【特別支援学級レポート】ICT端末を活用した特別支援の取組
茨城県公立小学校で、ICT端末をフル活用して授業に取り組む特別支援学級があります。同学校は、全児童数1261人、そのうちの64人が特別支援学級(相談学級・11クラス)に所属します。合言葉は「1261通りのウェルビーイング」。そのなかで、特別支援教育担当の同校教諭・山口禎恵先生の学級の活動を紹介しましょう。
監修/茨城県公立小学校教諭・山口禎恵
目次
活動メニューに添って学習を進める子供たち
「できた~」とうれしそうにして、ICT端末に向かって「都道府県クイズ」を次々に解いていく小4男子。社会科の教科書を読んで、ICT端末に内容を要約して文章を打ち込んでいるもう1人の小4男子。1人でICT端末に向かってプログラミングを行っている小6男子。自分の与えられた活動に集中している様子が見られます。
この学級の担任である山口禎恵先生は、子供たちに必要だと思う支援をしながら授業を進めていきます。この学級は、山口先生が担任の自閉症・情緒障害の特別支援学級(相談学級)で、小4、小5、小6の6人の子供たちが所属しています。
子供たちは、山口先生が子供たちの発達段階に応じた一人一人の活動メニューを見ながら授業を進めます。活動メニューは交流学級(通常学級)での時間割を基本にします。例えば、小4男子の交流学級が社会科の時間割のときには、なるべく社会科の活動になるように活動メニューを組みます。この子供たちは、交流学級と相談学級とを上手に行き来しながら学級生活を行います。朝の会や給食時には通常学級に行くことが多くなります。山口先生は、通常学級の学年の先生と頻繁に進度確認を行い、基本的に同じ進度になるようにしています。
この相談学級が子供たちの居場所となって、安心して学校に通うことができているのです。
読み書き困難な特性の子供がICT端末で自信を取り戻す
不登校傾向の小4男子のユウキ(仮名)さんは、読み書き困難な特性があり、学校にはお昼からしか来ることができませんでした。読み書き困難な特性があるため、ノートやプリントに文字を書くことが苦手で、スピードが遅く、範読できないくらい崩れた文字になってしまいます。そこで、山口先生はICT端末を活用したらよいと考え、ユウキさんにキーボード入力の練習を勧めました。ユウキさんは、「これならできる」と自信を付け、キーボード入力の練習を熱心にするようになり、ICT端末を使って文章などをまとめることができるようになりました。そして、不登校傾向もなくなり、小学校に通うことができるようになりました。
「読み書きに困難さを抱えている子は、ICT端末ととても相性がよいと思います。特に書くことが困難な特性の子供には、早めにキーボード入力の力を付けると、書くことが負担にならないで学習を進めることができます。また、読みに困難な特性のある子には、ICT端末を使って、音声で聞かせることも有効です」(山口先生)。
小4の子供たちには、授業の最初に楽しいソフトを使ったキーボード入力の練習をする時間(10分間)をとるようにしています。子供たちは楽しみながらキーボード入力の力を徐々に付けていき、書くことに苦手意識をもたないで学習に取り組めるようになっています。
1人でできるようになった
小6男子のケイタ(仮名)さんは、学級の席に座っていることが困難で、すぐに教室から飛び出していく状態でした。また、プリントなど分からない問題があるとすぐにかんしゃくを起こし、ゲームやユーチューブがやめられないという特性もありました。
山口先生がケイタさんを観察していると、席に座っていられるのは20分間が限界。活動メニューは、ケイタさんができそうなプリント問題2枚とゲームづくりにしました。最初の頃、問題は山口先生が声を入れて、音声でも確認できるようにしました。ICT端末は聞きたいタイミングで聞くことができるため、ケイタさんにとって相性がよかったのです。分からないときに自分のタイミングでICT端末で聞くことができたからです。
最初は席に座る時間が短く、教室を出ることも多かったのですが、だんだんと座る時間が長くなり、教室から一度出ても戻ってくるようになりました。そして、1時間座って、学習することができるようになったのです。
「彼は学校に来ることができているので、座って学習に向かうことが課題になります。そこで、彼が1人で取り組めることを少しずつレベルアップしていき、少しだけ負荷がかかるような活動メニューを出すようにしました」(山口先生)。
以前、ケイタさんは先生が傍らに付いていないとなかなか学習に向かうことができなかったのですが、1人で学習に向かうことができるようにだんだん仕向け、今では、山口先生の作成したその日の活動メニューを見て、学習に取り組めるようになっているのです。
子供によって方法を変える
山口先生は、学習のアウトプットは、それぞれの子供の特性を生かすようにしています。例えば、社会科で、文章を読んでまとめる学習のときには、ある子供は、ICT端末に入っているソフトを使った表の枠の中にまとめます。また、別の子供は、教科書のポイント箇所を写真に撮ってICT端末のノートに貼り付けます。キーボード入力で行ったり、写真を生かしたり、子供の技能や特性に合わせています。
文章を書かせることが目標の単元では書かせることを重視しますが、この単元は、文章を読んで整理するのが目標なので、まとめることを重視しました。「まとめる」という目標がぶれなければ、アウトプットは、子供の技能や理解のしやすさ、覚えやすさなどに合わせているのです。
ICT端末の有効性は保護者もよく分かっていて、「学年が上がっても、ICT端末を使った授業にしていただけるのですか」という保護者の声が聞かれるそうです。
ミニインタビュー
茨城県公立小学校教諭・山口禎恵先生
自己肯定感を高めるところから
特別支援学級の子供たちには、特に自己肯定感が低い子が多く見られます。長年かけて、「ぼくって、できない」という気持ちが積み重なっているため、特別支援学級では、マイナスの気持ちからスタートすることが多いのです。まずは「できる」という気持ちにすることから始めます。基本的には、その子の学年のできる課題を組み合わせて活動メニューを作成し、その子が「できた」という喜びを感じ、自信につながるようにします。
例えば、4年生の子供に下学年のプリント問題に取り組ませたいときには、「自分が4年生なのに、なぜ下の学年のプリントをやらないといけないのか」とならないように声かけを工夫しています。子供が「やっぱり、下の学年のしかできないんだ」といった思いになると自己肯定感が下がりますから。「3年のここはまだ終わっていないよね。だったらやろうね」というように伝えます。すると子供は納得して取り組みます。
特別支援学級の子供は、例えば騒いでいるときにはその子なりの理由があるのです。子供は大人と比べたら弱い立場になるので、教師から注意されて、恐怖感が湧かないように適切に指導することが大切です。マルトリートメント(不適切な関わり)にならないように私ももちろんですが、学校全体の教師が心がけるようにしています。悪い面だけを見て、𠮟りつけるのではなく、「本当はこうだったんだね」と本来のところを見て指導できればと思っています。
特別支援を必要とする子供には基本的には個の対応になりますが、それは集団があっての個だと思っています。その子たちが、自己肯定感を高めて、集団の中で自分の力で進めることを目指しています。
取材・文・構成・撮影/浅原孝子