「子どもの希死念慮」とは?【知っておきたい教育用語】

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1998年には自殺者が急増し、年間3万人を超えたことは大きな社会問題となりましたが、その後の国の様々な取組があり、2012年には2万人台まで減少しました。しかし児童生徒の自殺者が増加し、厚生労働省の2022年の調査では、年間に約500人が自ら命を断つという大変痛ましい状況となっています。自殺の動機や原因を探り、未然に防ぐ取組を進める上で、「希死念慮」という言葉が多く登場します。ここでは、この言葉の意味や自殺の現状と当事者の心理、そこから考えうる対策などについて見ていきます。

執筆/創価大学大学院教職研究科教授・渡辺秀貴

教育用語タイトル

希死念慮(自殺念慮)の意味とその状況

厚生労働省のポータルサイトの「用語解説」では、希死念慮について次のように説明しています。

自殺念慮とほぼ同一の思考内容をさしています。これらの意味の差異としては、自殺念慮の場合、強い感情を伴った自殺に対する思考あるいは観念が精神生活全体を支配し、それが長期にわたって持続するのに対し、希死念慮では、思考あるいは観念として散発的に出現する場合をさすことが通例であり、「消えてなくなりたい」「楽になりたい」などが希死念慮の具体的な表現型です。

引用:厚生労働省(ウェブサイト)「働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト こころの耳

つまり、希死念慮と自殺念慮はほぼ同じ意味を持ちながらも、散発的に出現する場合と持続する場合とで扱いが異なる場合があるということです。このことを踏まえながら、ここではいずれの言葉も「死にたいという気持ち」を表すものとして扱っていきます。

自殺への意識について継続的に調査している日本財団の「第4回自殺意識全国調査」(2021年)によれば、調査結果から自殺への意識について10のファクトを示しています。そのいくつかを紹介します。

●4人に1人が「本気で自殺したい」と考えたことがある
●自殺未遂経験者が6.2%
●自殺念慮、自殺未遂ともに15〜20代のリスクが高い
●自殺念慮、自殺未遂が高い層
 →休職中や求職中・持病、心の病気・疎外感や孤独感を感じている
 →家族等に助けや助言等を求める相手がいない
 →周囲で自殺で亡くなった方がいる
●7割が自殺を考えた時に誰にも相談していない
●自殺念慮や自殺未遂経験がある層は、家族に助言を求める割合が低い
●若い年代は自殺に関する報道に影響を受けやすい   など

これからは、希死念慮を抱いている層が一定数いて、特に、自身が置かれた環境の影響を受けやすいことが分かります。またこの調査では、「1年以内に自殺念慮のあった層のコロナ禍におけるストレス」を把握することも目的としていて、結果として「精神的健康問題の症状悪化」「就職/転職活動が困難」「経済的に困難」「睡眠不足」などが示されています。

希死念慮とその心理状態

かつて3万人を超えていた自殺者数は2万人台まで減少している一方で、児童生徒の自殺は増加傾向にあることは先に触れました。では、希死念慮のある児童生徒はどのような心理の状態でいるのでしょうか。

文部科学省作成の「教師が知っておきたい子供の自殺予防」では、自殺に追い詰められる児童生徒の心理について、これまでのケースに共通することとして次のようなことを示しています。

ひどい孤立感
「誰も自分のことを助けてくれるはずはない」、「皆に迷惑をかけるだけだ」などとしか思えない心理に陥っていて、実際には多くの救いの手が差し伸べられていても、頑なに自分の殻に閉じこもってしまう。
【無価値観
「私なんていない方がいい」、「生きていても仕方ない」といった考えがぬぐいされない状態でいる。典型例として虐待を受けてきたケースがあり、愛される存在としての自分を認められた経験がない。
強い怒り】
自分が置かれているつらい状況をうまく受け入れられずにやり場のない気持ちを他者への怒りとして表す。何らかのきっかけで、その怒りが自分自身に向けられたときに、自殺の危険が高まる。
苦しみが永遠に続くという思い込み
抱えている苦しみはどんなに努力しても解決せず、永遠に続くという絶望的な感情に陥る。
【心理的視野狭窄
自殺以外の解決方法が全く思いつかない心理状態になる。

この資料は希死念慮のリスクの高い児童生徒の心理状態を示していますが、大人の場合にも当てはまるものと考えられます。そして、孤立感や無価値観など、上記の心理状態にはその高低、強弱はあっても誰もが陥る可能性があると言えます。

しかし多くの場合は、他者との関わりの中での多様な経験を通して、自分自身を価値ある存在として捉えるポジティブな感覚、つまり自尊感情を身に付け、このような心理状態を自己調整していると考えられます。

自殺防止

2006(平成18)年には「自殺対策基本法」が制定され、厚生労働省や警察庁、文部科学省などの関係省庁が連携して自殺防止の取組を進めてきています。その一環として、学校における自殺予防教育があります。児童生徒の自殺者を出さないという喫緊の課題解決のためでもありますが、中・長期的には、幼少期から青年期にかけての成長段階で、希死念慮からのリスクを低減していく効果が望まれています。

東京大学大学院と埼玉県教育委員会のコラボで作成した、教職員向けの資料『児童生徒の「死にたい」という言葉を聞いたらー希死念慮(自殺念慮)編ー』では、希死念慮を抱くまでの様子を下の図のように表した資料が紹介されています。希死念慮は、「生きづらさ」や「困りごと」から始まることも多いと捉え、当事者が「困りごと」を抱いた段階で相談できる環境づくり、関係づくりの大切さを読み取ることができます。

出典:東京大学大学院 埼玉県教育委員会「メンタルヘルスリテラシー向上のための教職員向け研修資料①」
出典:東京大学大学院 埼玉県教育委員会「メンタルヘルスリテラシー向上のための教職員向け研修資料①」

希死念慮から発せられるSOSへの気付きと対処

「死を求める気持ちと生を願う気持ち」との間で揺れ動く状態から発している、心の叫びとしてのSOSを周囲の誰かが気付いて対処することで自殺から救うことができると言われています。文部科学省作成の「生徒指導提要」では、児童生徒の自殺のサインとして次のようなことが紹介されています。

・これまで関心があったことに興味を失う。 
・いつもなら楽々にできるような課題が達成できなくなる。
・不安やイライラが増し、落ち着きがなくなる。
・投げやりな態度が目立つ。
・行動、性格、身なりが突然変化する。
・不眠、食欲不振、体重減少など身体の不調を訴える。
・自分より年下の子どもや動物を虐待する。
・引きこもりがちになる。
・過度に危険な行動に及ぶ。
・アルコールや薬物を乱用する。
・自傷行為が深刻化する。
・重要な人の自殺を経験する。
・自殺をほのめかす。
・別れの用意をする。    など

一つ一つの行動は、特に思春期にありがちなものと受け止められがちです。しかし、これらのいくつかが重なって表れている、あるいは「あれっ?」といった強い違和感をもつようなことがあったときに、表面的な言動の裏にある気持ちを見抜くことが大切です。

学校での自殺防止の取組では、上記のような「心の叫びのSOS」を児童生徒が発する、キャッチできる日常からの信頼関係づくりが重要なことは言うまでもありません。もし、自殺の危険が高まった児童生徒に向き合ったときには「TALKの原則」が参考になると言われています。

【Tell】
言葉に出して心配していることを伝える。
【Ask】
「死にたい」と思うほどつらい気持の背景にあるものについて尋ねる。
【Listen】
絶望的な気持ちを傾聴する。話をそらしたり、叱責や助言をしたりせず、訴えには真剣に耳を傾ける。
【Keep safe】
安全を確保する。一人で抱え込まず、連携して適切な援助を行う。

社会問題として捉えていく

希死念慮を抱く心理状態や自殺の危機を高める要因などは多様で複雑です。当然、自殺防止や万が一のときの対応も多様で専門的となります。学校であれば、心理士や医師との連携で組織する支援対策チームによる対応も必要となることもあるでしょう。これまでに取り上げてきた厚生労働省や文部科学省の資料には、自殺防止の関係者による連携体制づくりに参考になることが示されています。また、「子供の自殺が起きたときの緊急対応の手引き」(文部科学省)や、「自殺対策を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識」(WHO,2017)などの資料も参考にするとよいでしょう。

しかし、自殺は社会全体の問題であることを忘れてはなりません。学校には児童生徒の自殺予防教育の推進が求められていますが、教職員の中にも希死念慮を抱く者がいる可能性もあり、学校組織としてのリスクマネジメントも必要です。学校にとどまらず、多くの大人が自殺の現状やその背景、その防止や対処などについて理解を深めていくことの大切さを確認しておきたいと思います。

▼参考資料
厚生労働省(ウェブサイト)「働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト こころの耳
厚生労働省(ウェブサイト)「令和5年版自殺対策白書」令和5年11月
日本財団(PDF)「第4回自殺意識調査報告」2021年
文部科学省(ウェブサイト)「教師が知っておきたい子供の自殺予防」平成21年3月27日
朝日新聞デジタル(ウェブサイト)「小中高校生の自殺者数、過去最多に 初の500人超」令和5年3月13日
文部科学省(PDF)「子供の自殺が起きたときの緊急対応の手引き」平成22年3月
WHO(PDF)「自殺対策を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識(訳版)」2017年

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