ヨシタケさん参画で全面刷新!光村図書『せいかつ たんけんたい』(生活科)【教科書編集者インタビュー】
学校で毎日使う教科書。その制作の裏側には、教科書会社のきめ細やかな配慮と、現場を想っての工夫がたくさん込められています。今回は、生活科の教科書『せいかつ たんけんたい』を作っている光村図書出版の編集部のお二人を訪ねました。国語科の教科書でおなじみの光村図書ならではのこだわりと、制作メンバーに絵本作家ヨシタケシンスケさんを起用し刷新した、令和6年度版に込められたメッセージをお届けします。
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目次
絵本作家ヨシタケシンスケ氏の参画でフルリニューアル
——御社の生活科の教科書『せいかつ たんけんたい』は、人気絵本作家のヨシタケシンスケさんが関わって制作されたとのことですが。
村上 はい。編集部のモットーに、「はじめに子どもありき」というのがありまして。教科書は、まず、子どもたちに読んでもらいたいものです。面白がってもらったり、興味をもって楽しんでもらったりしてほしいと思っています。
ですから、より子どもたちが親しみやすい形はないかと考え、絵本の内容が具体的で子どもにも分かりやすく、なにより子どもの日常生活をユニークな視点で描くヨシタケシンスケさんに、編集部よりご参画お願いのお声をかけさせていただいた次第です。
山本 ヨシタケさんへのご依頼に際しては、当時コロナ禍ということもあり、オンラインでの打ち合わせを何度も重ねていくこととなりました。私たちにとっては、ヨシタケさんからOKのお返事をいただけた時点で半分くらい出来上がったかな?と感じるほど、ヨシタケさんのご参画はこの令和6年度版編集のキーポイントとなることでした。それが、まさに今年から使われているこの1冊です。
村上 これまでも光村としての個性は出していたつもりですが、今回が一番、私たちらしい教科書になった気がしています。
ヨシタケさんには今回、イラストをお願いするだけではなく、内容も含めて一緒に作っていただきました。
制作にあたり、ヨシタケさんからのご意見は「教科書の流れに乗れないような子どもたちのために書きたい」というものでした。 生活科は「正解のない教科」です。体験学習の中で試行錯誤し、迷ったり、悩んだり、失敗したりも含めて全てを大切な活動と捉えています。ですから、多様な子どもの姿を意識した、のびのびとおおらかな教科書になったと思います。
リアルで多様な子どもたちの姿が共感を呼ぶ
山本 教科書では通常、教室でみんながそろって真っすぐ前を向いている、いわゆる正しい姿が表現されることが多いですが、実際の教室にはいろいろな子どもの姿が見られますよね。
このイラスト(写真下)で、私たちが一瞬、これは大丈夫かな?(不適切な表現と指摘されないか)と心配したのは、この一番後ろの席で上を向いている子です。
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「ちょっと僕、ぼんやりしたいんだよね」という子どもの姿。でも学校の先生方は、「いるいる! こういう子がいるからいいんですよ」と言ってくださいました。
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現場の先生からは、「それでもいいんだよ」と、ありのままを肯定するメッセージが、スタートカリキュラム期の子どもの精神的な安全性にもつながると言っていただきました。最初はドキドキしましたが、結果的に評判の良かったポイントとなりました。
山本 あとは、花の栽培で世話をするところも(写真下)。「生活科はたくさん花を咲かせることが目的ではないんです」とヨシタケさんにお伝えしたところ、「ちゃんと育たなかったとき、スムーズにいかないときに、どう考えたらいいかな?」という場面での、子どもたちの気持ちを描いてくださいました(写真下、教科書の見開き右側のイラストコーナー)。
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山本 どうしても通常の“教科書的”な感覚だと、「うまく育てよう」と考えてしまいます。でも、実際には枯れちゃうこともありますよね。
村上 だけど枯れることも含めて、「じゃあ一緒に育てようよ」とか、「どうして枯れたか考えようよ」ということも、全部が学びになるはずです。全員が全員、たくさんきれいな花を咲かせられるなんてことはまれなので、必要以上に落ち込むのではなく、そこからまたいろいろなことを学ぶ。生活科は、そういう教科だと思っています。この4コマのイラストは、たった4コマなのですが、自分の植物への愛着や、関心をもって働きかける姿など、生活科にとって大切なことを表現していると思います。
(下、4コマのイラストの抜粋)
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山本 私たちも、ヨシタケさんからイラストを受け取るたびに大切な気づきをいただき、毎回感動しながら制作を続けておりました。
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村上 おもちゃを作って遊ぶ単元では、きれいに作りたい子もいれば、速く動けば見た目は気にしないという子も。また、友達と一緒に作りたい子もいれば、ひとりで作りたい子もいる。それが「多様性」であり、いろいろな子がいてみんなで学んでいるんだよということを示してもいます。
——教科書の中で、こんなにふんだんにヨシタケさんの作品が見られるというだけでも貴重です。ぜひ知らない先生にも教えてあげたいですね。
村上 そうですね。多くの先生方に実物を見ていただきたいです。ヨシタケさんご本人いわく、ここの部分(見開き右側のイラストコーナー)は『脱線コーナー』なのだそうです。
ヨシタケさんコーナーに込められた大切なメッセージ
村上 教科書の『学びの部分』には、もちろん大事な学習の手立てが書いてあるのですが、『脱線コーナー』といいながら、このコーナーには、温かいメッセージが込められています。子どもたちに本当に楽しんで読んでもらえるのは、こっちのコーナーかもしれないですね。実際にこの4月から使われて、現場からは「子どもたちが教科書をとてもよく見る(読む)」というフィードバックをいただいています。保護者の方も読んでくださっているみたいですね。
——まさに、子どもも保護者も楽しく読めそうです!
村上 イラストには先生も登場するのですが、「先生だから指導しなくちゃ」というイメージではなく、「先生も最初は1年生だったよ」というような、寄り添って支援するスタンスで描かれているシーンもあります。指導に入られている先生からは、「これは経験の浅い先生に向けて、子ども理解の参考になる」という声もいただきました。
入学からの1年間を振り返る単元では、「ぼくはランドセルごとわすれたことがあります! でもなんとかなりました!」という子どももいて、現場の先生や文科省がどう感じるか心配しましたが、みなさん大らかに受け止めてくださいました(写真下、教科書見開き右側のイラストコーナー)。
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このように、クスッと笑ってしまうやり取りが随所に描かれているのですが、どのシーンもこんなふうに、なんでもきっちりしっかりできなくても大丈夫、等身大のままで興味・関心のあることに取り組んでいいんだよ、ということが伝わればと思います。
山本 「それでもいいんだ」「ありのままでいいんだ」と思えることは、子ども同士が認め合う教室づくりになる、とおっしゃっていた先生もおられました。最初にも申し上げたように、生活科の編集方針として、「はじめに子どもありき」という大きなテーマを掲げています。その原点に戻ったときに、「ヨシタケさんと共に作る」という案が出てきました。彼の学校観や子ども観、大人観みたいなものと、編集部の考えが合致したということだと思っています。
村上 「うまくいかないな」というような気持ちでいる子どもは今までもいたはずで、そういう気持ちに対して「失敗することや、うまくいかないときだってあるんだよ」ということが伝えられる教科書になればいいな、という思いで作りました。教室には、明るく元気な子ばかりではなく、いろいろな子がいる。全ての子に「自分がいる教科書」だと思ってもらえたらうれしいです。
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『せいかつ たんけんたい』編集上の工夫と特長
——今回の教科書制作の工夫としては、どのようなことがありますか?
山本 見開きに“キービジュアル”を必ずドンと1個配置しています。毎回、子どもたちがそれを見て「こういうことをやっていくのか! やってみたいな!」とイメージを広げやすいようにするためです。
村上 ユニバーサル視点のレイアウトやデザインを意識し、必ず「左上に“めあて”」「左端に“学習活動”」「右下に“ふりかえり”」というようにレイアウトを統一しました。
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——写真の量も豊富で豪華ですね。
山本 制作はコロナ禍の時期と丸かぶりだったので、公共施設などの撮影許可がなかなか下りず、スタッフの入場数の制限もあって大変でした。そのため、編集部員がヘルプで出演していたりもします(笑)。大体2万点くらいの撮影写真から、800点ちょっとを掲載したと思います。
村上 他にも以下のようなこだわりの項目があります。
生活科の学びが深まる「学びのヒント」と「ふりかえろう」
つまづいたときや試行錯誤をするときに大切になる考え方や、活動、表現のバリエーションなどの「学び方のヒント」を、六角形のマークで示しています。主体的、対話的で深い学び につながる手がかりとして、このコーナーを設けました。
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右下の「ふりかえろう」では、活動中の出来事を「感情」(コーナー左)と「思考・態度」(コ ーナー右)の両面から振り返ることができるようにしています。こうすることで、出来事の羅列や単なる感想にとどまらない、確かな振り返りの場となり、さらに次の学習へとつなげる思いを引き出すのがねらいです。「思考・態度」の観点は、学習指導要領で示された学習活動を分析し、設定しています。光村図書オリジナルのマークを付け、子どもにも分かりやすい言葉に変えて提示しています。
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別冊資料「ひろがる せいかつじてん」
巻末には教科書本体から外せる別冊資料「ひろがる せいかつじてん」を付けました。単元に即した内容から、他教科でも使える汎用的なコンテンツまでを収載しています。ベテランの先生方からは、「使いやすく、活用頻度が高い」という声も。道具箱に入れておくこともできて“さっと取り出して見やすい”というコンセプトで新たに企画しました。
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屋外探検の際に持っていって行くことを想定して、あえて軽い紙で作りました。探検バッグに入る大きさなんです。毎回タブレットを持ち出すのは重いので。そして、雨の日も活動しながらパッと見られるように、水や泥に強い加工を施しています。
様々な教科書連動コンテンツ(QRコンテンツ)
QRコンテンツは「交通安全」や「注意したい生き物」など、必ず子どもたちに見てもらいたい安全に関わる情報に特化して、親しみやすいアニメーションや動画を提供しています。授業だけでなく、ご家庭でも保護者の方といっしょに見ながら、安全について話す機会にもなればと思います。
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また光村図書では、誰もが安心、安全に学校生活を送ることができるよう、教科の枠を越えて大切なことをテーマにしており、光村図書の全教科の教科書の裏表紙からQRコンテンツ『みんなで かんがえたい たいせつな こと』にアクセスできます。防災・学校で使う日本語(日本語指導が必要な児童のための日本語と外国語訳)・ダブレット使用時の留意点など、各ジャンルの専門家が監修した動画や音声を活用していただけます。
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絵本を読むように楽しんでほしい
——『せいかつたんけんたい』という教科書らしからぬタイトルが面白いですね。
山本 このタイトルは、生活科の目的を表すタイトルとして考え出したものなのですが、最初は「教科書名としては、大胆すぎるかな?」とドキドキでした。ですが結果として、このタイトルのおかげで、より絵本っぽいイメージを高めることができた気がします。長く「国語」を制作してきた出版社なので、本を読むように楽しむことができる教科書として、子どもたちに、自分の感性を大事にしながらしっかり学んでもらいたいという願いを込めました。弊社の考えが具体化した姿になったのではないかと思っています。
村上 これから先生方に、どのように使っていただけるのか、その声も楽しみにしています。最後に、ヨシタケさんなりの「生活科とは?」を考えて描いてくださった、こちら(画像下)をご紹介します。まさに我々が言いたかったことだなと感じていますので、先生方もよかったらご覧になってください。
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ヨシタケさんから今の子供たちと大人に伝えたいメッセージ
今回参画したヨシタケシンスケさんの特集ページ「ヨシタケシンスケ、『せいかつ たんけんたい』を語る」(光村図書公式サイト内)では、ヨシタケさんが生活科の教科書づくりを通して伝えたかったことが、メッセージ動画とともにつづられています。
ヨシタケシンスケ、「せいかつ たんけんたい」を語る|光村図書出版
自らが「教室でキョロキョロしているタイプの子」だったというヨシタケさんは、元気いっぱい、興味津々の子どもがいるなか、「自分はそうじゃないんだよね」という子のために、「わかるよ、君、こっち側だよね!」という意味を込めて「写真に写らない表情をイラストで表現したかった」といいます。
家庭環境も、得意・不得意も違う子どもたちが、日々の生活の中でそれぞれの喜びを見つけ、その子らしく成長していくために、周りの大人ができることとは何でしょうか。
「はじめに子どもありき」とする光村図書が手掛け、ヨシタケシンスケさんの描く多様でリアルな子どもたちの姿を載せた令和6年度版生活科教科書『せいかつ たんけんたい』を、みなさんもぜひ、手にとってご覧ください。
取材・文・写真/田口まさ美(Starflower inc.)
図版提供/光村図書出版
【教科書編集者インタビュー】こちらもお読みください。