何のためにICTを使うか目標を立て まずは校務で教員が「感動」すること
Society 5.0時代に求められる教育や教員の資質とは何か。また、学校でICT活用を推進していくためには、どのようなマネジメントが効果的なのか。教育におけるICT活用に詳しい東京学芸大学教育学部の高橋純教授に話を聞いた。
インタビュー/東京学芸大学教授・高橋純
プロフィール
高橋純(たかはし・じゅん)
東京学芸大学教育学部教授。日本教育工学協会会長。教員養成フラッグシップ大学推進委員会臨時委員、文部科学省「教育データの利活用に関する有識者会議」委員などを務める。著書に『はじめての授業のデジタルトランスフォーメーション』(東洋館出版社)、共著に『すべての子どもがわかる授業づくり―教室でICTを使おう』(高陵社書店)などがある。
目次
どうなるのか誰にもわからない時代Society 5.0の教育とは
Society 5.0は、言ってしまえば、何が起こるのか、どうなっていくのか、誰にもわからない時代です。はっきりわかっていることは、ICTが非常に高度に発達しており、社会や経済のあり方が、大きく変化しているだろうということ。そこをめざしてみんなで努力して頑張っていこうというわけですが、明確なモデルや答えがあるわけではありません。
こうした社会で子どもを育てていく教師として、何が求められているのかを考えていかなければなりません。
まず言えるのは、「ハウツー」からの脱却が必要ということです。これまでの学習で扱っていた学力領域は、どんな教科でも、テストで力を測ることができる、答えがひとつに定まる問題が中心でした。そして、こうした問題の教え方は、黒板の書き方や効果的な設問など、ハウツーで身につけることができる方法が中心でした。
しかし、Society 5.0時代の入り口の今、こうしたハウツーで教えられる領域には、有名講師の授業動画やAIドリルの進出が始まっています。45分の授業で先生の一斉講義を聞いたり、穴埋め問題をやったりするよりは、有名講師の動画を見た方がわかりやすい、AIドリルでどんどん進めたいという子どもも実際に出てきています。ハウツー領域は、ICTへの置き換えがどんどん進んできているのです。
こうしたなかで、あえて教師が、人間が指導するべき学力領域はどこでしょうか。それはやはり、思考力・判断力・表現力に代表されるような高次な資質能力でしょう。思考力・判断力・表現力は、答えがひとつではない領域です。こうした答えがひとつではない学力領域の教え方は、単なるハウツーのくり返しでは習得できない領域であることを理解する必要があります。
時代が移り変わっても普遍的な大きな目標を掲げることが大切
では、ハウツーで教え方を学べない時代、何を指標にすればよいのでしょうか。私がいつもまわりの先生方に伝えているのは、「大きな目標をもちましょう」ということです。これは例えば、学習指導要領の解説にも書かれている「生涯にわたって能動的に学び続ける」力を養うことなどが考えられます。また、指導観の目標としては、「一人ひとりを主語にする」ことなどでもよいでしょう。
今後時代が移り変わっていくなかで、また新しい「○○力」が求められることは考えられます。しかし、時代がどう変わっても、生涯にわたって学び続けてさえいれば、対応していくことができるでしょう。一人ひとりを主語にする教育も、普遍的な価値観であるはずです。
先の見えない時代だからこそ、学校や学年が何をめざすのか、どういう子どもたちを育てていきたいのか、きちんと学校教育目標や学年目標を掲げていくことが大切です。そして、こうした大きな目標を軸に、日々の実践を考えていけばよいのです。
例えば、富山市立芝園小学校の6学年では、「尽くせている? マイベスト 創れている? ぼくたちの道」という学年目標を掲げていて、いつも目につく場所にホワイトボードで掲示しています【資料1】。これを具体的な活動にしたものが、「朝のトレーニング」や「朝のあいさつ」です。
このように、学年目標を見えるところに掲げ、それを具体に落とし込んだ実践を日々考えていくことは、先生方の肝に銘じる意味でも効果的でしょう。非常にいいアイデアであると感じています。
教員に必要な資質や知識を検討する教員養成フラッグシップ大学
Society 5.0時代、教員に求められる資質や知識は変化しています。ですから、教職員を養成する機関にも、当然意識の変化は求められています。
そこで文部科学省は、「『令和の日本型学校教育』を担う教師の育成を先導し、教員養成の在り方自体を変革していくための牽引役としての役割を果たす大学」について、文部科学大臣が申請に基づいて指定する「教員養成フラッグシップ大学」のしくみを創設しました。
私が教えている東京学芸大学も、教員養成フラッグシップ大学のひとつに指定されています。本学では、先端教育人材を育成するための8つの能力開発ユニットをつくっています【資料2】。
Society 5.0は先の見えない時代といえども、何もしなくていいというわけでは当然ありません。現代的な教育課題や世の中の課題にどうやって向かっていくのかを考え、それを指導するために必要な教員の資質や育成指標を定めています。
本学の取り組みはまだ始まったばかりですが、今後、議論を深めていく予定です。
授業ではなく「校務」から使いまずは先生が「感動」する
ICTの活用が先進的な学校とそうでない学校の差は、残念ながらどんどん開いていっているのが現状です。では、その差はどこにあるのでしょうか。
ひとつは、前述したように、学校教育目標や学年目標を掲げ、それをめざすためのツールとして、うまくICTを活用していること。もうひとつは、先生方が1人1台端末を使ってみて「感動」し、「こんなに便利なら、授業で使ってみたい」と活用に積極的な意欲をもっていることです。
ICT先進校が多いことで有名な愛知県春日井市の事例を紹介しましょう。春日井市立高森台中学校では、Googleを活用し、教員間のコミュニケーションや校務に積極的に活用しています。
例えば、【資料3】のようにチャット機能を使い、授業で効果的だった実践や、生徒の反応を、ジャムボードを直接貼りつけることで共有しています。そこにほかの先生方のコメントがついたり、校長から「いいね」がついたりするのです。誰でも気軽に参加してコミュニケーションをとることができますから、その日あったことや実践を共有するのに非常に便利です。ほかにも、先生方が360度カメラとピンマイクを活用して授業の様子を撮影し、実践動画を蓄積しており、日常的な校内研修であれば、動画で行っています。
ICTを使うことで、やりたいことが手軽に実現できるようになるし、何より、楽で、便利で、楽しい。高森台中の先生方からは、そんな感動と、「こんな使い方をしたらどうだろう?」「これを実現するためには、どうすればいいんだろう?」と積極的に提案し、使い方を探究していく意欲が伝わってきます。
このように、ICTを学校に浸透させていくためには、授業からではなく、まずは先生自身が校務で使い、便利さを体験してもらうことをおすすめしています。
とはいえ残念ながら、チャット機能は一律禁止、授業と校務でパソコンを使い分ける必要があるなど、自治体によってさまざまな使い方のルールや規制があり、ここまで自由に使いこなすのは難しいというのが現状かもしれません。
しかし、校務においては「あれは禁止」「これは規制」としているICTを、一方で「授業では積極的に使いなさい」というのは、あまりに酷な話でしょう。授業と校務においてのICT活用は、複合的に進めていくことが欠かせません。
現に今、文部科学省では校務の情報化の会議が進められていますが、そのタイトルは、「GIGAスクール構想の下での校務の情報化の在り方に関する専門家会議」です。GIGAスクール構想と校務の情報化を一体的に運用せよと文部科学省もすすめているわけですから、禁止と規制ありきではなく、校務でも積極的に活用していくことが大切なのです。
ICT活用に先進的な学校は管理職も勉強している
活用が進んでいる学校に共通するのは、スモールスタートからの試行錯誤を行っていることです。出てきた問題には都度対応し、徐々に実践を積み重ねています。
さらに特徴的なのが、管理職の先生方がもれなくご自身で勉強されていることでしょう。理論もそうですし、新しいものへのアンテナを高くもっています。私が「便利なものがあります」「こんな使い方ができます」と紹介すれば、次の機会には、もう調べたり、導入されたりしているのです。
もうひとつ忘れてはならないのが、こうした学校では、子どもたちがみんな生き生きと、楽しそうにしていることです。先生方にお話を聞くと、子どもたちから「今日の授業はアウトプットが中心で楽しかった」という反応が出てくることもあるそうです。先生が普段よく使っているからこそ、こうした言葉が出てくるわけですが、先生方の工夫や実践のフィードバックが、子どもたちの率直なコメントとして返ってくるわけです。先生たちにとって、これほどやりがいのあることはないでしょう。
子どもたちに芽生えた主体性やICTを工夫して使いこなす能力は、まさに今の時代を生き抜くために子どもたちにとって不可欠な力といえるはずです。
「どうなるのか誰にもわからない時代」ですから、Society 5.0については、頭でっかちにああだ、こうだと話しても、あまり意味がないと感じています。どうなるのか、どんなことができるのか、できることから体験していくしかない。ですから私自身も、新しいものにはどんどん投資していますし、試しに使ってみるということを、現在進行形で日々行っています。これが楽しいんですね。
私は何十年とICTに関わってきていますが、今、いろいろなしくみがこなれてきていて、コンピュータが「やりたいことを苦労せずに実現する道具」にますます近づいてきています。まさに、「楽で、便利で、楽しい」を日々実感しています。こうした「感動」をぜひ先生方と共有していきたいですね。
未知の世界だからこそ、わくわく、ドキドキ、あれをしたい、これがしたいという、抽象的であってもポジティブな気持ちをもつことが、新しいことに挑戦するための大きな意欲につながるのです。
取材・文/浅海里奈(カラビナ)
『総合教育技術』2022年秋号より