小学校体育科の「新学習指導要領」改訂ポイント!
学習指導要領の改訂に当たり、体育科のポイントや授業改善の視点について、帝京大学・高田彬成教授(取材時は体育科教科調査官)に、東京都世田谷区立赤堤小学校・船山徹校長がお話をうかがいました。
目次
体育の見方・考え方
船山 体育の見方・考え方について解説していただけますか。
高田 まず、見方・考え方は体育と保健で分けて考えなければいけませんが、ここでは、体育の見方・考え方について述べましょう。
学習指導要領解説によれば、「生涯にわたる豊かなスポーツライフを実現する観点を踏まえ、運動やスポーツを、その価値や特性に着目して、楽しさや喜びとともに体力の向上に果たす役割の視点から捉え、自己の適性等に応じた『する・みる・支える・知る』の多様な関わり方と関連付けること」と示されています。これをわかりやすく言い換えると、ただ運動して楽しいではなく、運動を続けることが体力の向上や健康の増進につながること、それと併せて、運動はすることだけではなくて、見ることや支えることや知ることといった多様な楽しみ方があることを、授業を通して子供たちが気付いたり実感できたりするよう指導していただきたいということです。
運動はうまくなければ楽しめないという考え方や、運動は危険だという考え方などがありますが、私はそれらマイナス志向の考え方を体育科の「負の見方・考え方」であると説明しています。運動に対する偏見も、ある種マイナスの見方・考え方であると思います。
私たちが体育科で育みたい見方・考え方は、このような前向きでない体育科の見方・考え方とは、まったく逆のものと思っていただきたいです。
船山 多様な楽しみ方を大事にすることが、豊かなスポーツライフにつながるという考え方をしていくということですね。運動の楽しさを味わって、運動の意義や価値を感じられるようにしていく。それが、体育の見方・考え方を生かした体育の授業だと先生方に話しています。
思考力、判断力、表現力等の指導
船山 「思考力、判断力、表現力等」と目標が整理されました。これについてご解説ください。
高田 従前は「思考・判断」の中で、体育においても課題を見付け、課題を解決するために解決の仕方を工夫するということは行ってきたわけです。私はこれを体育の学習の中核であると思っています。
子供たちが技能の向上を目指す、または、具体的な目標を叶えるためには、「○秒で走りたい。そのために、腕をもっと大きく振ってみよう」などの自己の課題があるわけですね。その課題を解決するための活動をし、その活動の中で様々な思考や判断が行われます。今回、「表現力」という文言が入ったのは、「主体的・対話的で深い学び」の中の「対話的」な部分との関連があります。自分が考えたことを友達や先生などに伝えることによって、新たな学びや自分なりの解決方法が生まれるということが期待できることから、表現力を重視するわけです。
従前の体育では「思考・判断」といい、「表現」は入っていなかったのですが、今までも体育は「表現」を指導してきているはずです。例えば、三人組になって、考えたことを学習カードに書きましょうとか、友達と作戦について相談してみようなど、表現を促す指導をしてきました。また、評価の場面においても、先生方が子供の「思考・判断」をどう見取ってきたかというと、子供が表現した姿で評価してきたわけです。つまり、先生方はこれまでも子供の思考や判断を、どうアウトプットできるようにするかを考えてきたと思います。そう考えれば、表現の指導というのは、新たに加わったものではなく、今までの指導の延長にあると考えることができます。
船山 「考えたことを友達に伝える力」を高める指導は、どうすればよいのでしょうか。
高田 子供が、思考し判断したことを誰にも伝えず、自分の中で処理しながら黙々と運動する姿を想像してみてください。それでは何かの修行のようですし、楽しい体育の学習の雰囲気とは遠いのではないでしょうか。何より、集団で学ぶ意味や価値が薄れてしまうと思います。友達との活発な言葉のやり取りは、学習を楽しくするだけでなく、課題解決のための思考・判断を広げたり深めたりするのに重要です。運動を楽しみながら、「思いや考えをどんどん言葉に出そう」という投げかけのもと、子供たちが自由に言葉を発する雰囲気を重視し、その中から教師が意図するつぶやきやアドバイスなどを認め、ほめていくことが大切です。オノマトペなど、体育ならではの表現力の育成も重視したいところです。
低学年の場合は、人の話を聞くというよりも、まず自分が話したい子が多いと思います。だから、感じたことを言葉や動作で表現して他者に伝えるという指導を充実したいところです。動作やオノマトペなどの表現を大いに認めることは、体育ならではの表現力の指導だと思います。「ト・ト・トーンと跳び越そう」などオノマトペが飛び交うことは、体育の授業の特色でもあります。低学年では、まだまだ語彙力が少ないですから、感じたことを素直に表現するような雰囲気づくりや教師の声かけをしていただきたいと思います。
●東京都世田谷区立赤堤小学校校長・船山徹先生から「ひと言」
全ての子供に、集団の中で自分を生かす力を身に付けさせたいと考え、学校経営をしています。この力を育む中核となる場が「学校体育」だと思います。新学習指導要領の趣旨に基づく実践を多くの学校に広げていきたいと思います。
これからの体育の授業における学習過程
船山 これからの体育の授業における学習過程は、どうあるべきでしょうか。
高田 学習過程というのは、「主体的・対話的で深い学び」に深く関係すると思っています。キーワードとしては、先生方が「主体的・対話的で深い学び」の視点で授業を改善していくことが重要だと考えます。
運動を行い、課題が見付かり、課題解決のための活動を決めてそれを行い、課題が解決されたかを振り返る、という一連の学習過程は当然あると思いますが、その学習過程に全てを当てはめるわけではありません。
船山 課題解決的な学習をすることを前提として「主体的・対話的で深い学び」を目指すという理解もできますが、そうではない。「主体的・対話的で深い学び」を実現するために、どう学習過程を組むとよいかを考えなさいということなんですね。
高田 先生の持ち味や子供の実態に応じて様々な指導方法があると思います。「主体的・対話的で深い学び」の視点で授業を見直すことによって、授業を改善していくということです。そのようにしないと、学習過程が発展していきません。学習指導要領として学習過程の型を推奨するものではないということです。
「主体的・対話的で深い学び」の実現を目指すということは、子供一人一人がどのように自分の課題を見付けたか、その課題解決に向けてどんな試行錯誤があったのか、子供どうしが対話を通してどのように課題を解決したのかなどの過程を重視していくということです。
船山 教師主導の指導では、三つの柱をバランスよく育めないということですね。
高田 技能を重視した学習、例えば、逆上がりをするとします。先生が徹底的に教えれば、子供はできるようになるでしょう。ただ、子供ができるようになって、どんな意味や価値があるのでしょうか。確かに、努力をすればできるようになるということを教えたということはあるかもしれません。
しかし、学習過程においてまず重要なのは、逆上がりができるようになりたいという子供の思いや願いです。そして、できるようになるためには、自分にどんな課題があり、どう練習をし、友達と関わりながら目指していくのかなどの過程こそが大事であって、最終的にできたから○で、できないから×という話ではありません。どのように学んでいくのかという過程を重視するというのが、学習過程の工夫なのです。
●帝京大学教授・高田彬成先生から「ひと言」
楽しくて身に付く体育学習の推進のため、学校現場の先生方に役立つ情報等の発信に努めています。「体育 楽しく 逞しく」を合言葉に、体育学習の一層の充実と児童生徒の体力の向上にオールジャパンで取り組んでいきたいと考えています。
*この対談は、教育技術 MOOK『何が変わるの? 教科等の要点が簡潔にわかる! 新学習指導要領 ここがポイント』(好評発売中)より転載しました。
『教育技術 小五小六』2020年1月号より