「なりたい自分」になるために!中澤幸彦先生の「自由進度の体育授業」実践例
現在、特別支援巡回指導教員として活躍し、AIを活用して個別指導に取り組んでいる中澤幸彦先生。保健体育科の教員として勤務していたときは、自由進度型で個別最適化した体育の指導を実践していました。その詳しい内容と、「人格形成」を目標とする学びへの思いについて伺いました。
中澤 幸彦 (なかざわ・ゆきひこ) 八王子市立上柚木中学校教諭
保健体育科として14年勤務し、生活指導主任や研究主任を経て2023年から特別支援巡回指導教員。初任時からICTを駆使、コロナ禍からはGoogleサービス等をフル活用した、中学校では珍しい年間を通した自由進度型で保健体育の学びを構築。2023年にはAIとの教育対談本『AI問答はじめてみれば文明開化の音がする~教育のあり方をAIとともに自問自答してみました』(ホリエモン出版)を出版。数多くの心理学やコーチングの資格を取得し、現場で活かしている。
目次
体育の「自由進度学習」を始めたわけ
私は2023年から特別支援巡回指導教員を務めていますが、その前の14年間は、中学校の保健体育科の教員でした。生活指導主任や研究主任も経験する中で、一人一人違う生徒たちへの、個に応じた指導の必要性を強く感じるようになりました。
子供たちはそれぞれ、学び方も学ぶスピードも違います。だから、学び方を統一してしまったら、体育を通じて彼らが自律した成長を遂げていくことは難しい。私が面白い体育の授業を提供して子供たちがそれを楽しんだとしても、子供たちの自律や幸せになる力につながるわけではありません。自分が学びたいと思い、自分で決めて学んでこそ、生涯スポーツとして取り組むことができ、「なりたい自分」になれるはずです。
でも授業で一人一人とどう向き合ったらいいのか。一斉授業をやめ、個別最適化された実践を繰り返し、試行錯誤しているとき、工藤勇一さん(麹町中学校元校長)と出会い、また、オルタナティブスクール・ヒロック学院長の蓑手章吾さんが実践する「自由進度学習」とも出会いました。自分がやろうとしていることはまさにこれだ!と思いました。工藤さんには実際に会いに行ってアドバイスをもらい、蓑手さんの映像や書籍も参考にして、体育の授業の「自由進度学習」をやろう!とちゃんと明確に取り組み始めたのが2019年のことです。
「自由進度学習」はマインドチェンジからスタート
中学校の体育では、器械体操、陸上競技、水泳、球技、武道、ダンスなどいろいろなスポーツに取り組み、球技ならネット型、ゴール型などから必ず選ぶことなどが決まっています。単元を無視することはできないので、私が行っているのは「単元内自由進度学習」です。授業で行うすべてのスポーツについて、子供たちに自由に学んでもらいます。
「自由進度学習」を行うにあたってまず大事なのは、生徒たちに「自由に学ぶことに価値があり、自分たちで成長できる」というマインドを持ってもらうことです。とはいえ、小学校のときから、そのほとんどを一斉授業で学んできた中学生の意識を変えるのは、それほど簡単ではありません。
そこで、まず「自由」の難しさと必要性を感じてもらう活動を行います。1回目の授業では、体育館に集まった生徒たちに「チャイムが鳴る5分前までフリー!」と宣言して、その後は、先生は何も言わず見守ります。「何をやる?」というところから自分たちで決めて、体育を自由に楽しんで遊んでもらうのです。この活動を通して生徒たちは、今までは「楽しい」を提供されていたので楽だったけれど、自分たちで「楽しい」を作るのは難しい、ということを体験します。
生徒たちには「体育」という考えから「スポーツ」という表現にアップデートしようと問いかけます。スポーツの語源は「気晴らし」という意味のことばだそうです。体育は嫌いでも、気晴らしが嫌いな人はいません。体育には、人それぞれ好き嫌いはありますが、自分が気晴らしをするための手段としてスポーツとどう親しむのかを考え、それぞれが取り組むのが、自由進度スポーツ(体育)です。
この授業の大きな目標は「人格形成」だということは、子供たちに繰り返し伝えます。(生徒たちには、伝わりやすいように「なりたい自分になる」と表現します。)生涯スポーツを学ぶのは、それを達成するため。でも「なりたい自分」の姿も特性も一人ひとり違うので、それぞれが違う学び方をしなければ、自分の目的は達成できない、そのために、自分で考えて楽しんで幸せになる必要があることを理解してもらいます。
授業は全員でデザイン、やりたい方法で学ぶ
「体育」から「スポーツ」へ、というマインドチェンジができたら、最初に取り組むのは体つくり運動のダブルダッチです。私はやり方を教えることはしませんが、跳び方が分かるいろいろな映像は用意して、いつでも見られるようにしておきます。活動は基本的にグループ単位で、グループの人数もメンバーも自分たちで決めます。無理に気の合わない同士で組む必要もないし、1人でやりたければそれでもオッケーです。
どの単元でも、1時間目はオリエンテーションを行います。まず、学習指導要領にある単元の目標を確認し、同時に「なりたい自分になる」ことが、この学習の目標だということも確認します。そして、一人一人が自分はそのスポーツをどう捉えているかを考え、不安に感じていることをGoogle Formsやスプレッドシートに記入し共有して、ディスカッションしながら、不安要素を取り除く授業を全員でデザインします。
たとえば、ハードルの授業では、「痛い」とか「転ぶのが怖い」とか、「“よーいどん”のプレッシャーが嫌」だとか、「競争するのが嫌い」などいろんな意見が出ました。「“よーいどん”が嫌」については、乗り越えたければ練習する、という考えの生徒もいれば、他人とではなく自分の記録と勝負すればいいという意見もあります。記録を取る際には、自分でカウントダウンして自分のタイミングでスタートする、あるいは、1台目のハードルを超えて着地した瞬間にストップウォッチを押し、そこから50メートルのラインまでのタイムを測るなど、子供たちはいろんな案を出し、最終的にはどの方式を採用するか話し合って決めました。
先生にアドバイスを求めるという選択肢も与えていますが、求められない限り私は基本的には口を出しません。適宜、冒頭に基本的なことを示すこともありますが、私からは「安全面」について話す程度にしています。最初から教えすぎると「どうやったらうまくいくのか?」という、探究の入り口を奪うことになるので、このバランスは本当に難しいところではあります。
毎回の授業で必ず目標設定と振り返り
各単元の2時間目以降は、生徒たちは学習カードに「なりたい自分」になるための目標を書き、それを達成するための学び方を決めて練習します。目標は、技術的なことではなく、「少し嫌なことにも自分の成長のためなら頑張れる人」「コミュニケーションをうまく取れるようになりたい」など、あくまで人格形成に関することなので、種目が違っても各単元でみんな大体同じことを書きます。ただ、「リーダーシップを取れるようになりたい」「ちゃんと休める人になりたい」など、少しずつ変化して広がっていくこともあります。
生涯スポーツには【する】【観る】【支える】の3つの観点があると伝えているので、授業で取り組むスポーツに何らかの抵抗感を持っていると、「やらない」ことを選択する生徒もいます。ただ、【観る】【支える】で参加するうち、目標に「とりあえず1回はやってみる」とか「苦手なことに楽しい要素を見つける」などと書くことができるようになり、そうなると「やらない」という選択肢はだんだんなくなっていきます。仮に最後までやらなかったとしても、「今は好きになれなくても、嫌いにならなければ大丈夫」と声がけして安心させると、生徒たちは「やらない」ことからもいろいろ学び、結果的に全員取り組み始めて、自分なりの楽しみ方を見出します。
多くの生徒が練習に取り組んでいる間に、私はそういう生徒を机間巡視しながらコーチングすることもあります。なぜ取り組まないのか、どんな原因があって、それはいつ自分の中に形成されたコンプレックスなのか、などについて言語化させていくことが、自己理解に効果的です。待っていれば必ずと言っていいほど生徒たちは動き出します。思春期特有の人間関係や親子関係、性的な悩み、コンプレックスなど、生徒はこちらが思っている以上に様々なことを悩んでいることが分かり、向き合ういい時間にもなります。
毎回授業後には、「なりたい自分」に近づいたかどうか、必ず確認の振り返りをします。ペアやグループで、(1)どんな気づきがあったか、(2)汗と爽やかさを感じることができたか、そして(3)次はどうしたい?などに加えて、必ず「哲学的問い」(頑張っているから応援するのか、応援するから頑張れるのか、なぜ負けることが嫌と感じるのかなど)も投げかけて、みんなでディスカッションし、自分の振り返りを学習カードに書きます。学習カードに書けることが評価の対象ではないので、自分なりの方法で振り返りができれば問題ありません。
目標をクリアできたかどうかで絶対評価
1つの単元が終わったら2時間目以降の練習で学んだ結果を提出します。単元によってその内容は違いますが、例えば柔道では、覚えた技について、これから入ってくる1年生が授業で使えるアドバイス動画の制作を提案したこともありました。
そして、各単元後に必ず、次の質問に答えながら、目標をどのくらい達成できたか自己評価し、Formsで提出してもらいます。
- 生涯スポーツに結び付きましたか?
- ルールや規格は理解できましたか?
- 自分にあった学び方で、工夫して取り組めましたか?(視覚・聴覚・感覚優位選択+記述)
- 自分に適したスピードで取り組めましたか?
- 仲間と協働することで、どのような気づきがありましたか?(記述あり)
- 新しい気づきがありましたか?(記述あり)
- 粘り強くできましたか?(記述あり)※粘り強さの説明あり
- 技術的な成長がありましたか?(記述あり) など
自分で自分を褒められること、成長を実感することはとても大事にしています。
評価については、基本的には達成目標をクリアしていたかどうか(絶対評価)で判断します。もちろん生徒自身の自己評価も参考にします。もし生徒がレベルを下げて目標設定していたら、簡単にいい成績が取れてしまうのでは?という懸念もあるかもしれません。でも、この授業の目標は、生涯スポーツに結びつける、人格形成する、ということです。例えばマット運動で、「前転ができるようになる」という目標を立てて、すぐに達成できたとしても、それは楽しいのか?「なりたい自分」に適切な目標だったのか?ということです。本当の喜びは自分が成長することだと、子供たちは理解していきます。自由進度の授業で評価について不満が出たことは、ありがたいことにありませんでした。それは、自己評価を理解しているとともに、他人と比べなくなるからというところが大きいです。
自由進度学習におけるICTの活用法
自由進度学習では、ICTも活用しています。授業全体の流れは、最初にGoogle Classroomに投稿しておきます。そして、学びを進めるために、学びたいものに関する動画は大量にアップし、生徒たちがいつでもアクセスして、予習したり確認したりできるようにしておきます。学びたいときに、学びたい再生速度、回数で、自分で決めてインプットすることを大切にしています。
授業の最初に、これから取り組むスポーツに対する不安をリアルタイムで共有するときは、Formsやスプレッドシートに書き込んでもらってみんなで共有します。また、単元ごとの自己評価も、Formsから提出してもらいます。
各単元のまとめでは、Canvaもよく使います。柔道のアドバイス動画制作の際は、生徒たちは、いろいろな技についてこうやったらうまくいったという様子を撮影し、Canvaでテロップをつけるなどして編集して完成させました。
自分で考えて自分に合った学びを発見した生徒たち
自由進度授業を始める前に、子供たちにダブルダッチを成功してもらいたくて、授業でめちゃくちゃ丁寧に教えたことがあります。その結果、規定演技レベルに達するのは10%の子供たちでした。後に、自由進度でダブルダッチをやったら、ほぼ50%は規定演技レベルに達し、100%の生徒が楽しんで跳べる程度に上達。そのとき、自分の一斉授業とはこの程度の可能性しかないのか、と愕然としました。
一斉授業で丁寧に教えると、速いペースで覚えていく生徒はもどかしくて面白くないと感じるし、ゆっくりの子供たちは、まだクリアしていないことがあっても先に進まなくてはなりません。同じことをずっと練習したければそれもよし、誰もが自分のペースで進めることができるという自由進度の方が、成功する可能性が高いのは当然です。自分で考えて、自分の歩幅で進み、自分の力で一段上に上がる方が、明らかに価値があり、成功しなくとも成長が約束されます。「成果より成長」のマインドセットはできているので、生徒たちは目標とした成果が上げられなくても、達成感を得ることができます。
水泳の授業でバタフライをやったとき、自分の目標を決めると授業が始まっても6時間ほぼ何もせず、プールの中で半身浴をしている生徒がいました。場面緘黙(かんもく)の生徒です。6時間目の授業まで、ときどき足元を動かしたり、ちょっと潜って他の子供たちの泳ぎを見たりするだけ。そして、授業のラスト20分くらいになったとき、急に蹴伸びしてスッと泳ぎ始めたと思ったら、ちゃんとバタフライができたのです。これは衝撃的でした。
後の振り返りで、彼は、「見学し続けることで、バタフライの泳ぎを分析し、自分の泳ぎのイメージを5時間かけて作って、それを実践できた。みんなより運動量は少なかったけれど、自分は分析したらなんでもできる気がする」と言っていました。泳ぎに限らず、自分に合った学び方を見つけることができたのだと思います。
スポーツで上達するためには、繰り返しはもちろん大切ですが、それが10回なのか100回なのかは人それぞれ。それを自分でわかって、自分にとって正しい努力の仕方を覚えればいいのです。自由進度ではみんな違うことをやるので、人と比べたり、人のせいにしたりすることもなく、文句が出ることも基本的にはありません。
体育の授業を生涯スポーツへつなげるには
長距離走は「つらさを我慢しなくてはならない」「苦しい」など、もともと子供たちの印象はあまりよくない競技です。そこで、みんなで「長距離走」を「ランニング」とリネームして、自分の生涯に組み込めそうなランニングを6時間かけて見つけていこう!という授業をやりました。この単元の振り返りでは、「生涯スポーツにつながったか」「楽しかったか」「自分が成長できたか」という質問に、なんと学年のすべての生徒が最高点の5をつけたのです。これは本当に嬉しいできごとでした。
なぜそれができたのか。まずいつもの通り、長距離走について嫌なことや、自分のコンプレックスなどをどんどん挙げてもらいます。このときは、それから1時間かけて、みんなで学校の周りをウォーキングし、どんぐりや松ぼっくりを見つけたり、植わっている木を見たりしながら、いろんなおしゃべりをしました。そして、これも「スポーツ」だよ、と伝えます。
生涯スポーツとしてランニングを取り入れるとき、「記録を求める」「心身の健康を保持する」「楽しむ」という3つの目標が考えられます。その中で、自分はどれを求めるのか、自分にとってストレスのないランニングのスタイルはどんなものか、子供たちは自分で考えて、授業で見つけることができました。
記録や勝つことを目標に競技スポーツに取り組むことも、もちろん全く悪いことではありません。でもサッカーで勝つために頑張る子供たちもいれば、ただサッカーを楽しみたい子供たちもいます。学校で学んだスポーツを生涯スポーツとして続けていくにあたっては、「勝つ」ことは成長の一手段ではあっても、目的ではないのです。
車椅子の生徒がいるクラスでサッカーをやったときは、どうしたら全員参加でできるか自然とみんなで考えました。そして、車椅子の生徒はボールを受けたら30秒膝に乗せて動いていいなどと決めて、みんなでサッカーを楽しむことができました。自分のやり方を考えるだけでなく、チームスポーツでは、一人残らず全員を巻き込む方法を考えるのも、生涯スポーツにつなげていくためにとても大切な学びでした。
自由進度授業のメリット、そしてこれから
自由進度の授業を行うメリットの1つは、教員が本当に手をかけるべき子供に伴走できることです。授業では生徒たちがそれぞれ自分のやることに取り組んでいて、先生が何かを教えたりすることはあまりありません。そこに、どうしても走るのが嫌で何もしないでいる生徒がいたら、話を聞いたり、本を勧めたりと、個別対応することができ、そしてその結果、その生徒が自分で走り始めたりすることもあります。これは一斉授業ではなかなかできないことです。
私は、体育の自由進度の授業には、特別な味付けはいらないと思っています。スポーツそのものが十分面白いので、先生が一生懸命創意工夫する必要はあまりありません。先生が面白おかしく親しみやすい授業を考えても、それはその瞬間楽しいだけです。生徒たちは、本質的なスポーツの面白さを学んだわけではなく、うまく学べなかったら、先生のせいにできてしまいます。それより、どうやったらうまくできるか自分で学びを工夫して取り組めば、いくらでも楽しむことができるのです。楽しくなかったら、それは自分の責任と思って、その経験を次の自分の取組や人生に生かせばよいだけです。
現在私は特別支援巡回指導教員なので、支援を必要としている子供たちの学びにも、自由進度を取り入れて、自分に合った学びや自分を探究してもらいたいと、さまざまな取組を行なっています。手応えは、多くの生徒で感じているので、今後も、特別支援のクラスの実践も含めて、自由進度の授業について情報発信を続け、現場の先生たちに伝えていくつもりです。
取材・執筆/石田早苗
AIを活用した「なりたい自分になる」個別支援プログラム – 特別支援巡回指導教員・中澤幸彦先生のICT実践
https://kyoiku.sho.jp/298566/
教育現場でICT活用を実践している先生や学生たちが、その実践事例やノウハウをプレゼンテーション形式で紹介するYouTubeチャンネル「iTeachers TV 〜教育ICTの実践者たち〜」はこちら → https://www.youtube.com/iteacherstv