響は、世界の教育を揺るがしています。日本では自宅学習用課題の作成、オンライン授業など、学校は子どもたちの学力保障に苦心していますが、海外ではいま、どのようなことが試みられているのでしょうか。小学生の子供を持つ海外在住ライターからのリアルな現場リポートです。
目次
事前のICT化がスムーズな自宅学習移行のカギ
オランダのハーレムという町で暮らしているライターの倉田直子と申します。オランダでは、3月16日(月)から義務教育の一斉休校が始まりました。しかし政府から休校を言い渡されたのは、前日である日曜日の夕方。直前まで首相が記者会見で「休校はない」と発言していたので、当事者である学校も寝耳に水だったのではないでしょうか。
オランダに暮らす筆者は、小学生の子供をオランダの現地校(公立)に通わせています。以下、主に私の子供が通う小学校を例にとり、「オランダの小学校がどのように休校中の教育を行っているか」をリポートしたいと思います。
まず大前提として、もともとオランダの小学校のICT化は非常に進んでいます。「校舎自体は築100年以上でボロボロでも、すべての教室にスマートボード(電子黒板)が導入されている」という小学校も、決して珍しくありません。
そして台数に差はあっても、児童たちが授業で使用するためのiPadが教室に備え付けられている小学校がほとんどです。「児童ひとりに1台」ということも。
そんなICT環境を活用し、普段から様々な教育ソフトウェアを使用しているのです。
そういった環境のおかげで、突然の政府からの休校要請にもかかわらず、自宅学習にスムーズに移行することができました。筆者の子供の通う小学校は、日曜日の休校宣言からほんの数日で準備を整え、水曜日からは自宅学習カリキュラムが始まりました。けれどもそれは、画面越しに担任教師が講義を行うような「オンライン授業」ではありません。普段の授業で使用していた教育ソフトウェアに自宅からログインして行う、あくまでも自習、「自宅学習」です。どのようにオペレーションしているのか、実際のアプリやソフトウェアの解説を交えてお伝えしましょう。
課題スケジュールの支給
他の小学校に通う保護者に聞いてみても、どこの学校も「その日するべき課題」は決まっています。けれども、しっかり時間割に組み込んでいるかどうかは学校によって異なります。筆者の子供の学校は、何時にどの課題に取り込んでもよい放任スタイルですが、他の小学校はしっかり時間割を作っているそうです。
スケジュール表は最初の3週間分は紙で受け取りましたが(親が教材を学校に取りに行く日がありました)、その後はPDFファイルをメールで受け取りました。
担任教師と児童間で直接コミュニケーション
オランダでは、教師と保護者が専用の連絡アプリでやり取りするのが普通です。そのアプリ経由で、欠席連絡や面談の予約などもできる便利なツールです。筆者の子供の小学校は、「Social Schools」というアプリを使っています。今回の休校を機に、その「Social Schools」の児童用アカウントも設置されました。これを使用し、教師が児童に課題のことなどで直接コンタクトをとるのです。
児童のほうからも、自宅学習の際にわからないことがあれば、「Social Schools」のチャット機能を使って教師に質問をすることができます。教師からの一方通行ではなく、児童からも働きかけられるのがいいですね。
最初にオランダの進んだICT環境を解説しましたが、休校直後は紙のプリントや書き取りドリルも支給されました。休校直前まで授業で使っていた資料などもそのまま引き渡されたのです。そういった紙ベースで行う課題は、終了ページを撮影し、教師に「Social Schools」経由で提出しています。デジタルとアナログを上手く併用していますよね。
そういった勉強にまつわる事務的なことばかりではなく、教師から児童あてに、毎日のあいさつやちょっとした話題(「ティータイム」という件名)が送られてきます。こういった形式ばらないオランダらしさが、子供たちの孤立感を癒しているとも感じられます。
日々の課題にアクセスできるポータルサイト
児童たちは、教師が組んだスケジュール表に沿って課題をこなします。それぞれの課題に特定の教育ソフトウェアを使用しているのですが、児童たちがその課題にアクセスするためのドアのようなサービスもあります。
筆者の子供の小学校は、「Basis Poort」というサービスを利用。教師が教育ソフトウェアごとに日付と課題内容を設定すると、児童が指定日に課題を行うことができるのです。例えば、上の画像は筆者の子供が「Basis Poort」にログインしたトップ画面です。この日は「Nieuw Begrijp」というニュース解説サイトで時事問題の読解と関連する単語の学習を行う課題があったので、そのアイコンをクリック。
すると「Nieuw Begrijp」のサイトにジャンプし、読むべきニュースへのリンクや単語ページへのリンクが表示されます。
この「Basis Poort」を使用すると、児童が課題の実施個所を間違えることを防止できるのです。
算数はソフトウェア「Gynzy」が人気
小学校ごとに使用ソフトに差はあるものの、算数は「Gynzy」というソフトウェアが人気です。
こちらは、オランダの最上級生(11歳前後の子供が在籍)の算数問題。問題の音読機能もあり、目と耳から刺激を受けられるのです。公式サイトに解説がなかったので推測ですが、問題の読み上げは、ディスレクシア児童(読み書き障害)へのサポート目的であるかもしれません。そして一問ごとに正解か不正解かも表示されるので、退屈せず問題を解けます。
こちらのリンク先のGynzy公式動画では、もっと詳しく「Gynzy」の仕様を確認できます。オランダの普段の教室の様子も垣間見られるので、コロナ休校以前の教室の雰囲気がおわかりいただけると思います。
こういった教育ソフトウェアは通常、学校ごとに使用契約を行っています。オランダは教育の自由が保証されているので、どのようなメソッドで教えるか、どのような教科書や教育ソフトウェアを使用するかということは、学校に一任されています。
「Microsoft Teams」でクラス会
休校から日を重ねるごとに、小学校のサポートシステムがどんどん進化していきました。休校スタートから3週間後には、「Microsoft Teams」という会議ツールを使って、クラスミーティングが始まったのです。他の学校の保護者にリサーチしても、似たようなことがほぼ同時期に始まっていたようです。
けれどもそれは、授業というよりも主にレクレーションに活用されています。担任教師がホストになってビンゴをしたり、勉強にまつわるクイズ大会が行われていました。先生や友達に会えない児童たちの寂しさをまぎらわせることを目的としているようです。
ドリルの画像のオンライン提出でも感じましたが、オランダの自宅学習はアナログとデジタルが上手く融合されていますね。
国が自宅学習をサポート
ここまで小学校単位の取り組みについて述べてきましたが、オランダは国や社会そのものが子供の自宅学習に真剣に向き合っています。
まず政府と関連組織が、このコロナ休校と同時に遠隔教育(自宅学習)の情報共有サイト「Les op afstand」を立ち上げました。初等教育や中等教育に携わる教師たちに向けて、遠隔教育に活用できそうな情報やテクニックの共有が行われています。それは「このようにしなさい」というトップダウンではなく、あくまでも情報提供にとどまっています。例えば、前述の「Microsoft Teamsを使用したオンラインクラス会」でも、実施の際のアドバイスが書かれています(例:教師がディスカッションのリーダーであることを明示する、等)。
休校期間中に家庭学習の監督を担うことになる保護者へのアドバイスページも設けられていて、政府が家庭の負担にも想いを馳せていることが見て取れます。
また、自宅学習に必須のWi-Fi環境やデジタルデバイスも、国がサポートを行っています。
そういった環境が整っていない家庭が自宅学習から取り残されないよう、政府は早々にこの休校中の自宅学習のために250万ユーロ(約2億9千億円)の予算投入を決定。その他にも、様々な財団や基金がラップトップコンピュータの提供を申し出て、把握できているだけでも1万6千台のラップトップコンピュータが寄付されました。ラップトップを持たない児童は、主に学校経由でレンタルできます。貧困事由ばかりではなく、「きょうだいが多いので、同時に自宅学習するにはデバイスが足りない」というような理由でも貸し出しは許可されています。他校で実際にラップトップコンピュータをレンタルした知人がいますが、煩雑な申請プロセスはなく、担任教師に連絡しただけで貸与されたそうです。
Wi-Fiに関しては、自治体や電話会社などがサポートを実施。オランダの固定/携帯電気通信企業「KPN」は、休校スタート直後に無償で4Gルーターを1000台提供すると発表して話題を呼びました。決定のきっかけは、とある学校の校長先生の働きかけだったというから驚きです。
このように、官民そろって休校中の自宅学習を後押ししていることがうかがえます。
実はオランダの小学校は、すでに休校を終え、5月11日から再開しています。けれども普通に開けるのではなく、クラスの人数を半分にする分散登校というスタイルを採択しました。隔日または午前と午後で、登校するグループと自宅学習するグループとに分けたのです。
半分とはいえ自宅学習はまだ継続しているので、今後もオランダの自宅学習の進化を注視していきたいと思います。
参考記事
[Ruim 16.000 laptops en tablets ingezet voor onderwijs op afstand]
[Zorgen over niveauverschil thuislerende kinderen: ‘Verschillen straks groot’]
[KPN helpt kinderen nu de scholen gesloten zijn tijdelijk aan wifi voor hun schoolwerk]
文/倉田直子(海外書き人クラブ/オランダ在住ライター)