【連載】堀 裕嗣&北海道アベンジャーズが実践提案「シンクロ道徳」の現在形 ♯2 「伝統を守る」ってどういうこと?
堀 裕嗣先生が編集委員を務め、北海道の凄腕実践者たちが毎回、「攻めた」授業実践例を提案していく新連載第2回。今回からはいよいよ執筆者をリレーしながらの授業実践提案が始まります。今回は旭川の宇野弘恵先生による、日本の伝統文化を扱った授業です。
編集委員/堀 裕嗣(北海道公立中学校教諭)
今回の執筆者/宇野弘恵(北海道公立小学校教諭)
目次
1 この授業をつくるにあたって
後藤由香子さんという方を知っていますか。岐阜県の後藤人形3代目社長で節句人形工芸師であり、業界の常識を覆す斬新な雛人形をつくった女性です。残念なことに2017年に49歳という若さで急逝されています。
私が由香子さんの作品と初めて出会ったのは2019年3月のこと。何気なく開いたネットニュースから、黒い衣装を纏った雛人形が目に飛び込んできました。『Gothic』と名付けられたその作品は、赤をはじめとした艶やかな衣装や金屏風といったいわゆる「ふつう」のお雛様にあるものが何もありません。雛の顔も現代風で、ふわりと結った髪には大きな黒いレースの花が飾られています。手に持った扇にも黒いレースが施され、作品全体が黒で統一されています。とにかく、これまでの雛人形とは全く違う、斬新で奇抜な、そして繊細で美しい雛人形に私の目は釘付けになりました。
最初私は、ゴスロリ好きの若者に擦り寄った雛人形なのではないかと思いました。話題性を得るための、チャラい人形なのではないかと思いました。しかし、『Gothic』や由香子さんについて調べて行くうちに、決してそうではないことが分かりました。
岐阜のテレビ局のアナウンサーだった由香子さんは、28歳の時に節句人形工芸師となり家業である後藤人形を継ぎました。雛人形が形式的に飾られていることに疑問を抱き、もっと雛人形を身近に感じながら愛でられるものにしたい、そして女の子の成長と幸せを願う家族の大事な時間を紡ぐにふさわしい人形をつくりたいと思い、人形作家になることを決意したのだそうです。
「お雛様とはこういうものだ」という概念からの脱却を試みた由香子さんの作品は、どれも斬新です。青い衣装の二人が海岸で琴や横笛で音楽を奏でる『夜明けのシンフォニー』、白を基調とした衣装を纏った『森の上のウエディング』、黄色のミモザに囲まれた『妖精~mimosa~』など、どれもうっとり見惚れてしまうほど美しく素敵な作品ばかりなのです。「赤やピンクといった女性らしい色」「雛は赤」という古い考えに縛られずに、雛は様々な色を纏っています。テーマに応じて扇が花になったり笏が筆になったり、二人が手を取り合うポーズのものや立ち姿のものもあります。
こうした自由な発想で雛をつくりつづけた20年目に発表されたのが『Gothic』。「商業ベースに乗らないかもしれないけれど、自分たちの子どもを育てる気持ちで雛人形をつくってみたい」という思いで、思う存分自由に創り上げられました。
雛をよく見ると、様々な工夫が見られます。不吉にならないようにと髪の毛は茶髪にし、着物は黒地に黄色の糸を入れて暖色の黒にしています。かさねは、風合いのある山繭のシルクの黒とシルバーでふんわりと。京式の着付けが、なんとも優雅でクラシックな雰囲気を醸し出しています。由香子さんの愛情と情熱が細部にまで宿る『Gothic』は、決して話題集めのためのチャラい作品ではありません。
※由香子さんの作品は、後藤人形HPからご覧になれます。
=Home= of こだわりのおひなさま
というわけで、私はすっかり由香子さんとその作品に魅了されてしまいました。これで道徳授業をつくりたいと思いました。とても1本の授業には収まりませんので、A/努力と強い意志、B/感謝、C/伝統と文化の尊重、D/よりよく生きる喜びで4本作ることにしました。Aは周りに反対されながらも初志を貫く由香子さんの生き様を、Bは先代でおじいさまである清峯さんから受け継ぐ愛を、Cは伝統を受け継ぐとは?ということを、Dは由香子さんの雛に掛ける思いの深さを授業化しました。
今回ご紹介するのは、C/伝統と文化の尊重の授業です。
2 授業の実際
『「伝統を守る」って、どういうこと?』
C/伝統と文化の尊重 対象:小6以上
①雛人形の一般的なイメージを共有する。
「雛人形と聞いて、どんなことを思い浮かべますか?」
少し考えさせた後、ペアで自由に話させる。
全体で考えを交流した後、雛人形の画像(7段飾り、ケース入りなど数種類のもの)を見せながら、次のことを共有する。
・3月3日桃の節句に合わせて飾られる。
・女の子との健やかな成長と幸せを願って飾られる。
・赤や白、金色が多く使われている。
・決まった道具や小物(金屏風など)がある。
・華やかできらびやかである。
②後藤由香子さんについて紹介する。
「今見たような雛人形とは全く異なる雛人形があります」
と言って、『夜明けのシンフォニー』『Dreaming 2011』『森のウエディング』を見せる。
感想を交流したあと、
・冠やぼんぼりなどの伝統的な装いや道具がない
・自由で奇抜で斬新な衣装
・赤や金が多く使われていない
・現代的な顔や髪型
が特徴であることを、画像で確認しながら共有する。
「この作品をつくった人はこの方です」
由香子さんの画像とともに、簡単な経歴を紹介する。
・後藤由香子さん
・岐阜県の後藤人形3代目社長
・節句人形工芸師
・業界の常識を覆す奇抜な雛人形を創作
・雛人形をもっと身近に、女の子の幸せを願う家族の大事な時間にふさわしい人形をつくりたいという思いで、現代的な人形作りを志した。
「由香子さんは、業界や職人さんたちから“爆弾娘”というあだ名をつけられました。どうしてだと思いますか」
と投げかけ、以下のことを簡単に説明する。
お雛様というものは、面相師(顔を描き入れる)、着付け師(人形のベースに衣装を重ねていく)など、パーツごとのたくさんの専門職人さんたちによってつくられます。「伝統工芸士」と呼ばれる職人さんたちは、これまで日本の伝統工芸を守ってきたという誇りをもって雛人形をつくってきました。ですから最初の頃は、これまでのものとは全く違う奇抜で斬新な由香子さんのデザインに対し、
「こんなのは雛人形ちゃうわ!」
「こんなのつくれるか!」
「日本の伝統文化を壊す気か!」
と、なかなか受け入れなかったそうです。ですが由香子さんはそれにもめげず、にこにこ楽しそうに
「はい!わかりました!でも、よろしくお願いします!」
と言って頭を下げ続けたそうです。「人形作りも知らん素人娘が勝手なことを言いよって……」と思っていた職人さんたちも、次第に由香子さんの熱意に負け、「とんでもない無理難題を吹っ掛けてくる爆弾娘!」と、親しみを込めて呼ぶようになったのだそうです。
簡単に感想を交流した後、次のエピソードを紹介します。
(エピソード1)殿と姫におそろいの着物を着せたい!
由香子さんは、「仲の良いカップルは、おそろいのものを持ったり着たりする。殿と姫の仲睦まじさを表現するために、おそろいの着物を着せたい」と考えます。出来上がったのは、白地に大きなピンクの花が描かれた衣装を纏った雛。手には一輪の大きな花をもって微笑んでいます。
これを見た後藤人形の職人さんたちからは
「なんやこのペアルックは⁈」
「殿が尻に敷かれているやろ‼︎」
「伝統文化への冒涜だ!」
と言われてしまいます。
(エピソード2) 十二単の裏に黒を使いたい!
後藤人形のある岐阜県は、古くから織部焼が有名です。由香子さんは、織部焼の世界観を雛人形で表現したいと考えました。出来上がったのは、渋い緑を基調とした十二単。重なりの下から黒い線がたくさんのぞいています。これを見た後藤人形の職人さんからは、
「黒? 黒線がいっぱい入るやろ!」
「黒は葬式の色やで!? 縁起悪すぎやろ!」
「伝統文化への冒涜だ!」
と言われてしまいます。
③「伝統文化への冒涜」ということについて考える。
「由香子さんの試みは伝統文化への冒涜なのでしょうか」
と問い、考えを交流させる。その後、由香子さんの考えを提示する。
伝統というものは、今を生きていないといけない。
日本の伝統文化というものは、その時代その時代の人がときめくような色や形を採用することで文化を伝えて来た。
形は変わっても心を伝えること。
大切なのは、今を生きている私たちが楽しみながらつくることだ。
教師は語らず、スライドをゆっくり提示しながら静かに読ませる。余韻を残しつつ、漆器の画像を提示する。
④漆器について知識を共有する。
輪島塗のお椀の画像を提示する。
「これが何かわかりますか。」
雛人形に比べると子どもたちになじみの薄い漆器だが、5年の社会・伝統工芸品の学習を想起させながら数枚の漆器の画像を提示することで共有を図る。
漆器とは、漆を木や布などに塗って仕上げられた伝統工芸品であることを確認したのち、次のことを伝える。
・漆という塗料を使用している。
・漆は漆の木から採る樹液である。
・1万年以上の歴史を持つ。
・古代から変わらぬ製法でつくられてきた。
・古代より高級品として扱われ、西洋の貴族に献上されていた。マリー・アントワネットは数多くの漆器をコレクションしていた。
その後、画像を見せながら製造工程を簡単に説明する。行程によって塗師、蒔絵師など専門の職人さんたちがおり、現代も熟練した職人によって伝統の技が引き継がれてきたことを伝える。
大変手間のかかる工程を経てつくられていることを確認示する。
⑤室瀬和美さんについて紹介する。
「漆器というと、お椀やお節を入れる重箱を思い浮かべる人が多いと思いますが、こんな作品もつくられているのです」
と言って、室瀬さんの作品を紹介する。
※室瀬さんの作品は、以下で見ることができます。
室瀬和美の作品一覧-公益社団法人日本工芸会
漆 | 室瀬和美 :::: Urushi | Kazumi Murose, Japan
「感想を交流してみましょう。」
と言って、感じたことを自由に交流するよう促す。「知っているものと違った」「イメージが変わった」ということや、「美しい」「素敵」という感想を共有したい。
「この作品をつくったのは、この人です」
と言って、室瀬さんの画像を提示する。
・室瀬和美さん
・漆芸家・蒔絵師。※ここで、蒔絵について解説する。大変手間と根気の要る仕事であることを確認する。
・重要無形文化財保持者であり、人間国宝。
・代々続く漆芸家のおうちに生まれた。師である父から伝統技術を教わる。
・伝統的な蒔絵技法を継承すると同時に、現代的な要素を取り入れた作品をつくってきた。
・室瀬さんの作品には、日本のみならず海外のファンも多く、その作風は「繊細かつ大胆」「優美かつ実用的」といわれる。
・若い頃、周りの人から衰退する日本の伝統工芸職人になることを考え直すよう忠告された。しかし、本当にやりたいことはこれだと漆芸家になることを決意した。
次に、室瀬さんの考え方を紹介する。
漆器に施されている蒔絵は、普段使う器であっても、日常の使い勝手のよさだけではなく、美しく芸術性高く発展してきたものです。ですから、漆器はただ飾って眺めるためだけではなく、生活の中で実際に使えるものです。
自然から与えられた一番の財産が、木の器と漆の文化ではないかと思っています。日本に生まれ育ったのだから、木と漆の素晴らしさを感じながら、心豊かな生活をおくりたいものです。
簡単に感想を交流した後、漆器に対する巷の疑問の声を紹介する。
(巷の疑問の声1)
確かに素敵だけど、こんなのいつ使うの? 傷ついたらもったいないから使えないよ。だって、すごく高いんでしょう? 食洗器にも入れられないよ。使わないでおいたら、ただの宝の持ち腐れじゃん。
伝統工芸品って、要る⁇
(巷の疑問の声2)
別に漆器じゃなくてもいいんじゃない?ガラスやプラスチックの食器だっていっぱいあるんだからさ。漆っぽく塗ったプラスチックのお椀で十分それっぽい感じになるよ。
伝統工芸品って、要る⁇
(巷の疑問の声3)
模様が古臭いよね。こんなの若い人たち使うかな? THE・日本!みたいな部屋にしか合わないよね。今どきの感覚に合うのかなあ。若い人たちが使わなかったら、どんどん廃れていくよ。
伝統工芸品って、要る?
⑥伝統工芸品は必要か?について考える。
「普段気軽に使えない、今どきの若い人たちの好みに合わない伝統工芸品は、これからも本当に必要なものなのでしょうか」と問い、考えを交流させる。その後、室瀬さんの考えを提示する。
伝統とは、守るだけではなく、創るものだ。
伝統工芸は、使う人が心豊かになりますようにという思いでつくられてきた。
偉大なる自然からの恩恵に感謝しながらつくられてきた。
人を思いやり自然を崇める日本の文化を受け継ぎ、時代に合わせて発展させていく。
大切なのは、目に見えない価値を守りながら新しい感覚で創っていくことだ。
教師は語らず、スライドをゆっくり提示しながら静かに読ませる。
⑦伝統を大事にするとはどういうことかを考える。
由香子さんと室瀬さんのことばを並べて提示する。
「今日の学習で、伝統についてどんなことを考えましたか」
と問い、ワークシートに考えを書かせて授業を終える。
3 シンクロ授業解説
当初は、後藤由香子さんとイタリア・ミラノの老舗靴メーカーPORSELLIのバレエシューズづくりとシンクロさせた授業をつくっていました。
しかし、「伝統文化と実用品」「芸術と技術」という違いが考える視点をブレさせてしまい、なんともしっくりいかない授業になってしまいました。後藤由香子さんという個人と靴メーカーを対比させることにも無理がありました。しかも、バレエシューズを扱ったため、バレエに全く興味を持てない学習者を置き去りにしてしまいました。
これは、PORSELLIの「伝統というものは、守り続けることによって次の世代につなげることができる」ということばが、由香子さんの「伝統というものは、今を生きていないといけない」という言葉に対比できるという視点だけで材を選んでしまった故の失敗です。
・伝統文化
・できれば、ものづくり
・会社や集団ではなく、個人
・伝統について語っている人
という観点で、シンクロさせる人物を探しました。その結果、由香子さんと同じく家業を継ぎ伝統工芸品をつくり続けている室瀬さんに辿り着いたのです。
「伝統というものは、今を生きていないといけない」という由香子さんに対して、「伝統とは、守るだけではなく、創るものだ」と室瀬さんはおっしゃっています。つまり、お二人共伝統とは革新しながら守ることだとおっしゃっているのですね。
この二つを並べることによって、伝統とは何かという視点だけではなく、伝統を守るとはどういう意味をもつのかという思考にまで向かえると思いました。伝統工芸やそれに携わる人たちへの尊敬も生まれるのではないかと思いました。
しかしながら、由香子さんスタートでつくった授業なので、どうしても由香子さんのウエイトが大きくなってしまいます。由香子さんの説明を必要最小限にそぎ落とし、室瀬さんの情報をより立体的になるように提示できるよう試みました。二つの材を横に並べるときには、同じくらいの思い入れのものを並べることが大事であることを強く感じました。
また、アンチコメントとの関係性についても課題が残っています。
「伝統文化への冒涜だ」というアンチコメントは、由香子さんご本人に対する社員職人さんからのものです。批判対象も由香子さんご本人です。対して室瀬さんの「伝統工芸品って、要る?」へのアンチコメントは、不特定多数の顔が見えない人たちの声。批判対象も室瀬さんではなく、伝統工芸全般に向けてのものです。ここに微妙なねじれが生じているのです。
どちらも、伝統文化に対する疑問を引き起こすという点では共通の役割があり、授業は十分機能します。しかしそれだけにとどまらず、上記の課題を解決する材を探し授業をブラッシュアップしていくことが必要です。
今回原稿を書くにあたって客観的に分析したことで、この授業の未熟さに気付くことができました。材をシンクロさせるということの難しさを改めて実感しました。
<参考資料>
・(4ページ目)「ゴスロリ雛人形」がSNSで話題沸騰 急逝した人形工芸士・後藤由香子とは
・「情報ライブミヤネ屋」由香子おしゃれ雛人形 読売テレビ 2016年2月29日
・=Home= of こだわりのおひなさま
・漆芸家、室瀬和美氏 日本古来の漆工芸を守る – CNN.co.jp
・重要無形文化財「蒔絵」保持者 室瀬 和美 さん – 一般社団法人 MOAインターナショナル
・世界が愛する日本のKōgei~名匠の技と美(1)漆芸家・室瀬和美さん | 紡ぐプロジェクト
・漆芸家 室瀬和美|PREMIST SALON プレミストサロン|ダイワハウスの分譲マンション
・室瀬 和美(重要無形文化財「蒔絵」保持者)スペシャルインタビュー
※この連載は、原則として毎月1回公開します。次回をお楽しみに。
<今回の執筆者・宇野弘恵先生のプロフィール>
うの・ひろえ。北海道公立小学校教諭。著書に『小1担任の極意』『タイプ別でよくわかる! 高学年女子 困った時の指導法60 』『宇野弘恵の道徳授業づくり 生き方を考える! 心に響く道徳授業 (道徳授業改革シリーズ) 』『伝え方で180度変わる!未来志向の『ことばがけ』」(明治図書)等がある。