一年単位の変形労働時間制は「働き方改革」につながるか

現場から不安の声が上がる中で、国会で「一年単位の変形労働時間制」の導入を柱とした改正教職員給与特別措置法(給特法)が成立しました。それに伴い、学校は今後、さまざまな判断を求められることになります。そこで、 教育研究家/学校業務改善アドバイザー・妹尾昌俊氏の提言から、この制度のメリットとデメリットを明らかにしていきます。

教育研究家・妹尾昌俊先生

妹尾昌俊(せのお・まさとし)●京都大学大学院修了後、野村総合研究所を経て、2016年7月から独立。中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員。全国各地の教育委員会・学校等で学校改善、業務改善をテーマに研修講師を務めている。著書に『こうすれば、学校は変わる!「 忙しいのは当たり前」への挑戦』(教育開発研究所)などがある。

変形労働ってなに?

公立学校の教員に一年単位の変形労働時間制(以下、単に年間変形労働)を導入することを可能にする法律(給特法の改正)が2019年12月の国会で成立しました。

分かりづらい制度なので、教職員や教育委員会職員のなかにも、理解度はまちまちだろうと思います。

変形労働時間制とは、ある忙しい時期の平日の勤務時間を延ばして、閑散期の日の勤務時間を短くする、あるいは休みを取れるようにする仕組みです。教員を含む地方公務員の場合、1か月単位なら、今の制度でもできますが、1年単位で、たとえば忙しい3月や4月に多めに勤務時間をふって、8月に少なくするといったことは、現行法上はできません。これを改正しました。

制度上は、最大で一日10時間勤務にまですることは可能です。

相次ぐ批判

ですが、率直に申し上げて、年間変形労働に対する学校現場や識者等からの評判は悪いです。導入の見送りを求めて10月には約3万3千人分の署名が文部科学省に提出されましたし、そこには著名な教育学者も多数賛同しています。教育新聞社の「Edubate」という読者投票でも、91%が反対でした。

反対する意見の論拠にもなるほどと思えるものが多くあります。論点は多岐にわたりますが、ここでは4つほど紹介します。

①現状の長時間勤務を容認、追認、助長することにつながる可能性

忙しい時期には勤務時間が現行の7時間45分から最大10時間まで可能ですが、小中学校の多くは休憩もろくに取れていない実態があるので、実質11時間近く働いても、時間外勤務はゼロカウントとなってしまい、問題視されない可能性があります。

これでは、働き方改革にはむしろ逆行するのではないか、また、教員の過労死等の防止の観点からも望ましくない、という批判が寄せられるのも、もっともです。東京新聞(2019年12月5日)でも「さらなる長時間労働につながるのではないか」と怒りや不安の声が教員からあがっている、と報じています。

②育児や介護等の人が働きづらくなる懸念

労働基準法施行規則でも、年間変形労働を導入する際には、育児等に配慮するようには規定されていますが、同調圧力の強い学校という職場で、大丈夫でしょうか。今でも、定時では帰りづらいとか、部活動の顧問を断りづらいという声は多々聞きます。

③休みのまとめ取りが本当にできるのか

文科省が説明する年間変形労働導入のねらいは、夏季休業中の休みのまとめ取りです。しかし、部活動の大会や研修、補習等があるなかで、それほど多くの日を休めない、という声は多くあります。悪用されれば、見かけ上は休暇でも、事実上出勤して事務作業等をこなしたり、部活指導をしたりといった運用がなされる可能性も否定できません。

現行でも、土曜授業等の振り替えがきちんと取れていないという学校も少なくないのではないでしょうか?

④管理コストの増加

副校長・教頭、学校事務職員らの負担増も心配です。今でも、さまざまな勤務体系の職員がいて、教頭らは苦労しています(地域によっては、書類などが統一、効率化されていない問題もあるようです)。

年間変形労働になると、さらに出退勤管理はややこしくなるし、教委への報告書類などもまた増えてしまいます。

文科省の想定では週3時間増やすだけ

こうした懸念の多くは、文科省もよく理解はしていて、年間変形労働を導入するとしても、業務改善が進んでいることが大前提だと文科省も述べているし、中教審の学校の働き方改革に関する答申でも「一年単位の変形労働時間制を導入することで、学期中の勤務が現在より長時間化し、かえって学期中一日一日の疲労が回復せずに蓄積し、教師の健康に深刻な影響を及ぼすようなことがあっては本末転倒である」と釘を刺しています。

また、文科省がイメージする導入後の姿は、学校行事等で業務量の多い時期(たとえば4月、6月、10月、11月の一部)の所定の勤務時間を週当たり3時間増やして、3時間×13週=39時間を、8月の休み(5日分)に充当するというものです(下図を参照)。しかも、「育児や介護等の事情がある方は、変形労働を適用しない」と文科省は言っています。

仮に文科省が言う通りの姿で導入されるなら、前述した懸念、批判の多くは、それほど深刻であるとは考えにくいです(4番目の問題はかなり残りそうですが)。

文科省のイメージする年間変形労働後の勤務時間等 (文科省資料より)

文科省のイメージする年間変形労働後の勤務時間等
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文科省の思惑通りに進むのか?

ところが、問題は、文科省のイメージ通りに事が運ぶ保証はない、ということです。それは歴史が証明しています(と言うと、ちょっと大げさですが)。一例として、文科省はここ数年、タイムカード等による出退勤管理をしっかりやってくれ、と自治体に何度も通知してきました。しかし、平成30年4月時点で導入している市区町村は4割程度にとどまっています(文科省調査)。

なにも、自治体(教育委員会)だけを悪者扱いしたいわけではありません。予算事情などでとても厳しい状況のところも多いし、あるいは対照的に国の動きよりもはるかに果敢に動いている自治体もあります。ですが、法令等に触れないかぎりは、地方自治が尊重され、自治体や各学校の判断と実践が重要となるのが初等中等教育の領域です。国がいくら呼び掛けても、あるいは通知文や指針を出しても、運用があまりよくない方向で進むという事例はあります。

別のヒント、教訓もあります。年間変形労働を先んじて導入しているのが、国立大学の教育学部等の附属学校の一部です。そこでも、きちんと運用されている例もあるでしょうが、一方で、定時が延びたことで、会議等が遅くまで開催されるようになり、長時間勤務が是認されているような実態のところもあります。

変形労働をしても、しなくても、必要なこと

また、8月に1週間前後の休みが取れるのかということについても、現状では、8月ですら時間外をせざるを得ないほどの業務量の教員も少なくありません。これは出退勤のデータ等でも確認されています。

しかし、今回の改正の趣旨、意図としては、前述の通り、「現状を追認して年間変形労働を入れろ」というものではありません。

学校も、あるいは国や教育委員会も業務の見直しなどに取り組み、「8月を忙しくないようにしたうえで、それができたところで希望する自治体、学校では、年間変形労働をやってもいいですよ」ということです。

ここは重要なので、もう一度説明したいと思います。変形労働を入れるだけでは、学校の業務量が減ったり、実質的な残業が大きく減ったりするわけではありません。しかし、仮に文科省のイメージ案のように運用するとすれば、変形労働を入れるには、たとえば、夏休み中の研修や部活動の大会、学校のプール開放などをかなりの程度見直していく(≒減らしていく)ことが前提となります。これにより、教職員の負担が減る可能性はあります。

ただし、年間変形労働をやろうが、やるまいが、働き方改革は「待ったなし」であり、先ほどの夏休み中の業務の精選等は、現行でも進めていくべきことです。現に、文科省は通知を出して、教育委員会や学校にそう働きかけています(「学校における働き方改革の推進に向けた夏季等の長期休業期間における学校の業務の適正化等について(通知)」、令和元年6月28日)。

学校閉庁日の拡大や年休取得促進でよくないか?

教育委員会や学校に考えてほしいことがもうひとつ、ふたつあります。

ひとつは、年間変形労働だけが、打ち手(対策)ではない、ということです。

仮に文科省の言うように5日の休みを増やすためなら、わざわざ、ややこしい年間変形労働などしなくても、有給休暇の取得促進でもカバーできる人も多くいます。

年休の日数には個人差があるので一概には言えませんが、教員勤務実態調査(小中学校、2016年)によれば、有休取得は、年10日未満という人が半数以上であり、10日も20日も余らせている(捨てている)のです。ただし、臨時的任用の方などで、年休が短い人もいることには注意が必要です。

文科省は、学校閉庁日により、最大で16連休(土日を含む)を可能にした岐阜市の事例をよく紹介して、休日のまとめ取りの効果をPRしていますが、これは裏を返せば、年間変形労働をしなくても、現行制度でもできるということでもあります。

なお、現行でもできることとして、年休の切れ目(更新)を8月末にするとよいでしょう。こうすると、インフルエンザの時期などを想定して年休を余らせておくという発想にならないで済み、8月の年休取得が進む可能性が高くなります。

また、教員が休みを取ることに世間の眼は冷ややかですが、年間変形労働にすれば堂々と休めるようになる、というのであれば、社会に対してもっとアプローチしていくことが、文科省や教育委員会に必要とされる政策ではないでしょうか。

教員人気復活なるか?

ここまでお読みいただいた方は、年間変形労働の概略と注意しないといけないことをある程度つかんでいただけたと思います。

ですが、おそらくモヤモヤしている方もいると推察します。

みなさんの疑問は、「結局、なんのために年間変形労働を入れようとするのかが分からない」ことかと思います。中教審の審議を毎回のように傍聴くださっていた、ある新聞社の編集委員の方もそう述べていました。

これまで説明した通り、年間変形労働単体では、教員の時間外の削減なり働き方改革にはなりません。では、なんのためのものかと言えば、8月に1週間前後休めるようになること。そして、文科省の説明によれば、それが教職の魅力向上に寄与する可能性があるためです。

なにを魅力に感じるかは、人それぞれですし、文科省の説明を否定はしません。確かに、ほぼ確実に海外旅行に毎年行ける職業ということなら、魅力的だと感じる人もいるでしょう。

しかし、文科省もよく分かっていると思いますが、今の教員採用試験の受験者数の減少は、学校現場がハードワーク過ぎることの影響が大きいと考えられます。「8月にちょっと休めますよ」くらいでリカバーできるほど、甘い話ではありません。

しかも、年間変形労働で「定時が延びる日も出てくる」、「育児等と両立しづらくなる」、「もうそんなことでは、教師を辞めざるを得ない」。そんな声もTwitter等では多く上がっています。

逆機能、逆効果です。教職人気を少しでも上向きにしようとして、文科省は年間変形労働の法改正をやったのに、実際は、教職人気をさらに下げているかもしれないのです。

この点は、文科省だけでなく、採用や育成に関わる各地の教育委員会もよくよく注意してほしいものです。

結局、年間変形労働だけを頼りにしても、教職人気は心もとないものがあります。また、時間外勤務の指針も、変形労働もそうですが、カネのかからない打ち手だけでは、限界があります。

国、教育委員会、学校は、年間変形労働を導入するべきかどうかだけを議論、検討するのではなく、学校の働き方改革に向けて、真に何を進めていくべきか、改めて見つめ直してほしいものです。

『総合教育技術』2020年2月号より

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