第58回 2022年度 「実践! わたしの教育記録」新採・新人賞 中原修平さん(愛知県名古屋市立神の倉小学校教諭)
こうやって動けばいいんだ! こうやって動きたい!
~プログラミング的思考を取り入れた表現~
目次
1 研究の意義
高学年の「表現運動」は「表現」と「フォークダンス」で内容が構成される。本単元で扱うのは前者の「表現」である。
岩田ら(2018)は「『表現遊び・表現』では、題材のイメージに内在する流れを、自分や友達と息を合わせてゼロから新たに紡いでいく(中略)ところに面白さが生まれてくるといってよいだろう」と述べている。私なりに言い換えると、「表現」は「題材のイメージを基にゼロから動きを考え、表現する」ところに面白さがある。そして、この面白さを実感するために何ら高度な技術は必要とされない。「表現」は今の自分がもっている身体の状況を生かせる運動であると言える。ここに、他の領域(陸上運動やボール運動など)や内容(フォークダンス)にはない、「表現」独自のよさがあると考える。つまり、「表現」は、子どもの体力や技能の程度、及び年齢や性別、障害の有無にかかわらず共に学ぶことができる可能性を秘めていると言える。子どもに「表現」の魅力を感じさせることができれば、体育科の目標である豊かなスポーツライフの実現に大きく近づきそうだ。
一方で、松田・鈴木(2016)は、「表現」のような創作ダンスを「学習がとかく発表会のための作品作り偏重に陥りがちで(中略)先生でも経験者しか指導ができないと言われている現実がある」と述べている。私の勤務校でも、「表現」は運動会の種目に位置付けられ、体育の授業では行われないことも多々ある。これは松田・鈴木のいうように、現場の先生方が「表現」はダンス経験者にしか指導できないという難しさを感じていることが、要因だと考える。私自身、ダンス経験はなく、同じような困り感をもち苦しんだ経験がある。このような現状では、教師も子どもたちも「表現」を楽しむことは難しい。私は、子どもたちだけでなく、現場の先生方にも「表現って楽しいな」と思えるような授業を提案したい。
以上のことから、私の考える授業を通して、子どもにも先生方にも「表現」の魅力と可能性を実感させたいと考え、研究をスタートさせた。
2 児童の実態
本学級の子どもは男子19人、女子16人の35人で構成されている。体育の授業には積極的な子どもが多く、元気に体を動かす姿が見られる。前単元で行った「フォークダンス」でも、ほぼ全員が元気よく体を動かしていた。「フォークダンス」は踊り方がある程度決まっているため、見通しをもって動くことができたのだろう。
「表現」の授業に入る前に、どんな学習をするかイメージをもたせるために、文部科学省が紹介しているひとまとまりの動きの動画を見せた。そこからいくつかアンケートをとった。「表現」の授業が楽しみかどうかを尋ねる質問では、大半の子どもが「とても楽しみ」「楽しみ」と回答した。理由を見ると「自分で動きを考えられるから」「たくさんの人と関われそうだから」と前向きな言葉がたくさん見られた。一方で、「あまり楽しみでない」「楽しみでない」と回答した子どもが7人いた。その7人の理由を見ると、「どう動けばいいかわからないから」が6票、「恥ずかしいから」が7票と多くの票を集めた。
学習指導要領によると、「表現」の知識及び技能の目標には、表したい感じをひと流れの動きで即興的に踊るとある。手立てなしに即興的に踊らせようとすれば、困り感をもつ子どもたちはたちまち固まり、表現嫌いの子どもを生んでしまいかねない。これらのことから「どう動けばいいかわからない」「恥ずかしい」という困り感を解消する手立てを考える必要がある。
3 表現かるた(第1時~第4時)
①手立てとしての意義
単元の終盤のひとまとまりの動き作りに入るまで、授業の導入でかるたのお題を即興的に表現する活動を行う。かるたには言葉だけでなく、動きのヒントになるイラストが描かれている。言葉に加えて視覚情報であるイラストを提示することで、動きのイメージをもちやすくなり、「動き方がわからない」という子どもへの支援になると考えた。
毎授業の5~10分、できる限りたくさんのお題に取り組む。そして、よい動きを明確にするための例として、村田(2011)が提唱した「4つのくずし」を提示する。4つのくずしとは、「体のくずし」「リズムのくずし」「かかわりのくずし」「空間のくずし」のことを指す。村田は「くずす(変化)ことで、動きはダイナミックで自然に表現的になる」と述べている。本実践では、この4つのくずしを「よい動き」として子どもに明示する。表現かるたでの即興的な表現を通して見つけたくずしを表にまとめて整理することにより、自分の動きに自信をもちやすくなり、「恥ずかしい」と言う子どもへの支援になると考えた。
このような活動を経た子どもは単元終盤に、はじめ-なか-おわりのひとまとまりの動きを考えやすくなるのではないかと考える。
②実践の様子
第1時から積極的に体を動かす子どもがたくさんいて、早速体育館全体を縦横無尽に使おうと動く子どもも現れた。ここで「体育館を端から端まで使っている子がいるね!」と、大きい動きの目安をもてるような声掛けをした。表現は、前後、左右、上下のようにさまざまな方向に動くことによってダイナミックさが生まれる。子どもたちの表現の可能性は無限大だ。極力、教師から提示するのではなく、子どもが生んだ動きから広げていけるように努めた。
第3時には、下の表のように「体のくずし」「リズムのくずし」「かかわりのくずし」「空間のくずし」のすべての動きが子どもから出た。授業を重ねるごとに「よい動きとは何か」の解像度が上がり、多くの子どもが心と体を解放させて体を動かしていた。この4つのくずしを表にまとめることで、子どもがすぐに振り返ることができるようにした。
以下は振り返り(自分や友達のよかったところ、次にやってみたいことなど)の記述である。
表現かるたを通して、4つのくずしについて学んでいることがわかる記述である。何よりも表現かるたを通して、「表現って楽しい」と思える子どもがいたことが一番の成果だ。
さらに、毎時授業の振り返りでは、「表現かるたで動き方のコツがわかりましたか?」という質問に対して、4段階の数値評価を行った。下のグラフにおいて、第1時から第4時で比較すると、平均値が大きく上昇したことがわかる。最初は、スローモーションや激しく動くなど、普段の生活では使うことない動きであるため、表現かるたの動きに取り入れることに戸惑う子どももいた。だが、「4つのくずし」を共有したり、よい動きを真似させたりしたことで、動き方のコツをつかんでいったのだろう。ここから回数を重ねることの意義も窺える。
最初はイラストをしっかり見てから動く子どもが多かったが、徐々にキーワードだけで動ける子どもが増えていった。これもまた、表現かるたで動きのコツがわかったからだといえそうだ。表現かるたを行って4時間が経つと、「動き方がわからない」「恥ずかしい」という思いで固まったり、動きが小さくなったりする子どもは一人もいなかった。次の写真からも躍動感あふれる子どもの姿がわかる。
私自身、表現かるたを通して次々に新たなくずしを発見し、動きに取り入れていく子どもを見て、わくわく感がとまらなかった。ぜひ、たくさんの教師にこの経験をしてもらいたい。
4 プログラミング的思考を働かせるフローチャートの活用(第4時~第6時)
①手立てとしての意義
文部科学省(2016)によると、プログラミング的思考とは、自分が意図する活動を実現するために、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせて改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力である。本単元に合わせて具体的に言い換えると、「題材のイメージに合わせた表現を実現するために、どのような動きの組み合わせが必要で、動きをどのように改善していけばより意図した表現に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」と言える。本実践では、プログラミング的思考を育てるというより、プログラミング的思考を表現の動きを決定させるための手立てとして用いることを強調したい。
このプログラミング的思考を必然的に働かせるために、思考ツールの一つであるフローチャートを使用する。本単元の「表現」では、このフローチャートを使って、単元終盤にひとまとまりで行う一つ一つの動きを試行錯誤し、決定させたい。具体的には、①順次処理(コマンドを上から順に処理する)、②繰り返し、③条件分岐処理(決めた命令に従い班の中で動きを変化させる)の3つを通して、ひとまとまりの動きで踊れるようになることを期待する。①の順次処理は、見通しをもちにくい子どもの支援として有効だと考える。②の繰り返しは、繰り返すことで表現したいことを誇張することができると考える。③の条件分岐処理は、4つのくずしと相性がよく、動きにたくさんのくずしを取り入れることができると考える。
実際の授業では、下のようなフローチャートを用いて動きを考えさせる。初めは感覚的に動きを決定していた子どもも、「考える→試す→振り返る」のサイクルを重ねることで、題材のイメージに合わせて動きを誇張したり、感情を表現したりできるのではないかと考える。
このように、フローチャートを用いたプログラミング的思考は、ひとまとまりの動きと非常に相性がよく、「どのように動きをまとめたらいいかわからない」という子どもの支援として有効であるという仮説の基に実践を行う。
②実践の様子
フローチャートは第4時の最後に提示した。初めて使う思考ツールになるので、これまでひと流れの動きにしてきた題材「警察vsどろぼう」を例にして説明した。そして、代表の子どもに、はじめ-なか-おわりのひとまとまりの動きで表現してもらった。この例では「銃を向ける」「驚く」の緊張感に対決のピークをもっていきたかったため、繰り返しのプログラムを組んだ。
本単元では「対決」というメインテーマを定めて、さまざまなイメージ(題材)を出し合ってきた。今までひと流れにして踊ってきた動きに、はじめとおわりを加えてひとまとまりにしていくことを伝え、班単位でプログラムの作成に入った。
プログラムの作成に入ると、多くの子どもが積極的に「何を表したい?」「誰が何を表現する?」としきりに話し合っていた。フローチャートによって動きが可視化されることで、話し合いを加速させているようだった。プログラムの作成では、「考える→試す→振り返る」のサイクルのうち「試す」を意識させた。これは「考える」に時間を割いて運動量が減ってしまう可能性を排除するためだ。特に、「表現運動」の領域では、動きを試していく中で新たな発見があることも多い。次の写真にある班は「親子げんか」という題材に決めた。「ゲームをしていたら母と娘がけんかになる」というプログラムを組んで一度試したところ、自分たちが楽しそうに表現していることに気が付いた。そこで、「けんかなんだからもっと怒りの感情を表現してみたらいいんじゃない?」という振り返りがなされた。このように、最初は何となく決めていた動きにも、プログラミング的思考を働かせることによって、動きに深みが出ていることがわかる。
第6時の発表会では、どの班も非常に見応えのあるひとまとまりの動きを披露することができた。そこには「どう動けばいいかわからない」「恥ずかしい」と固まってしまったり、動きが小さくなってしまったりする子どもは一人もいなかった。見ている私もどきどきわくわくする発表会になった。
単元の振り返りでは、「カードは『はじめ-なか-おわり』の動きを考えるにあたって役に立ったか」を評価させた。下のグラフからプログラミング的思考を働かせるフローチャートがひとまとまりの動きを作るのに有効だったことがわかる。
教師側も、子どもがどんな動きを考えているのか、どのような思いを表したいかなどが、フローチャートによって容易に理解することができた。このため、動きの工夫に困っている班があれば、すぐに教師が助言を加えることができた。
これらのことから、プログラミング的思考を働かせるフローチャートは、ひとまとまりの動きを考える上で、非常に有効な手立てであるといえる。子どもは動きを考えやすくなり、教師は指導がしやすくなり、二人三脚で「表現」の目標を達成することができた。
5 終わりに
まず、下のグラフを見ていただきたい。最初のアンケートでは「あまり楽しみでない」「楽しみでない」と回答した子どもが7人いた。しかし、授業をすべて終えると、全員が「とても楽しめた」「楽しめた」と回答した。実践者として、こんなにうれしい結果はない。
次に、最後の振り返りの記述を紹介する。
記述からも、「表現」を「楽しかった」「できるようになった」と大きな手応えを感じていることがわかる。
データと子どもの記述の両方から本実践で扱った2つの手立ての有効性が示された。本学級のすべての子どもの豊かなスポーツライフの実現の一助になれたように感じた。また、どちらの手立ても体育やダンスについての専門性を求められないことを強調しておきたい。この表現かるたはフリーイラストを使えば、誰でもすぐに作ることができる。プログラミングで使うフローチャートも文書作成ソフトですぐに作ることができる。
終わりに一つ、ある体育の苦手な子どもの振り返り(第5時)を紹介する。
短い一文に私は感動した。「表現」の授業を楽しむためには、高度な技術が必要でないことを前述したが、この「振り返り文」は、感動と同時に「表現」の授業の可能性を最大限に感じさせてくれる一文である。
「表現」にプログラミング的思考を利用した実践例は未だに見たことがない。この実践が苦手意識をもつ多くの先生方の目に触れ、「表現」の魅力と可能性を感じていただけたら幸いだ。私も「表現」の更なる魅力を探究する努力を続ける覚悟である。
最後に、本実践に多大なる協力と理解を示してくれた本学級の子どもたちと、精いっぱいのご指導をして下さった愛知教育大学保健体育講座・成瀬麻美准教授に感謝の意を示し、結びとさせていただく。
参考文献
・『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 体育編』(文部科学省)
・「小学校高学年体育~16表現 文部科学省」(2013年 YouTube)
・松田恵示、鈴木秀人『体育科教育』 (2016年 一藝社)
・岡崎良子『楽しい体育の授業35巻5号』「授業1回目に身に付けたい!効率がグンとアップする領域別ルール」 (2022年 明治図書)
・村田芳子『新学習指導要領対応表現運動-表現の最新指導法』(2011年 小学館)
・岩田靖、吉野聡、日野克博、近藤智晴『初等体育授業づくり入門』(2018年 大修館書店)
・リンダ・リカウス『ルビィのぼうけん こんにちは!プログラミング』(2016年 翔泳社)
・近藤佑生「小学校体育科における授業UD ~表現運動とプログラミング的思考~」(2019年 日本授業UD 学会全国大会)
受賞の言葉
愛知県名古屋市立神の倉小学校教諭・中原修平
この度は、大変栄誉ある賞に選出していただき、誠にありがとうございます。自分の実践と子どもたちのがんばりが認められ、とてもうれしく思います。
私が教職に就き、体育について勉強していると、「表現」の授業はダンス経験者の先生しか上手にできない、というような雰囲気を感じました。本実践は、そんな困り感を基に「誰でも楽しくできる表現の授業を提案できないだろうか」と模索してきた結果をまとめたものです。
本実践を進める上で、愛知教育大学保健体育講座・成瀬麻美准教授の存在は欠かせません。「誰でも楽しくできる表現の授業」を考案する上で、「表現」が専門である成瀬先生のご助言はとても力になりました。心から感謝を申し上げます。また、本実践を発表する機会を与えてくださった「教育技術」の方々、多大なる協力と理解を示してくれた本学級の子どもたちにも、重ねて感謝を申し上げます。
今回の受賞を励みに、今後も共に働く先生方の困り感を少しでも減らせる実践を進めていきたいと思います。