リレー連載「一枚画像道徳」のススメ #7 未来と今をつなぐ橋を架ける一枚画|瀬戸山千穂先生(群馬県公立中学校)
子供たちに1枚の画像を提示することから始まる15分程度の道徳授業をつくり、そのユニットをカリキュラム・マネジメントのハブとして機能させ、教科横断的な学びを促していく……。そうした「一枚画像道徳」実践について、具体的な展開例を示しつつ提案する毎週公開のリレー連載。第7回は、瀬戸山千穂先生のご執筆でお届けします。
執筆/群馬県前橋市立大胡中学校教諭・瀬戸山千穂
編集委員/北海道函館市立万年橋小学校教諭・藤原友和
目次
1 今を見つめて未来を語る
こんにちは。群馬県で中学校の教員をしております、瀬戸山千穂です。
専門は理科ですが道徳が大好きです。
「よりよく生きるとはどのような生き方か?」等の根源的で大きな問いから、駅のポスターやweb記事などをみて、「今感じてる温かさってどこからきているのだろう?」「これって “ありがとう” という名のプレッシャーなのでは?」「思いやりとおせっかいは違うっていうけれど、思いやりだけではなくおせっかいが必要なときもあるよなぁ。」等の小さな問いまで、多岐にわたって日常にツッコミを入れながら日々過ごしています。(前者の根源的で大きな問いはちょっとかっこつけていますね。考えている割合は後者の問いの方が圧倒的に多いです。)
ご依頼をいただき、道徳授業づくりで悩まれている先生方からよく相談を受ける内容項目で考えたいなぁ、という漠然とした思いから、自然愛護に関わるミニ授業を考えました。
8月中旬に「かごしま教育サミット」というオンラインセミナーが開催され、本連載でも執筆者としてお名前が挙がっている樋口万太郎先生が「未来ばかりに目が向きがちで現在のことに目が向いていないのではないか」という趣旨のお話をされていました。
確かに未来を語る教育書は巷に溢れているように感じます。未来を語るのが悪いということではなく、今を見つめた上で未来を語る、または未来を見据えた今を語る、未来と今とを往還しながら教育のあり方、自分のあり方を考えることが大切なのでしょう。
道徳科はまさに、今の自分を見つめて未来を描く時間であると捉えています。
未来と今の自分とをつなぐ架け橋となる一枚画。そんな授業をイメージして構想しました。
2 「一枚画像道徳」の実践例
対象:中学校1年生または中学校3年生
主題名:つなぎたい 自然への思い
内容項目:D-(20) 自然愛護
子供たちに以下の写真を提示し、問いかけます。
発問1 気付いたことを教えてください。
●公衆トイレだけど、お金がかかるのかな。
●使うのに100円が必要みたい。
●木でできていて、古そう。
●においもきついかも。
●あまり綺麗ではないトイレなのに有料って、ちょっと納得いかない。
この写真を通して
生活とのずれ
(身の回りの公衆トイレのほとんどが無料なのにこれは有料)
既存のものに対するイメージとのずれ
(有料トイレなのに木造で歴史を感じる風貌)
という二つの既知概念とのずれが生まれると考えられます。
このずれから、「このトイレは何のためにあるのだろう」「どこにあるのだろう」という問いが子供たちの中に生まれてきます。
「今、皆さんが言ったとおり、ここは有料トイレです。でも、有料なのにあまり綺麗なトイレには見えないかもしれませんね。この有料トイレは尾瀬にあります。」
ここで、以下のように、尾瀬国立公園(以下『尾瀬』)の説明を行います。
説明
●尾瀬は群馬県、福島県、新潟県、栃木県の四県にまたがる山岳地域であり、その中の尾瀬ヶ原という大きな湿原には年間20万人が訪れている。
●尾瀬は古くから人々の心をとらえ、歌や写真、絵画などにもその姿が残されている。
●景色がとても美しく、ここでしか見られないめずらしい動植物もたくさんいる。
●このトイレはビジターセンターというところに位置していて、そこに行くまでにマイカー規制がされていてバスで移動する必要がある。
※群馬県では、尾瀬学校※1と呼ばれる活動が県内の希望する学校で行われており、子供たちは最大で小学校で一回、中学校で一回尾瀬に足を運ぶチャンスがあります。
総合的な学習の時間の中に組み込まれることが多く、子供たちは尾瀬について事前に学んだことをもとに、現地に足を運んで調査し、事後活動として調査結果のまとめと考察を行います。
尾瀬学校に行くことが年計に組み込まれている小・中学校であれば、尾瀬学校に行く前に本授業を行うことをお勧めします。
この説明によって「このトイレはどこにあるのだろう」という子供たちの問いは解消されますが、「何のためにあるのだろう」という問いは解消されない、または答えが漠然としていてもやもやが残ると考えられます。
そこで次の発問を投げかけ、全体で意見交流します。
発問2 このトイレは、なぜ有料なのでしょうか。
●掃除をするのに手間がかかるからかな。
●人を雇うのにお金がかかるのかもしれない。
●処理するのに、お金がかかるんじゃないかな。
●尾瀬の環境を大切にするために、普通のトイレとは違う、何か特別なことが必要なのかも。
●ただのお金もうけではなく、尾瀬を守るための100円なのだと思う。
この発問を通して「有料ということは、処理する過程や管理している人でお金がかかるのだろう」「環境に配慮した汚物処理の方法があるのだろう」という考えが生まれることが予想されます。
さらに「無料で運営することは難しいのか」「100円支払うことの意味は何か」等と問い返しながら深めると、「このトイレを設置した “人々の思い” があるはずだ」等、有料トイレという “もの” を通して、尾瀬に携わる人々の心が見えてきます。この心がまさに、尾瀬という雄大な自然に対する先人の思いや願いであり、自然を大切にするという行為を支える原動力となる心なのです。
尾瀬の有料トイレは環境負荷の少ない方法で処理しているためお金がかかることを説明し、前述の説明とも関連させながら、このトイレを設置した人々の思いや願いについても触れていきます。
「有料トイレという “もの” を通して、尾瀬に携わる人々の思いが見えてきましたね。自然を大切にしようとする行動は、このような心がもとになっているのかもしれませんね。」
このあとは、例えば以下の3点のような取組が考えられます。
A:SDGsや自然環境に関わる総合的な学習の時間につなげる
B:道徳科の授業(自然愛護)につなげる
C:理科の学習につなげる
(中学校学習指導要領解説理科編 第二分野(7) 「自然と人間」/中3の学習内容)
AのSDGsについては、前回(第6回)連載でC-(10) 公徳心に関わる授業について書かれた岩田慶子先生も触れていらっしゃいました。道徳科を起点とした教科・領域における学びの広がりは、ほかの内容項目と照らしても無限の可能性を秘めているといえそうです。
3 道徳科で未来を選択する力を育む
行為の選択は未来の選択であると考えています。買い物は投票、とも言われますね。その行為の選択の基盤となるのは「もの」「こと」「ひと」を『みる目』の深さです。※2
身のまわりの「もの」「こと」にどのような思いが込められているのか、「ひと」がどのような思いを抱いているのか。その価値を金銭などの外付けの価値に頼らずに自ら判断するためには、「もの」「こと」「ひと」の奥に潜む思いや願いに気付き、その心をみる目を日々養っていくことが必要です。
道徳科は、行為からよりよく生きようとする人々の心をみる目を養い、今の自分が未来を選択する力を育むための土壌であると同時に、ちょっといい自分、ちょっといい未来をつくるスタートラインであると思っています。
来週は、特別支援学校から大学へと活躍の場を移された郡司先生です。特別支援教育の視点からみた道徳科、どのような視点で一枚画像を読み解かれるのか、楽しみですね♪
【参考文献】
※1 教育広報誌「教育ぐんま」平成28年度462号
※2 藤原友和・駒井康弘編著 2022年 『オリジナル地域教材でつくる「本気!」の道徳授業』 小学館 p.30-32
今後の連載予定
第8回 郡司竜平(北海道・名寄市立大学保健福祉学部社会保育学科)
第9回 葛西もえ(岩手県・奥州市立佐倉河小学校)
第10回 小林雅哉(北海道・室蘭市立地球岬小学校)
以下、続々と執筆進行中です!
リレー連載「一枚画像道徳」のススメ ほかの回もチェック⇒
第1回 日本最古の観覧車
第2回 モノに宿る家族の「幸せ」
第3回 それっていいの?
第4回 このトイレ使ってみたい?
第5回 「命の重さ」は
第6回 「快」のコミュニケーションができる子供たちに