GIGAスクール構想、小学校低学年から始めるクラウド体験

GIGAスクール構想で、学校に求められているものは何でしょうか。元小学校教員としての経験を生かし、1人1台の端末の活用について研究している信州大学助教の佐藤和紀氏に聞きました。

佐藤和紀教授

佐藤和紀(さとう・かずのり) 信州大学学術研究院教育学系・助教。1980年⻑野県出身、博士(情報科学)。上越教育大学大学院修士課程修了後、東京都内の小学校の教員となり、10年間にわたり1人1台端末の実践に取り組む。その間、東北大学大学院情報科学研究科で博士号を取得。静岡大学非常勤講師等を経て、2020年より現職。共著に『情報社会を支える教師になるための教育の方法と技術』(三省堂、2019年)がある。

タイピングが重要な理由

GIGAスクール構想で前提となるのは、クラウドを使うこと、1人1台の端末を配備すること、1人1アカウントを割り振ること、端末を持ち帰ることです。これらのことが必ず実行されなければなりません。そして、その先には大きな2つの目標があります。それは、情報活用能力を育成すること、対面とオンラインを掛け合わせたハイブリッドな授業を行うことです。

これらの2つの目標を達成するためにも、子どもたちの学力を向上させるという観点からも、学校が重視しなければいけないことはまず、子どもにタイピングスキルを身に付けさせることです。2015年に文部科学省は情報活用能力調査を実施しました。この調査の対象は小学校5年生でしたが、その結果を見てみますと、1分間に入力できた文字数の平均はわずか5.9字でした。このレベルでは、ICTを使うことで作業が効率化するどころか、手書きよりも遅くなっています。この衝撃的な事実が、GIGAスクール構想が動きだすきっかけのひとつとなったのです。

大人たちがパソコンで文書を作成できなければ仕事にならないのと同じで、これからは子どももタイピングができなければ学習できないですし、CBT化(コンピュータを使って行うテスト)にも対応できなくなってしまいます。

タイピングをするには、ローマ字入力ができなければならないのですが、学習指導要領ではローマ字を学習するのは小学校3年生からとなっていますから、3年生以上の子どもにはタイピングの練習をする場面を意識してつくっていく必要があります。

もうひとつ、重要なことはインターネットからの情報も活用したり、クラウドにあるデータを使ったりしながら学習することです。PISA2018の結果から、日本の子どもは、必要な情報が見つけられない、情報を批判的に読み解けないなどの傾向があるとわかっています。教科書以外の情報をインターネットから収集し、その情報が適切かどうかを検討するような学習のしかたが求められます。

しかし、子どもに端末を持たせてインターネットに接続できるようにすると何か悪いことが起きるのではないか、と心配する大人たちは多いのです。校内で子どもたちがメールやチャットを使用することを禁止する自治体もあるようですが、学校が禁止してしまえば、子どもたちはその部分のスキルを身に付けられないままになります。

これまでに子どもたちがインターネットを使って事件を起こしたのは、学校の中で失敗を経験せず、練習もせず、いきなり外の世界という「本番」に臨んだためです。GIGAスクール構想のコンセプトには「情報社会で起きる失敗を、学校でさせる」ことも挙げられています。

そもそも学校は「失敗する場所」であるはずです。学校の中で失敗する経験をさせてやり、「このやり方はよくないから、こうしなさい」と教員がきちんと指導してほしいのです。

これらのことを踏まえ、小学校の低学年から、クラウドとは何かを体験することが重要です。クラウドとはどういうものなのかを言葉で言っても、子どもたちにはなかなか伝わらないと思うので、ひらがな入力で画面上に指などを使って文字を書いたり、情報を整理したりする活動を、クラウドで行ってほしいと思います。例えば、Google Jamboard * などを使い、クラウドで付箋を貼る活動を行うことで、「みんなで同じ画面に同時に付箋を貼れる」、「リアルタイムで友だちの意見が見られる」などの体験をさせていくことが大切です。

3年生以上で、ローマ字入力ができるようになったら、端末を使ってどんどん文章を書かせることです。端末に子どもが文章を入力し、クラウドにアップすると、教員からリアルタイムで修正の指示が入り、簡単に効率よく修正でき、どんどん文章がよくなっていく、などの体験をさせることが重要です。世の中で行われている情報技術を使った仕事のしかたを子どもたちに体験させることで、「世の中はこういうふうに動いているのか」という見方を育むことにもつながります。

このほか、小学校の高学年ではGoogleのGmailなどを使って、学級のチャットルームを係活動や調べ学習などの話合いに使ってみるのもいいでしょう。

中学校ではさらにパワーアップさせ、生徒会の活動や部活動で使ってみるといいと思います。

*Google Jamboard・・・専用大型ディスプレーやタブレットと連携して使用できる、クラウド型ホワイトボードアプリ。
※Google Jamboardは2024年12月31日にサービス終了します。

ひとつの活動を置き換えることから

では、1人1台の端末を使った活動を授業にどのように取り入れればいいのかといいますと、最初はひとつの活動を置き換えることから始めるといいと思います。

例えば、百ます計算を毎日行っているのであれば、点数と時間を子ども自身に表計算シートに入力させます。最初は表計算のしかたなどを教えなくてもいいのです。まずは数字の入力など、単純なことをさせていくと、ある程度データが蓄積されたとき、それぞれの子どもの弱点などが見えてくるはずです。そのようにして徐々にコンピュータの便利さ、使うことのよさを感じられるような活動をするのがおすすめです。

それから、授業の最後に感想を書く場面で使ってみるという方法もあります。ノートに感想を書く場合は、自分の意見と、教員に指名されて発言した何名かの子どもの意見しかわかりません。クラウドを使い、みんなでファイルを共有して書いてみると、たくさんの友だちの意見を知ることができます。「あの子はこんなことを考えていたのか」とわかり、そこから学べることがあるはずです。

このように従来の学習から、まずはひとつを置き換え、それに慣れたら2つ、3つと、使用する場面を増やしていくといいのではないかと思います。

ただし、教員がやってはいけない授業というものがあります。それは、授業が終わった後に子どもたちにどういう力がつくのかが想定できていない授業です。端末をこのように使うとこれができるようになる、という明快なビジョンを持たないで授業に臨めば、子どもたちになんとなく端末を使わせるだけで終わってしまうでしょう。

例えば、先ほどの百ます計算で活用するのであれば、点数と時間を表計算シートに入力させて、その結果、何をさせるのかのビジョンが必要だということです。大事なのは、教員が授業をきちんと設計し、意図や目標を持って取り組むことです。

文房具のように使うために

GIGAスクール構想では、端末を文房具のような存在にすることが求められています。文房具ですから、当然、使用するだけで学力向上に直結するわけではありませんが、授業にうまく取り入れることで、学習における利便性と効率を向上させ、結果として学びの質を高めることにつながります。

端末を文房具のような存在にするコツは、「常に持っていること」です。文房具は使いたいときにいつでも使えるものですから、基本的に「端末を使って〇〇をしてはいけない」のように、子どもに禁止はしないほうがいいと考えています。休み時間なども使用を禁止しないで、自由に使えるようにする必要があります。

ただし、子どもに端末を渡す前に、考えさせなければならないことがあります。それは自由とは何かということです。ある学校では、「勉強のため、学校生活を豊かにするためだったら、いくらでも端末を使っていい。でも、個人の欲望のために使ってはいけない」という方針で自由に使わせています。

大事なのは「学習で使う」という価値づけを行うことです。具体的には、学校は何をするところなのか、教室は何をするところなのか、などを考えることから始めて、GIGAスクール構想で全国の小・中学生に配備された端末は、税金を使って購入したものであることを伝え、その端末を使って何をするべきなのかを各学級で話し合い、適切な使い方を共有することが重要です。

もしもこの前提がない状態で使わせれば、学校と自宅の区別がなくなり、子どもはやりたい放題になるでしょう。学校でYouTube を見るとしたら、どんな内容のものを見るのが適切なのか、子どもが自分で判断できるようにする必要があります。もちろん、その場では理解したとしても、子どもは失敗するでしょう。何度も失敗を経験しながら、その価値観を子どもたちと考え続けるのは大事なことです。

私の経験から言って、端末の活用がうまくできている学校は、この根本の考え方がしっかりしていると感じます。端末の使い方に関して、あれこれ細かく禁止事項をつくる学校もありますが、それは小手先のことです。もっと根本の、学校としてのあり方が問われているのです。この部分は校長先生がリーダーシップを発揮し、価値づけ、生徒指導、学級経営を学校として進めてほしいと思います。

もしも学校が管理し過ぎると、1人1台の端末を使った実践は、子どもにとっても教員にとってもつまらないものになってしまうでしょう。校長先生にはGIGAスクール構想や学習指導要領が目指しているものをいま一度確認していただきたいのです。そして未来社会を見据えながら、校長先生自身も柔軟な発想を持ち、日々の実践を楽しんでほしいと思っています。

取材・文/林 孝美

『総合教育技術』2021年4/5月号より

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