メタバースを活用して、不登校児童生徒に居場所と学びの機会を提供【連続企画 多様化する選択肢 令和時代の不登校対策 #07】

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近年、新たな不登校対策としてメタバースを活用する動きが広がりつつある。帯広市教育委員会が運営するオンライン教育支援センター「ひろびろチョイス」もその一つだ。2023年5月に開設されたこのバーチャル空間では、現在、主に心理的要因や集団不適応等によって不登校の状態にある児童生徒119名(2023年11月現在)が、学習や体験活動を共にしているという。具体的にはどのようなことが行われているのか。帯広市教育委員会の傳法谷 肇(でんぽうや・はじめ)氏に話を聞いた。

北海道帯広市教育委員会

帯広市は、北海道東部の十勝地方に位置する人口約17万人の街。面積は619.34平方キロメートルと、東京23区とほぼ同じ広さを誇る。市内には25の小学校、13の中学校、そして1つの義務教育学校が設置されている。

この記事は、連続企画「多様化する選択肢 令和時代の不登校対策」の7回目です。記事一覧はこちら

きっかけは、コロナ禍とGIGAスクール構想

帯広市が、メタバースを活用したオンライン教育支援センター「ひろびろチョイス」をスタートさせたのは、2023年5月のこと。コロナ禍で、不登校児童生徒の数が大幅に増えたのがきっかけだった。

「2年間でおよそ80人近く増加し、支援の拡大が必要だと考えました。ただ、帯広市の面積は東京23区とほぼ同じ。これまでも市内で唯一の教育支援センターには、遠方の学校や保護者から『通わせたくても通わせられない』という声が届いていて、新しい支援の形を模索していました」

そうした中、GIGAスクール構想によってICT環境が一気に整備され、加えて「不登校の出席扱い制度」の拡充も進んだことで、メタバース空間を活用した不登校支援に取り組むことになったという。

現在、ひろびろチョイスを利用できるのは、「帯広市内の小・中学校および義務教育学校の児童生徒で、主に心理的要因や集団不適応等によって不登校の状態にある者」たちだ。5月にスタートして以来、登録者の数は増え続けた。その数は119名(2023年11月現在)にのぼる。

「これまで教育支援センターを利用するには、保護者がまず学校に申し出る必要がありました。しかし不登校児童生徒やそのご家族の中には学校に対してあまり良くない感情を抱いている人も少なくありません。私たちとしてはそういう方たちにも利用してもらいたいという思いがありました。そこで今回は、保護者向けメール配信サービスを利用して開設前から周知徹底を図るとともに、保護者が直接、教育委員会に申し込みできるようにしました。その結果、私たちの当初の予想を大きく上回る数のご家庭が、興味を持ってくれたのだと考えています」

コンセプトは3つのC ~Choice/Connect/Cheer~

ひろびろチョイスは、メタバースオフィス等で実績のあるoVice株式会社のオンラインコミュニケーションツール「oVice」がベースになっており、現在は200人が同時に接続できる仕様になっているという。

「もともと用意されているパターンが100以上あり、その中から、あまり学校らしくない雰囲気のデザインを選びました。この支援プログラムは、学習支援や体験活動を通して子どもたちに多様な学びの機会を確保し、社会的自立や学校復帰につなげていくことを目的としています。また、選べること、つながること、皆で応援することをコンセプトに掲げていて、コミュニケーションのための機能としては、ビデオ(音声)通話、チャット、リアクションボタンが備わっています。最初は、私が挨拶をすると、リアクションボタンで反応する子どもが大半でしたが、最近は、音声で答えてくれる子も増えました」

「ひろびろチョイス」の画面イメージ。不登校児童生徒の心情に配慮し、学校を想起させにくいデザインとした。

ネットにつながる端末があれば、どこからでも入室できるので、児童生徒たちは自宅や校内教育支援センターなど思い思いの居場所から、アバターを使ってログインしている。

アクセスできるのは、毎週月曜から金曜の10時〜14時15分まで。学びの時間は、基本的に1日3校時(1校時45分間)で、それに加えて、「おはよータイム」「ランチタイム」「またねータイム」などの時間が設けられている。といっても学校のように始業ベルがあるわけではなく、入室も退室も個人の自由。場所も時間も、「Choiceできる(自分で選べる)」のが、ひろびろチョイスの大きな特徴だ。

現在は、元教員の相談員1名が常駐し、教育支援センターに勤務する相談員1名も受付対応などでサポートを行っている。

「ひろびろチョイス」のタイムスケジュール。入室も退室も個人の選択に任せられる。

午前中は、「個別チョイス」と呼ばれる時間。文字通り、自分たちで学びをチョイスできる時間で、プログラミングを学んでいる子どももいれば、帯広市教育研究所が提供するコンテンツで漢字やタイピングの学習をしたり、オンライン学習サービスの「スタディサプリ(登録者は希望すれば加入できる)」で苦手教科の勉強をしたり、ログインしたまま利用できる市の電子図書館で調べ学習をしている子どももいる。

邪魔されずに一人でじっくり学びたいときは「ひとりスペース」、他の参加者と対話しながら学びたいときは「わいわいスペース」といった具合に、スペースが区切られている設計もこだわりの一つで、内容だけでなく、学びのスタイルも選べるようになっているそうだ。

「学校は、どうしても画一的にならざるをえないところがあって、『この時間はこれをやりなさい、やり方はこう…』と、決められたことをやらなければいけない場面が多くあります。一方、ひろびろチョイスでは、自己選択や自己決定する機会をできるだけ設けることを重視しており、ここでの児童生徒の様子を見ると、改めてそうしたことで苦しんできた子どもが多くいることを実感させられます」

帯広市教育研究所が作成し、提供している学習コンテンツ。

12時からのランチタイム。当初は皆、離席して昼食をとっていたそうだが、最近は友だちとチャットで会話しながら昼の時間を過ごす姿も見られるようになってきたという。

「これには、利用者同士で自己紹介し合える機能を追加したことが一役買っていると考えています。はじめの頃は、ひろびろチョイスの匿名性を確保しやすい設計が、こうした空間で人とつながることに対する心理的な障壁を下げていたと思いますが、慣れてくるにつれて周りにいるのがどんな子たちなのかわからないという声が出はじめたため、改めて機能として設けることにしました。おかげで今はずいぶんと子ども同士の交流も増えました。このように、利用者の声をすぐに機能や仕組みとして反映できるところも、デジタルを活用した支援の強みだと思います」

そして午後からは、2つ目のC、「Connect(誰かとのつながり)」を大事にする時間がはじまる。月曜日と水曜日は「サポチョイス」。これはもう一つのC、「Cheer(みんなで応援する)」とも関係していて、フリースクールなどの支援団体が提供する学びが受けられる時間だ。現在は、塾講師たちが集まってZoomで個別指導を行う「NPO法人・地域子育てネットすくさぽ」や、乳搾り体験、歩くスキー体験といった体験活動を得意とする「自由学舎クラムボン」など、4つのフリースクールが協力してくれているという。

 火曜日は「クラブチョイス」。こちらは学校のクラブ活動のようなもの。似た興味・関心を持つ子どもたちがグループになって学んだり交流する時間になっており、オンライン上で一緒に絵を描いたり、リアルで集まって卓球やモルックといったスポーツも行われている。  「各フリースクールはこうした活動を行う際に場所も提供してくれているのですが、このことは想定外の成果にもつながっています。というのも、一度でもそこへ行くことで、『そういう場所がある』と、子どもたちや保護者が認識してくれるようになり、フリースクール自体の利用も増えているのです。今後も、こんなふうに子どもたちの居場所が市内各所に広がっていくことを期待しています」

「遠足チョイス」に参加して川下りを楽しむ子どもたち。

そして木曜日には「遠足チョイス」というリアルの場での体験活動の時間も組み込まれている。これが実施されるのは月に1回だが、希望者を募り、いろいろな場所へ出かけていく。これまでに市長室訪問をはじめ、川下り、収穫体験などが行われてきたそうだ。また最近は、もともと翌週の計画を皆で考える時間にするつもりだった金曜日の「計画チョイス」の時間を用いて、ドローン体験やハロウィンパーティ、マインクラフト大会など、子どもたちがスケジュール調整から企画運営まですべて担う活動も積極的に行われているという。

「自分が企画した活動を皆が楽しむ様子を見ると、子どもはそれだけでかなりの自信になるようです。これも最初は予定していなかったことですが、今後も継続していきたいと考えています」

自己選択・自己決定の支援で本当に必要なこと

「約半年、活動を続けてきた感想としては、どの子どもに何が響くかは正直わからないということでした。わかったのは、学校に行けなくなった理由も、やりたいこともそれぞれ違うということ。学習支援を必要としている子、つながりや居場所を求めている子、ただそっとしておいてほしい子など、子どもたちの背景は本当に様々で、子どもの数だけ必要な支援も違うのだと改めて実感しました」

リアルで集まって体験する活動もとても人気があり、中には「家の外に出たのは久しぶりだったけれど、今はそれを目当てに来ている」と話す子どももいるそうだ。彼らにとって、この空間で「選べる」ことは、本当に大きな意味を持つことなのだろう。

「もちろん、この子にはこういう活動が向いているのではないかと思えば、声はかけます。しかし実際には、こちらが向いていると思って薦めた活動を断った子が、翌月、今度はこちらが苦手だと思っていた活動に自ら希望して参加するということもあります。なので私たちとしても、今は、できるだけたくさんの選択肢を用意するというスタンスに徐々に変わってきました」

無謬主義に陥りやすい教育現場だからこそ、こうして目の前にいる子どもの姿をみて、「今、自分たちのやっている支援は本当に正しいのか」と疑えるようになったのは良いことだと、傳法谷氏は続ける。

「当初、自分のことを『先生は~』と言っていた常勤の元教員の一人称も、現在は『おじさんは~』に変わりました。ほかに開始当初から変わってきたこととしては、リアルでの体験を重視するようになってきたことでしょうか。やはり将来は、バーチャルの世界から出てリアルな社会で自立して生きていくことが求められるので、その世界を知るための機会はしっかり用意しなければいけないという思いは、より強くなりました」

学校現場にも求められる自前主義からの脱却と外部連携の強化

現在の課題は、支援リソースの不足だという。

「最初に想定していた利用者の数が50名くらいだったということもありますが、一人一人の子どもに寄り添い、支援しようとすると、やはり足りないと感じています。支援員、相談員が増えれば、もっと多様な選択肢を子どもたちに提供できるという思いがあり、フリースクールとの連携もさらに強化していきたいと考えています。ただ先程も言ったように、子どもたちの背景は本当に多様なので、『ここまで支援ができれば足りる』ということも逆にないのだと考えています。これは、学校現場にも言えることだと思いますが、これからの時代、もう自分たちのリソースだけで頑張ろうとしても限界があると感じました。自前主義からの脱却、そして外部との連携は、学校でも早急に進めていかなければいけないと思っています。ただ学校だけでやれることがもうないかというと、そういうわけではありません。教育のICT化が進む中で、教師主導の単線型の学習活動を、もっと子ども主体の複線型活動に変えていくなど、工夫して、自己選択、自己決定する機会を増やしていくことで、改善されることもまだまだあるのではないでしょうか」

帯広市教育委員会学校教育指導課統括指導主事の傳法谷 肇(でんぽうや・はじめ)氏。小学校教員として勤務後、北海道教育委員会十勝教育局指導主事を経て、令和元年度から現職。

取材・文/石川 遍

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