<新連載> 菊池省三の「コミュニケーション力が育つ年間指導」~3学級での実践レポート~ ♯1 徳島県石井町立石井小学校5年3組①<前編>
菊池実践を追試している3つの学級の授業と子供たちの成長を、年間を通じてレポートする新連載のスタートです。3学級の担任は、徳島の堀井悠平先生、高知の小笠原由衣先生、千葉の植本京介先生。それぞれの学級をローテーションでレポートします。原則的に、菊池先生の授業記録+担任のコメントという構成でお届けします。第1回は堀井学級における、学級開き後わずか2週間の時点での授業レポートです。
目次
担任・堀井悠平先生より
昨年度、生徒指導主任として、何度か4年生のクラスにサポートに入ることがありました。その際、子供たちが秩序なく好き勝手に振る舞っている印象を受けました。
その後子供たちは、お互いにうまく関係性を築けないまま、5年生に進級してきました。おとなしい子が多く、また心理的な安全性がないために、簡単なことにも挑戦しようとしない、よさを共有しようとしてもなかなか広がっていかない、と感じています。どんな動きをする際にも、ワンテンポ遅れがちです。周りの動きやその空気を感じて動いているからなのでしょう。
子供たち一人ひとりには子供らしさが見られるものの、おたがいに牽制し合い、集団としてのつながりは希薄です。特に女子はSNS上でのトラブルなど、友達関係に問題を抱えており、教室がみんなの安心できる場所になっていないため、重い空気を感じました。
このような様子から、次の3つを1年後のゴールイメージとして考えました。
①他者理解と自己理解が進み、深まっている教室
②成長し合おうとする空気が漂っている教室
③聞き合い、考え合うことで新しいものを生み出そうとする教室
子供たちの実際の行為や言葉を踏まえ、ゴールイメージに向けて取り組んでいきたいと考えています。
菊池先生による飛び込み授業
「こんにちは!」
菊池先生がみんなに挨拶しながら、
「指の骨が折れるぐらい拍手をしたら、絶対に笑顔になれるんです。じゃあ、行くぞ!」
と声をかけると、子供たちが大きな拍手で菊池先生を迎えた。
「さっき3時間目の授業を見せてもらいました。話し合いのとき、みんな理由をセットにして交流していたから、どのペアも交流の時間が長い。4月でこのレベルのクラスはなかなかありません。今日は楽しくやりたいね。隣の人と『楽しもうな』と言い合いましょう」
ニコニコしながら、子供たちが「楽しもうな」と声をかけ合った。
<ワードセンス>
菊池先生が黒板に一言書くと、子供たちは「何だろう?」という表情になった。
「齋藤孝先生が考えた言葉だそうです。<ワードセンス>ってどんなことだろう? センスは、よく『センスがいいなあ』なんて言いますね。じゃあ、<ワードセンス>はどんな意味だろうか、ひらがなと漢字で表しましょう。一人ひとり違っていいんだね。先生は全部が正解だと思います」
子供たちは成長ノートを開いたものの、難しい問いに鉛筆が止まっている子も多い。
「夢」を、夢という言葉を使わずに説明しよう、「コミュニケーション」をひらがなと漢字で表そう。
私は子供たちによくこのような問いかけをします。
自分で考える問いには、正解はありません。自己開示できる安心感がある、正解がないから楽しい、難しいけれど頑張ろうと考える。これらはすべて学級づくりの下地になります。だからこそ、年度初めから1年間かけて鍛えていきたいと考えています。
「ワードセンス」の問いは、子供たちにとって難易度が高かったと思います。自分で独自に答えを考える経験がないため、余計に戸惑ったのでしょう。
それでも、こういう授業を通して、”自分で考える時間” を自覚させたいのです。わからなくてもいいし、書けなくてもいい。でも考える。今は考えるときだから、一人で考える。わからなくても、あとで友達と交流する時間はあるから大丈夫。
このような経験を積み重ねないと、深く考えようとせず、「わからん」とすぐに匙を投げたり、流されるだけの子供たちになってしまいます。
2分後、1文字でも書いた6人が発表した。
●言葉
●言葉のセンス
●言葉の選び方
●言葉のセンス
●自分が考えた言葉
●言葉のセンス
一人ひとりの答えに菊池先生がうなずいた。
“正解主義” で学んだ子供は、自分で思考の枠を決めてしまう
「ワードセンスについて考えるために、ある写真を見せようと思います。見たことがある人はやる気の姿勢を見せましょう」
と声をかけた。あるお笑い芸人コンビの写真を見せながら、
「2人のコンビ名を知ってる人?」
と尋ねると、数人が手を挙げ、「錦鯉」と答えた。
「錦鯉について知っていること、見たことがあること、知らなくてもこの写真を見て気が付いたこと、何でもいいから書いてください」
菊池先生の問いかけを受け、子供たちは成長ノートに向かった。
1分後、鉛筆を置いて全員が立ち上がって自由に交流。
「交流では、書いた理由も話しましょう。書けていない友達は写せばいいんだね」
菊池先生が話し合いについてアドバイスをした。2分後、席に戻って 意見発表。
「何か書いた人、写した人は手を挙げましょう」
と声をかけると、半数が手を挙げ、5人が発表した。
●写真を見ておもしろそうだと思った
●漫才をして同じネタを何回も繰り返す
●こっちの人がボケで、こっちがツッコミ
●明るくて元気
●「こーんにーちはー」と言って、もう1人が「うるせーんだよ」とツッコむ
「そうだね。じゃあ、みんなでやってみるぞ」
と菊池先生が言うと、みんなが元気よく、
「こーんにーちはー!」と答えた。
以前受け持った学級で、社会科で写真を見せながら、「気づいたこと、思ったことを何でもいいから書きましょう」と問いかけたとき、問いの意味がわからず、何も書けない子がいました。その子は、友達の意見を聞いて、初めて「自由に書いていいんだ」と気付いたのです。
“正解主義” の授業ばかりを受けてきた子供たちは、無意識のうちに “正解” を答えようとします。
教師は、「『何でも書いていいよ。思いついただけたくさん書きなさい』と指示したのだから、子供たちは自分の意見をいくつも考えるはずだ」と考えるかもしれませんが、子供たちは何を書いていいのかわからない。なぜなら、そういう経験をしてきていないからです。特に、自己開示できない子、正解にこだわってしまう子は書けません。
「本当に思ったことを書いていいの?」と不安になり、”正解” に沿った “何でもいい” を探してしまう。自分で思考の枠を決めてしまうのです。
年度初め、教師が「頑張ろう」と言うだけでは、不安な気持ちで過ごしている子供たちとの間に溝ができていきます。
ヒントを与えたり、他の子の意見を聞くようにしたり、みんなで声を合わせたり…。子供たちが安心して取り組めるように、フォローをして寄り添いながら、丁寧に対応することが大切です。
「齋藤孝先生が、ツッコミの渡辺さんの『言葉を選ぶセンスがいい』とほめたそうです。『どんなコンビ?』と聞くと、普通は『ボケとツッコミ』と答えるところを、渡辺さんは『バカと○○のコンビです』と言ったそうです。何と言ったでしょうか? 予想だから、一人ひとり違っていいんだよね」
菊池先生が問いかけると、子供たちは各々成長ノートに書き込んだ。
1分後、再び自由に立ち歩いて意見交流。1回目より、みんなの声が元気よくなった。
2分後、そのままの位置で発表した。
●天才
●ツッコミ
●バカ
●先生
「じつは渡辺さんは……。みんな、『ああーっ!』というリアクションの準備はいい?」
子供たちの背筋がピンと伸びた。
「じつは渡辺さんは、自分たちのコンビを『バカと注意』と言ったそうです」
子供たちが「えええーっ」とリアクションした。
「『バカなことを言ったら注意をするコンビ』なのだそうです」
と菊池先生が話すと、「へえ~」とみんながうなずいた。
この時期の子供たちは、”自由に” 立ち歩くといっても、まだ仲がいい友達とだけ交流することがほとんどです。ですので、いったん席に戻ることで話し合いの流れを中断させないためにも、そのまま話しやすい雰囲気の中で発表させます。
「そのままの位置で発表」というのは、白熱した話し合いのゴールイメージの形態でもあり、それを経験をさせる意味もあります。
言葉だけではなく、非言語でも寄り添う姿勢を
菊池先生が新たに、ある雑誌の表紙の写真を見せた。
「1年生を表す言葉で、絶対みんな知っています。1年生を表すワードセンスのいい言葉だね。なんだろう。最初に“ピ”、次は “カ” がつくね。じゃあみんなで言いましょう」
菊池先生が問いかけると、みんなが笑顔で歌いながら答えた。
「ピッカピカの1年生~」
教師が子供と一緒に楽しむときは、本気で楽しみましょう。
冗談を言っているのに、目は笑っていない。目が合ったとき「嬉しいよ」の「嬉しい」が、本当に嬉しいのか、嫌みのこもった叱責なのか、教師の非言語の部分が微妙な空気感を作ることが多々あります。
言葉で理解しているように話しても、非言語の部分で圧をかけているのです。表情や動作で「こうしなさい」という空気を送らないようにしましょう。
自己開示ができていない1学期は、できなくて当たり前、と寄り添う姿勢が大切です。言葉だけではなく、非言語でも寄り添います。
真面目な教師ほど、ゴールへと一直線に向かおうとします。すると、子供のマイナス面に目が向きがちになります。
口ではほめていても、子供たちがうんざりするような伝え方では、子供たちの心は離れていくばかりです。
「教師は演者たれ」。”本気で一緒に楽しむ” ことも大事なパフォーマンスの1つです。
笑顔の子供たちに、
「元々は『春が待ち遠しい1年生』だったそうですが、『何か1年生を表すのにセンスが悪い』ということで、考えて考えて『ピカピカの1年生』になったそうです」
と菊池先生が説明した。
「その場・その人・その状況にぴったりの言葉を選ぶ。そういう感覚がワードセンスです」
と菊池先生が話すと、子供たちが大きくうなずいた。
※この授業レポートは次回に続きます。
菊池先生から堀井先生へのメッセージ
第一印象は、「おとなしい子供たちだな」というものでした。自分を隠して殻を被っている印象を受けた子もいます。子供同士が様子見をしているのか、お互いに牽制し合い、沈み込む子供が多いと感じました。
4年生のとき、人間関係でトラブルを抱える子供が多くいたと聞きましたが、授業の際には、「5年生になったから、がんばろう!」と期待している表情が見られました。
進級してから2週間、一人ひとりの子供とつながるよう、堀井先生がほめて認めて励ましていることが伝わってきました。
健全な相互理解や自己開示には、担任の本気度が問われます。トラブルを起こしていた当事者同士の不信感をほぐすには時間がかかりますが、担任と子供、子供同士の信頼関係ができれば、一気にプラスに加速していくはずです。
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取材・文/関原美和子
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。