【松尾英明先生の学級にまる1日密着! 不親切教師の自治的学級づくり】 #5 「一人一人違っていい、助け合えばいい」ことを学ぶ道徳授業

千葉県公立小学校教諭

松尾英明

昨年来論争を巻き起こしている教育書『不親切教師のススメ』(松尾英明・著/さくら社)。著者の学級では、実際どのような実践が行われているのでしょうか? 松尾学級(2年生)に、まる1日密着(2023年5月末)した記録をお届けする全5回の連載。最終回は、5時間目の道徳授業と、帰りの会の様子をレポートします。


<プロフィール>
松尾英明(まつお・ひであき)
1979年宮崎県生まれ、神奈川県育ち。「自治的学級づくり」を中心テーマに千葉大学教育学部附属小学校等を経て研究を続け、現在は千葉県公立小学校教諭。全国で教員や保護者を対象にしたセミナーや研修会等の講師を務めるほか、メルマガ、ブログ等でも情報発信を行う。学級づくり修養会「HOPE」主宰。『不親切教師のススメ』(さくら社、2022年)ほか著書多数。


5時間目 道徳

松尾先生「5時間目の学習をはじめましょう。よろしくお願いします」
子供全員「よろしくお願いします」
松尾先生「今日は『およげない りすさん』というお話です。さあどんなお話かな。先生が読むので、先を読まないで、目で追ってください。班の人に、ここだよって教えてあげてください。では、読みます」

この場面での松尾先生の思い

道徳の授業では、必ず私が教材を読むことにしています。子供たちの音読がメインの学習ではないからです。

教科書教材「およげないりすさん」は、
「ある日、池のほとりであひるさんとかめさんと白鳥さんが池の中の島へ行って遊ぶ相談をしていた。
そこへ、りすさんがやってきて一緒に行きたがったが、みんなは『りすさんは泳げないからダメ』と言って仲間はずれにしてしまう。島へ泳いで渡ったみんなは、りすさん抜きで遊んでも少しも楽しくないことに気が付いて……」という物語です。
松尾先生はこの教材を一気に最後まで読んでしまわず、
「りすは泳げないけれど、島へ行きたくなりました」と、そこまで読み終えると、子供たちに話しかけました。
松尾先生「みんなはどう? 島に行きたい?」
松尾先生の問いかけに、多くの子供がつぶやきで答えます。
子供「行きたい…」
松尾先生「行きたいよね」
子供「ちょっと怖いかも」
松尾先生「泳げないからね」

松尾先生は話の続きを読み、りすさんだけが置いて行かれた場面で、再び読むのをやめました。
松尾先生「ここまでで一回、教科書は閉じます。今まで読んだところまでで、感想や、思ったことを道徳ノートに書いてください」

この場面での松尾先生の思い

道徳の授業では、ワークシートはあまり使いません。
ワークシートを使うと、「こう来て、こう来て、ここに帰着して終わり」というふうに、子供たちの思考の道筋が決まってしまうからです。
経験が少ない先生は、ワークシートがあると助かると思うのですが、ある程度やりたいことや考えがある先生にとっては、かえって足かせになります。
去年までは、学年でワークシートを揃えて授業していたのですが、今年度は私から学年に、「ワークシートではなく、道徳ノートを使おう」と提案しました。それぞれの教師が独自性を持って授業を進めてほしいと思ったからです。
このクラスでは道徳ノートをまだ使い始めたばかりで、子供たちはまだ十分に活用できていませんが、気付いたことを書き留めて、自分の考えを貯めていってほしいと思っています。

子供たちは周りの人とおしゃべりしながら、ここまでの感想を書いています。

松尾先生「聞いてみようかな。Aさん、書けてなくてもいいから、どんなことを思った?」
Aさん「かわいそう。悲しい」
松尾先生「同じことを書いた人はいますか?(子供が挙手するのを見て)これは多いよね。他にも聞いてみようかな。Bさん、どんなことを思った?」
Bさん「誰か乗せてあげてよ、と思った」
松尾先生「そう思った人はいますか? これも結構いるよね。もう一人ぐらい聞いてみようかな。手を挙げなくていいよ。適当に指すから」

この場面での松尾先生の思い

基本的に、挙手指名制は、子供たちの主体性を阻害すると考えています。
手さえ挙げなければ、授業に参加せず、ぼーっとしていても時間が過ぎていくからです。
挙手しているかどうかに関係なく教師が指名すれば、子供たちには「指されるかもしれない」という緊張感が生まれます。緊張とリラックス、その両方がないと、学習効率が上がらないと考えていますので、必ず両方の場面を授業中につくっています。

この後、「いじわるだ」「自分勝手だ」などの意見が出そろってから、松尾先生が続きを読みます。

島に着いたみんなが遊んでいても少しも楽しくなく、「りすさんがいたほうがいい」と言う場面で、また読むのをやめました。
松尾先生「あひるさんたちは楽しそうなの?」
子供「楽しくない」
松尾先生「何とかしたいと思っているんだよね。じゃあ、どうすれば、りすさんも一緒に遊べるのか、なるべくいっぱいいろんな方法を考えてください。はい、どうぞ。どうすればいい?」
子供たちは考えています。
松尾先生「なるべくいっぱい考えるんだよ。どうすればいい? もう三つ考えた人がいるよ。1個より2個、2個より3個、3個より4個がいいね。じゃあ、ラスト30秒ぐらいかな。このクラスには32人いるから、アイデアがいっぱい出てくるよ」

約1分後。
松尾先生「そろそろいいですか。片っ端から出してください。では、1号車(1班、2班、3班)全員起立。立ちます。一人1個ずつ言ってもらいますが、自分と同じ意見を誰かが言ったときは座ってください」
子供「亀さんに乗せてもらう」
子供「白鳥さんの背中に乗せてあげる」
子供「浮き輪を家からもってくる」
子供「一緒に泳ぐ練習をする」
同じ意見だった子供が座り、立っている子供は減っていきます。

松尾先生「まだ出てないのはある?」
子供「橋をつくればいいと思いました」

その後、2号車(4班、5班)、3号車(6班、7班、8班)は、自分の意見が出ていない子供だけが立って、発言しました。

子供「舟をつくる」
子供「石を置いていく」
子供「ここに島を作った人が悪いから文句を言って橋をつくってもらう」
これを聞いて、多くの子供たちが笑いました。

松尾先生「みんな爆笑しているけど、これは本当の世の中だと、一番正しいやり方だよ。もしも道路が壊れていて通れなかったら、市役所に言って直してもらうでしょ。だから、『そもそもなぜ渡れない島をつくったんだ』と、そう考えるのは正しいことだし、本当によくある解決方法です」

松尾先生による不親切ポイント解説

道徳の授業では、「子供たちの思考をここに帰着させよう」といった発想はもたないことにしています。
自分と全然違うことを考えている人がいること、いろんな考えの人がいることを毎回学んでほしいからです。
ですから今回の授業も、教師主導にならないよう気を付けながら授業を進めました。
「舟をつくる」など、予想もしなかった意見を言う子供たちがいましたが、主体性を育むうえでは、そういう少々変わった意見が大事だと思っています。

子供たちから出てきた意見のそれぞれについて、「これはできそうだね」「これは時間がかかりそうだね」など、実現可能性を含めたコメントをしてから、松尾先生は、お話を最後まで読みました。

松尾先生「最後はみんなニコニコになっておしまい、というお話ですが、これはほぼ、予想通りでしたね。さて、今日、最後に考えてほしいのは、りすさんが泳げないことは悪いことなんですか、ということです」
たくさんの子供が「悪くない」とつぶやきました。

松尾先生「島に行かないで、かけっこで競争しようとなったら、だれがつまんない?」
子供「亀さん」
松尾先生「亀さんが楽しめないでしょ? 白鳥さんが楽しめない場合もあるよね。みんな一人一人違うんだよ。なんでも全部できる人はいますか? 全てができますっていう人は?」
子供たちは一人も手を挙げません。
松尾先生「できないことがある人は?」
たくさんの子供の手が挙がりました。
松尾先生「ちなみに、先生はできないことがあります。じゃあ、どうするとみんな仲良く生きていけるかな?」
子供「助け合う」
松尾先生「助け合って生きていくことが大事だよね。できない人がいたら、『なんでできないんだよ』と言いたくなるかもしれないけれど、それは違うよね。みんな条件が違うからね。助け合えるといいよね。今日は、こんなふうにたくさんアイデアを出せて、とてもよかったと思います。終わりにします」
みんなで助け合うことの大切さを確認して、授業が終わりました。

この場面での松尾先生の思い

授業の中で、子供たちはりすさんを助ける方法をたくさん考えてくれました。
それによって感じてほしいのは、「いろいろな人がいると、一つの問題に対応する適切な方法も違ってくるから、それをみんなで考えなくてはいけない」「一つのことができないからといって仲間外れにしてはいけない」ということです。
出てきた意見の中でおもしろかったのは、「あの島を作った人に文句を言うべきだ」という意見ですね。
目の前にあることだけを見て解決しようとするだけではなく、根本的に解決しようという視点もほしいと思っていました。子供たちは笑っていましたが、このように、ちょっと引いた視点で考えるのは大事なことです。

帰りの会

帰りの会が始まる前に、子供たちはランドセルの中に教科書をしまっていました。
そのとき、一人の子供が悲しそうな声で訴えました。
Cさん「先生、国語の教科書がありません…」
こういう場合、どれどれ、と探してあげる先生が多いのではないでしょうか。松尾先生は違いました。
松尾先生「同じ班の人のランドセルに入ってないかな。見てあげて」
同じ班の子供たちがゴソゴソと、ランドセルの中身を出して見ています。
Dさん「あった!」
向かいに座っていたDさんのランドセルの中に紛れ込んでいたのです。
Dさんは「ごめんね」と言いながら、Cさんに国語の教科書を渡し、一件落着です。子供たちだけで解決できました。

帰りの会は日直さんが進行します。

机の整頓と忘れ物チェックをした後は、松尾先生のお話です。
松尾先生「このクラスは誰のものですか?」
子供たち「みんな」
松尾先生「だから自分たちのことは自分でやるんだよね。それが当たり前なんですけど、先生はその当たり前が有り難いな、と思って見ています。これからもそれを当たり前にしていってね。できるだけね。先生は2年生でそれができるのはすごいと思っています」

松尾先生「みなさん、大丈夫かな。忘れ物がなければランドセルを背負って立ちましょう」
日直「さようなら」
松尾先生vs子供全員「さようなら。じゃんけんぽん!」
子供「勝った~!」
子供「負けた~!」
最後に先生と子供たちのじゃんけん対決で盛り上がり、みんな笑顔で帰っていきました。

編集部による参観後記

第2回の参観後記で、5月末ゆえのルールを徹底させる厳しめの指導について書きましたが、松尾先生が大切にしているという掃除の時間にも、そうした指導場面が見られました。
箒で掃いた後の雑巾がけの際、自分の担当する仕事に集中できず、ふらふらと歩き回っている子がいて、それを他の子供たちが松尾先生に言いに来る場面がありました。
松尾先生は言いに来た子に対し、毅然とした口調で、「一生懸命やっている人が大事なんだ。遊んでいる人はほっときな」「遊んでいる人は気にしなくていい」と伝えていました。
掃除時間の最後には、子供たち全員に、「黙って一生懸命できた人?」と尋ねて挙手を促すリフレクションの時間も設けられていました。
ルールを確立する指導と、自ら動ける子供たちを育てるためのアプローチ、その両輪を垣間見ることができた1日でしたが、とにかく元気で、素直で、低学年らしい子供たちの、のびのびとした学びの姿が魅力的でした。楽しい取材でした。
快くご協力いただいた瀧澤 真校長、松尾英明先生に、心より感謝申し上げます。

取材・文/林 孝美

【松尾英明先生の学級にまる1日密着! 不親切教師の自治的学級づくり】ほかの回もチェック⇒
第1回 子供たちとつながり、子供同士をつなげる朝の会
第2回 自由な立ち歩きOK!の算数授業
第3回 仲間と一緒に学ぶ価値を実感する国語授業
第4回 子供たち自身で学級を変えるクラス会議

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Edupediaのサイトでも、松尾学級への密着レポートを独自の切り口で公開しています。以下のリンクからお読みください。
https://edupedia.jp/archives/35118
https://edupedia.jp/archives/35121

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