探求心・課題解決能力が育つ!新学習指導要領時代の「海洋教育」とは
「海洋教育」という名称を聞いたことはありますか? 言葉の意味はわかっても、具体的にどんな実践、どんな学習を行うものなのか、しっかりと理解できている方は多くないかもしれません。実は海洋教育は、新学習指導要領の解説でも取りあげられていて、学校教育として積極的に取り組むことが求められているのです。また、教科横断的な学習により、アクティブ・ラーニングやカリキュラム・マネジメントの実践の場としても注目されています。ここでは、海洋教育の日本初の指導書『新学習指導要領時代の海洋教育スタイルブック-地域と学校をつなぐ実践-』の編著者の一人、東京大学大学院教育学研究科附属海洋教育センター特任講師の田口康大さんのお話をお届けします。
目次
海に近い地域だけが取り組めばよい課題ではない
海洋教育とは、「海と人との共生」という大きな課題に向かい、考え行動できる人材の育成を目指すものです。2007年に制定された海洋基本法では、学校や社会において海洋教育を推進していくよう定められています。
実は、戦前から1950年代中頃までの理科では、海に関することだけで一冊の教科書があるくらい、海に関連した学びは重要視されていました。やがて高度経済成長化とともに、第二次産業を中心とする産業立国のための学校教育振興が課題となり、結果的に海洋は第一次産業に近いものと捉えられ、海に関する学びは行われなくなっていきます。しかし、近年の異常気象、水産資源の問題、そして震災での津波被害などへの問題意識が高まっている今また、海に関する学びの注目度は高まってきています。
今年3月に出版した「新学習指導要領時代の海洋教育スタイルブック」では、小中学校における教育活動の実践例を取り上げていますが、海洋教育は海に近い地域で暮らす児童生徒だけが対象ということではありません。海に囲まれた日本では、内陸部に住む人も沿岸部に住む人も海から恵みをもらい、深く関わって生きていることに変わりないのですから。
たとえば、海洋ゴミの多くは、内陸部から排出されているという事実があります。内陸部の人々の生活と大きく関わりがある問題です。他にも、近年の豪雨や猛暑、台風などの気象災害に、日本全体が直面しています。これらは、地球温暖化に起因していますが、それら現象と海とのつながりを正しく知っている人が少ないのが現実。その他にも、普段の生活の中で、海が関連していることはたくさんあります。視野を広くもち、視点を変えれば、学校で取り扱う教材の中にも、海に関連したものがたくさん隠れています。
海洋教育は、新学習指導要領が掲げるカリキュラム・マネジメントやアクティブ・ラーニングの実践に適していると言えます。社会、理科、総合的な学習の時間、家庭科を自由な発想でカリキュラム構成した好事例を、この本の中では多数紹介しています。バリエーション豊かな授業実践例をぜひご確認いただければと思います。
教育技術MOOK『新学習指導要領時代の海洋教育スタイルブック-地域と学校をつなぐ実践-』
東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センター/編・著(小学館)
定価:本体1300円+税
試し読みはこちら
「海とともに生きる」ことに明確な答えはあるのだろうか?
ところで、「海と人との共生」のため、「海を大事にしましょう」と言われれば、皆「そうしよう」と思うけれど、具体的にどうすればいいのかはよくわからないと思います。子供だけでなく大人もわからないでしょう。
「海とともに生きる」ためにはどうしたらいいか? という問いには、決まった答えがあるわけではありません。地域によって暫定的な解はあっても、時が経てばまた変わるでしょうし、環境が変われば海も変わっていく。地域によってはもちろん、世代によっても考え方が違うでしょう。
そうであるからこそ、どこかに落ちている答えを探すのではなく、よりよい未来をつくるために試行錯誤しながら、考え続けることが大事なのだと思います。その時、先生と子供たちは縦の関係ではなく、並列です。子供たちも先生もいっしょになって探求していく。海洋教育は、情報を提示し取得させるというモデルの教育ではなく、子供たちの問いと思考に先生が伴走しながら、ともに「海とともに生きる」あり方を創造していくようなモデルの教育であると考えています。
海洋教育で学力が向上し、地域の活性化にもつながる
今、学校教育のあり方を改革していこうという動きが各地で起こっているのを肌で感じます。そのひとつの現実的な現れが教育課程特例校制度の活用です。教育課程特例校制度は、学習指導要領の教育課程の基準によらず、地域の特色を生かした特別のカリキュラムの編成を可能にします。
岩手県洋野町立中野小学校では、特例校指定を受け特別の教科「海洋科」を設定し、地域の探究や個人研究を重視した独自のカリキュラムを編成しました。その結果、子供達の学習意欲が向上し、地域全体にもその影響が波及しています。全国学力調査で学力の向上も見られています。
また、海洋科の授業を受けた子供たちの進学先が、より学力の高い高校に変わったという傾向もあるようです。
海洋教育に取り組む子供たちは、探究心が芽生え、学習に対するモチベーションが高まって、どの子も楽しそうに活動していますよ。子供たちからの手紙もよくもらうんです。質問や疑問だったり、こんなことを学びたいとか、こういう活動をしたいなどといった想いが書かれていたり、とてもうれしいですね。
先生側の例では、各教科の授業研究会と同様に海洋教育の研究会を設定している自治体もあるのですが、研究会後はみんななかなか帰りたがらないという特徴があります(笑)。新しい取り組みをするために話しあったり、授業アイディアの意見交換を行ったり、とても楽しそうにしているんです。取り組んでいる先生に聞くと、新しいことをやっているという意識はもっていないようで、海洋教育を題材にして、やりたかったことをやっている。だから負担感がないのですね。
「海洋教育パイオニアスクールプログラム」が目指すところ
東京大学では、海の学びに取り組もうとする学校や先生の活動を助成する「海洋教育パイオニアスクールプログラム」を実施していて、2020年度の応募を11月いっぱい受け付けています。
海に関わる学習活動であれば、どのようなものでも対象となります。教科や単元の時間数も問いません。2020年度は、
- 海洋ごみの問題点や解決策、および私たちの生活との関係を探究する学習
- 地球温暖化と海洋、および私たちの生活との関係を探究する学習
- SDG14「海の豊かさを守ろう」の理解を深めるための学習
の3つの重点テーマを提示していますが、もちろんそれ以外のどんな活動でも自由です。私はこれからの「海洋教育」のあり方を探るために、海に関わる活動を集約してみたいとも思っています。全国に私の知らない、海に関わる活動はまだまだあるはずです。多くの学校からの申請を望んでいます。
選考のポイントとしては、体験にとどまらずに、探究と結びついているかどうかというのを重視しています。
全国海洋教育サミット
東京大学では、年に一度、「全国海洋教育サミット」を開催しているのですが、最近では、この場で発表することをゴールとして年間のカリキュラムを組む学校が増えているようです。ポスター発表のプログラムがあり、子供から大人まで年齢関係なく平等に発表します。私はカリキュラムづくりのサポートだけではなくて、学びを発表する場、多くの人と交流できる場をつくっていきたいと思っています。
子供の探究心を伸ばせる海洋教育に、ぜひチャレンジしてください!
2020年度「海洋教育パイオニアスクールプログラム」【単元開発部⾨】応募校を募集中
東京大学大学院教育学研究科附属海洋教育センターでは、海をテーマにした学びを開発する学校を助成するため、対象校を募集しています(日本財団、笹川平和財団海洋政策研究所と共催)。
募集期間(単元開発部門):2019年10月1日(火)~11月30日(土)
詳しくは海洋教育パイオニアスクールプログラム公式サイトをご覧ください。
田口 康大
たぐち こうだい。1983年、青森県生まれ。秋田県を経て、宮城県出身。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。東京大学大学院教育学研究科附属海洋教育センター特任講師。専門は教育哲学・教育人間学。人間本性と教育との関係について学際的に研究しながら、2011年の東日本大震災以降、海と人との関係をテーマに海洋教育の実践研究に取り組む。「海とヒトとを学びでつなぐ」をテーマに次世代の教育をデザイン・提供する一般社団法人「3710Lab」主宰。
【共著・編著】
『新学習指導要領時代の海洋教育スタイルブックー地域と学校をつなぐ実践』東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センター編著(小学館)
『日本の海洋教育の原点』小国喜弘・東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センター編著(一藝社)
『海洋教育のカリキュラム開発-研究と実践』東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センター編(日本教育新聞社)
取材・文・撮影/みんなの教育技術編集部