音楽科×ICTで表現の幅を広げる〜世田谷区立駒繋小学校・宮野由季先生のiPad活用実践
ADS(Apple Distinguished School) の認定校(2023-2026)である世田谷区立駒繋小学校では、先生たちが日々iPadを活用した授業改善に取り組んでいます。音楽専科の宮野由季先生は、音楽とICTを組み合わせることによって子供たちの表現の幅を広げられることに注目し、さまざまな試みを実践中です。音楽でiPadをどのように使っているのか、詳しく伺いました。
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宮野 由季(みやの・ゆき)世田谷区立駒繋小学校 音楽専科
音楽大学を卒業後、2016年より東京都の小学校音楽専科として勤務。2022年より勤務する現任校でiPadと出会い、ICTを活用した授業研究に取り組む。Apple Learning Coach。世田谷区ICTインフルエンサー。
目次
「記録」のためにiPadを活用
音楽の授業でのICT活用は、iPadを“記録”のために使うことから始めました。記録するのは、楽譜や音楽づくりのワークシート、感想やまとめ、そして、自分の姿の録画、音声の録音などです。
音楽づくりのワークシートは、デジタルだとプリントより音符や図形を書いたり消したりしやすく、また共有もかんたんにできます。楽譜は、紙とデータ両方で配布すると、自分のパートと全体の楽譜を両方開いてみることができたりして便利です。
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歌ったり演奏したりする姿を録画したものは、確認してアドバイスします。リコーダーの運指などは、「手が反対! 穴が押さえられてない!」など、動画を見て指摘できることがたくさんあります。歌なら、姿勢や口の開け方などを確認しています。
そして、音程や全体の響きを聴くためには、録音した演奏を聴いて、例えば5年生のリコーダーであれば、タンギングがなめらかにできているか、息の強さはどうか、そして曲にあった音色で吹けているかなどをチェックできます。
実技テストの時は、子供たちに自分のタイミングで一番いいパフォーマンスを撮影して提出してもらい、私はそれをゆっくり視聴して評価します。授業時間中に1人ずつ先生の前で演奏したり歌ったりすることがないので大幅な時短になり、その時間をより多くの練習に使うことができるのもメリットです。
曲のおもしろさを紹介する作品づくりで自分を表現
ただ、そんなふうにICTを活用しているうちに、表現科目である音楽をICTと組み合わせることで、子供たちの表現の幅を広げることができるのではないか、と思うようになりました。それ以来、さまざまな“表現×ICT”の実践に取り組んでいます。
その一つが、音楽鑑賞の授業のまとめです。「聴いた曲のおもしろさを担任の先生に紹介する“文章を書きましょう”」というのが、従来のまとめ方でした。それを、“作品を作りましょう”に変えて、曲の面白さを伝える作品を自由に作るように、と子供たちに委ねてみたのです。
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子供たちは、他の授業でも、ふだんから相手に自分の考えを伝える方法やツールをいろいろ学んでいます。どんなツールを使ってもいいと言ったら、ロイロノートのカードに言葉でまとめたり、Canvaを使ったり、Pagesでポスターにしたり、Keynoteでみんなのコメントをまとめるスライドを作ったり、Clipsや iMovieで紹介動画を作ったりと、子供たちは自分の得意なツールを駆使して作品づくりに取り組み、さまざまな作品ができあがりました。
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どのような手法で作品を作っていても、評価するのは内容です。曲を聴いてそれぞれが感じたこと・考えたことは、授業中にワークシートでまとめています。そこで、作品で「どのような曲だったか」「自分がおもしろいと感じた部分はどこか、どうしてか」など、その音楽について自分の考えを紹介できているかどうかを見るようにしています。
「聴いた曲のおもしろさを担任の先生に紹介する作品づくり」でわかったことはいくつかあります。まず、自分の考えを伝えるのに、書くだけでなく、話したり、他の方法を使ったりと、子供たちの表現の幅が広がったこと。また、動画でカメラに向かって話す時には、ことばや表現を工夫する必要があるので、表現力も高まりました。
この実践は4年生で行いましたが、高学年になると、紹介する相手によって、スライドなのか動画なのかなど、相手にあった表現方法を選ぶことも学びます。そこで、例えば「CD屋さんになったつもりでポップ(ポスター)をつくろう」というテーマでの作品作りなども、やっていきたいと思っています。
「リコーダー演奏+ドラムビート」でオリジナル作品制作
GarageBandは音楽制作ができるiPadのネイティブアプリで、音楽以外の授業でもいろいろ活用されています。私は、子供たちにまずGarageBandに触れてほしいと思い、「オリジナルの作品づくり」にトライすることにしました。
作品づくりと言っても、自分のリコーダーの演奏を録音して、ドラムのビートを足すだけです。この活動の目的は、リコーダーの技術向上と、GarageBandでその演奏を面白くグレードアップさせることなので、楽器を自分で演奏することにはこだわっています。子供たちには、「リコーダーがすらすら吹けるようになったら、他の楽器とも合わせられるね! 実はGarageBandにはドラムのかっこいいビートがあるんだけど…」などと言って興味を持ってもらいます。
曲は、子供たちが自信を持って演奏できるものを選び、その中の短いフレーズを使っています。3年生のリコーダーの実践では、ベートーベンの「喜びの歌」の冒頭8小節を使いました。演奏する際に、拍を感じてそれに合わせることは、しっかり指導します。後から追加するドラムのリズムと合うように、子供たちはGarageBandのメトロノームの音を聞きながら演奏しますが、うまくできなければ、デフォルトでは110となっている速さ(タップテンポ)を変えてもいいことにしています。見本として、「先生は落ち着いて吹きたいから90でやるね」と、ゆっくりにしたバージョンを見せたりもしました。
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この活動で、いい演奏を録音しようとていねいに何度も吹き直したりして、技能面の向上に取り組む子供たちの姿が見られたのは、嬉しいことでした。また、リコーダーとドラムだけでなく、他の楽器を組み合わせてみたいと、GarageBandの機能を応用し始める子供たちもいて、いろいろな学びの広がりもありました。
GarageBandで日本の音階を使った曲づくり
授業でGarageBandを使う理由の1つには、ふだん出会えない音や、音楽室にない楽器の音が入っている、ということもあります。Worldというカテゴリの中には、世界中の面白い楽器があって、もちろん日本の楽器も入っています。これを使って、5年生では、日本の音階で旋律作りをしました。
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旋律づくりにメインで使う楽器は箏(こと)です。箏は、もともと日本古来の音階になっているので、まず自由に触って音階の感じや音色に触れてみます。いい音がするので、子供たちは大喜びです。また、画面で触ってみると、自分に近い手前の弦が低い音で、奥が高い音、というようなことにも気づきます。旋律を作る時には、旋律の動き(だんだん高くなる、低くなる)や、音楽のしくみ(よびかけと答え、反復)などを工夫して、まとまりのある旋律をつくるように指導しています。
箏でつくった旋律にピアノの音を合わせてみたりするとき、ピアノのキーボードを、日本の音階モードに設定できるのは、とても便利でした。ピアノの他にも、太鼓を追加したり、「春の海」で尺八の勉強をした後には、自分のリコーダーの演奏を入れたりして、曲づくりをしています。
作品が早く出来上がった子供たちに、曲のイメージに合う画像を組み合わせて動画にしてもいいよ、と声をかけたら、いろいろな作品ができました。映像化はマストではありませんが、映像にすると、旋律で表現したかったイメージがより伝わりやすく、子供たち同士で共有するときも、反応がよくなります。
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3年生のお囃子の勉強では、日本各地に伝わるお囃子を聴いてお祭りの雰囲気を楽しんだ後、GarageBandで、オリジナルのお囃子づくりにも挑戦しました。日本の音階(3年生ではラ・ド・レの3音)を使った旋律づくりを学びます。そこで、短い曲を自分でつくって、リコーダーで演奏し、「日本の伝統楽器」にある「太鼓ドラム」の太鼓の音を加えて、自分の好きなお囃子の特徴をいかした旋律を作りました。
ごく短い曲ですが、「高いレをたくさん使って元気な感じにしたい!」など、子供たちは自分の思いを持って作品をつくります。さらに、旋律は自分のリコーダーの音で録音するので、それぞれの個性が表れたお囃子ができあがります。
「日本の音楽づくり」は、もともと学校には箏などの和楽器は少ないので、みんなが楽器に触れられるようにと考えて始めた活動でした。実際、GarageBandで、触りながら感覚的に音楽をつくることができたのは大きなメリットでした。さらに、実際の楽器で演奏するのに比べて、技能の差が出にくく、誰でも自由に音楽づくりを楽しむことができます。そして、いろいろな楽器の音を重ねるなどの応用がしやすいことも、とても良い点でした。
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合唱のハモりの練習にもGarageBandを活用
音を重ねられるという特徴をいかして、歌の練習にも、GarageBandを使っています。子供たちは、ふだんから自分たちの声を録音したりビデオで撮ったりして確認することはしていました。それを、GarageBandを使ってやってみようと提案したのです。まず、私が主旋律を歌った声とピアノの伴奏を録音し、そのデータを、子供たちのロイロノートに配布しました。それを各自がGarageBandに読み込めば、先生の声とピアノに自分たちの声を重ねて録音することができます。
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例えば、合唱のパート練習で、アルトパートの子供たちが2〜3人でイヤホンをつなぎ、耳から聞こえるソプラノの歌声に合わせて歌い、録音します。それを聴くと、主旋律に対してちゃんとハモっているか、修正点はないか確認することができます。GarageBandでは、主旋律をオフにして自分たちの声だけ聴くこともできるので、課題に気づきやすくなります。
この授業のゴールは全員での合唱ですが、一斉に歌っている時は、自分たちの声だけを聴くことはできません。GarageBandを使って練習すると、声を重ね合わせて響きを確認することもできるし、それぞれのパートを取り出して聴くことができるので、とても役に立ちました。これは、器楽の合奏などにも有効だと思うので、これからやってみるつもりです。
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ICT活用で広がる音楽という表現科目の可能性
子供たちは、GarageBandを使って、遊び感覚でリズムを打ったり、ギターを鳴らしたりしています。こんなに多様な音色に触れられるのはとてもいいことですし、授業では、いろいろな可能性があることを伝えながら使わせています。GarageBandの機能があまりにも多くて、子供たちは少し難しいと感じることもあるかもしれません。ただ、実際の演奏の技能には問題がある子供も、GarageBandを使った音楽づくりには主体的に取り組んでいます。私は、「誰でも音楽づくりができる!」という点が、何よりいいことだと思っています。
これからも、ICTを大いに活用して、音楽という表現科目の可能性をもっと広げていくつもりです。歌う・聴く・演奏する・音楽をつくる、といった活動を通して、音楽の持つ力や面白さを伝えながら、それを子供たちの自由な想像や発想にゆだねて、一緒に音楽を楽しんでいきたいです。まだ私も勉強中なので、多くの先生たちから学んで、吸収し、また発信できたらと考えています。
取材・執筆/石田早苗
教育現場でICT活用を実践している先生や学生たちが、その実践事例やノウハウをプレゼンテーション形式で紹介するYouTubeチャンネル「iTeachers TV 〜教育ICTの実践者たち〜」はこちら → https://www.youtube.com/iteacherstv