インタビュー/紺野 悟さん|学びを自分なりにアレンジするクリエイティブな部分が教師のおもしろさ【注目の若手&中堅教師に聞く「わたしの教育ビジョン」Vol.06】
埼玉県公立学校で教鞭をとる傍ら、教育サークルの主宰や教育イベントの開催、さらには「みんなの教育技術」をはじめとする教育メディアでの執筆活動など精力的に活動する紺野悟先生。その学びの原動力となっている教職への思いや、教師の学びに対する考え方などを聞きました。
埼玉県公立小学校教諭
紺野 悟(こんの・さとる)
埼玉県公立小学校教諭。埼玉の教育サークルclover代表。イベントを数多く企画・運営し、価値ある教育情報を広めている。共著に『全単元・全時間の流れが一目でわかる!社会科6年 365日の板書型指導案』(明治図書出版)がある。
目次
教職1年目に始めた教育サークルでの学び
紺野悟先生が代表を務める教育サークル「clover」。現在は紺野先生の地元である埼玉県を本拠地に、2~3か月に一度、授業づくりセミナーを開催するなどの活動を行っており、県の内外から多くの教員が参加し、模擬授業を通じた学び合いを行っています。
このサークルの活動は現在11年目。そのスタートは紺野先生の教職1年目のことでした。
「時代としてはちょうど『単元を貫く言語活動』ということが謳われていた頃だったのですが、とにかく何をどうすればよいのかまったくわからなくて。大学時代からの同期4人で一緒にお酒を飲みながら『じゃあ、サークルでも作ってみようか』と話し合ったのがきっかけですね」
初任者として配属された学校では、勤務態度や指導案の提出の仕方まで厳しい指導を受けることもあったといいます。そんなとき、同期を中心としたサークルでの学び合いの場は大きな心の支えになったと紺野先生は振り返ります。
「『単元を貫く言語活動』もそうですが、クラスの中のちょっと気になる子の話など、何でも話し合える存在が身近にいたのは大きかったですね。結局、何の答えも出ずにただ飲んで終わる、ということも多かったですけど(笑)」
当初は講師の先生を呼んでその話を聞くというスタイルで行われていたサークル活動も、近年は各教科のテーマを決めて、参加者が模擬授業を持ち寄って学び合うスタイルが定着しているとのこと。参加者の年齢・キャリアも幅広く、さまざまな授業づくり、学級づくりの事例に触れられることが大きなメリットだといいます。
「たとえば一人の先生の授業を5回見たらその先生の授業についてはより深く理解できるかもしれませんが、その授業が必ずしも自分の授業観やクラスの実態に合致しているわけではないですよね。それよりも、より多くの人の授業づくりや学級づくりに触れて、自分の教育観や学級づくりに取り入れられそうなものを、少しずつ取り入れていくやり方がいいのではないかなと考えて、今はこのようなスタイルで学び合っています」
授業づくりや学級づくりに関する大きな学びのほか、授業の中での立ち振る舞いやミニネタ、アイスブレイクの手法から、飲み会でのちょっとした人間関係の築き方まで、サークルでの人脈から得るものは多いと紺野先生は語ります。
恩師との出会いで教材研究の大切さに目覚める
紺野先生が教職を志すうえで、また教員としての土台をつくるうえで最も影響を受けたのは、大東文化大学文学部教育学科での、山中吾郎教授との出会いでした。
「山中先生が担当されていた教科教育法の国語の授業で、それまで自分が気づかなかった物の見方とか教材の見方に触れて、そこから教材研究の大切さを意識するようになりました。
たとえば『ちいちゃんのかげおくり』の模擬授業で、当時大学3年生だった自分は子どもたちにあらすじを書かせるような授業を考えてんですけど、山中先生に『それで何になるの?』と指摘されて。そこで『物語の内容がわかるんじゃないですか』みたいなことを答えたら、さらに『内容がわかればいいの?』って」
山中教授が若き日の紺野先生に問いかけたのは、この教材を通じて子どもたちに何を学ばせたいのか、何を読み取らせたいのかという点でした。山中教授の問いは続きます。
「『ちいちゃんが奪われたものは何?』と先生に聞かれて、お父さんを奪われ、お母さんとお兄ちゃんを奪われ、食べるものも奪われ…と答えながら『そうか、奪われたものっていう見方があるのか』とも考えていたら、最後に『じゃあ奪われなかったものは何?』と尋ねられたんです。
そこでようやく、『ああ、家族に会いたいという思いだけはずっと奪われなかったんだ』ということに気づいたんです。実際に授業でそこまでできるかどうかは別にして、教師はここまで作品を読み込むべきなんだということを学びましたね」
山中教授との交流は今も続いており、2か月に1回ほど、実践した授業を報告してその内容を検討するなどの活動も行っているとのこと。紺野先生にとって、まさに生涯の恩師といえる存在です。
学級づくりの土台となっている大学時代の大イベント
もうひとつ、大学時代の忘れられない経験として、紺野先生は教育学科の伝統行事である「大合宿」の思い出を挙げてくれました。この「大合宿」は、大東文化大学文学部教育学科の1~4年生が参加する2泊3日の宿泊行事。その目的は学生同士の絆を深めることや、各種レクリエーションの準備と実施を通じて、教師としての野外指導のノウハウを得ることなどがあるとのことです。
「実際にはそういうお題目は忘れて、ただみんなでお祭り騒ぎをして、“今を楽しむ”という感じのイベントでした。でも、レクリエーションの準備に半年くらいかけたりと、この日に向けてかなり熱心に取り組むんです。教育学科自体、学年間の横のつながりも、学年を超えた縦のつながりもわりとフラットな感じだったので、とても楽しく盛り上がりましたね」
そしてこの経験は単なる学生時代のよき思い出という以上に、教師になってからの学級づくりの土台にもなる貴重なものだったと紺野先生は捉えています。
「自分が大合宿のときに味わったような良好な人間関係を、クラスの子どもたちにも築いてほしいという思いがあります。自分は、子どもたちが運動会で素晴らしい成果を発揮することよりも、むしろそこまでの過程において子どもたち同士の関わりが増えたりとか、『一緒にやろうよ』という声かけが生まれたりすることに喜びを感じます。それは、やはり大学時代の自分の経験が大きいだろうなと思いますね」
そしてさらに、これから教職をめざす若者たちにも、大学時代の活動や人間関係を大事にしてほしいとエールを送ります。
「私にとっての大合宿みたいなイベントごとに限らず、スポーツでも勉強でも何でもよいと思うのですが、何かに没頭する経験、何かに打ち込む集団の中に身を置く経験をしてもらうたいですね。普段付き合っている4~5人の仲良しグループではないコミュニティでの人間関係のつくり方や立ち振る舞い方を経験することは、教室の中の個別の集団を壊し、クラスの誰もが心地よく、安心していられる環境をつくることにも大いに役立つと思っています」
中堅教師となり、若手教師に伝えたいこと
教職経験も10年を超え、学校の中の立場も若手から中堅へと変わってきた。当然、年下の教員から相談を受ける機会も増えているが、自分のやり方をそのまま押しつけるようなアドバイスはしないよう心がけていると紺野先生は言います。
「若い人は自分に自信がない分、どうしてもマニュアル的な手法とか、間違いのないやり方を求めたくなるのだと思いますが、それを学ぶだけで終わっちゃうのはもったいないなと思いますね。マニュアル的なやり方を学ぶこと自体はいいと思いますが、それをやってみたあとで、自分なりにアレンジしたり工夫したりというクリエイティブな部分こそがこの仕事のおもしろさ。そういう経験をせずにただ仕事をこなしていくだけだとしたら、ちょっと残念な感じがします」
これは紺野先生自身の学び方にも通じる信念。これまで、学内で、あるいは学外のサークルやセミナーでさまざまな教育理念に触れ、多様な実践を見てきましたが、誰かのやり方をそのまま受け入れることはしてこなかったといいます。
「自分のテリトリーの広げ方には注意していますね。最初は『単元を貫く言語活動』の研究から始まり、何年か後には『学び合い』の流れがあり、最近では『自由進度学習』などが注目されていますけど、それをそのまま取り込むのではなく、今の自分にできること、子どもにとって必要性のあることを少しずつ取り入れてみるという感じ。そこは強く意識しています」
流行った手法や、誰かが成果を挙げたやり方をそのまま受け入れるのではなく、自分が理解し納得し、必要性があって初めて取り入れるというのが紺野先生のスタンス。それは、どのようなやり方にもメリット・デメリットがあるとの考えにもとづくものです。
「最近は会議ひとつやるのにも『zoomでよくない?』と言われることも多いのですが、『~でよくない?』の一方で失われてしまうものは何かをしっかり考えてから判断しようとは思いますね。
たとえば先ほどの『ちいちゃんのかげおくり』の例で言えば、文章を読んだり、段落分けをしたり、誰が何をしたかの読み取りまでは自由進度学習でも到達できるかもしれないけれど、『奪われたもの』『奪われなかったもの』の問いにはたどりつきにくい。こうした大きな問いは一斉指導でやってあげたほうが、みんながこの問いに参加できてよいということもあるわけで、そうしたいろんな引き出しをもっておくことが教師にとっては大事なことなのかなと思っています」
近年進められているICTの活用にしても考えは同じ。タブレットを活用することが子どもの学びにプラスになるのであれば積極的に活用し、そうでない場面では無理に使う必要はない。タブレットを使うこと自体を目的にするのは本末転倒だとの思いがあります。
「もうひとつ、端末の活用ということでいえば、タブレットの導入で確実に教員の負担は増えていますよね。たとえば初任の頃って、私も経験がありますが夜遅くまで翌日の授業の準備をして、朝から1日、授業をしたらそのストックがなくなってまた夜まで翌日の準備をするわけです。ただでさえ大変なその時期に、端末の故障にまで対応したりするのは本当に厳しい。そのあたりは学校なり行政なりでしっかりとサポートしていく必要があるのではないかと感じています」
日々感じる、教師という仕事の尊さ
近年、学校現場がブラックだとの指摘を受けて働き方の見直しも進んでいるが、実際に現場で働く紺野先生にとって、その実感はやや異なるようだ。
「ブラックブラックと言われているのでそのイメージが強くなっていますけれど、実際にはそこまで忙しいわけじゃないというのが実感ですね。逆に、まわりから『忙しいでしょ、大変でしょ』と言われてそう思わされている部分もあるというか。
もちろん、教室の中でいろいろと対応しなければならないことは多いですが、逆に自分が対応できることでその子の人生をサポートできると考えればこんなに幸せなことはないですし、やっぱり教師って尊い仕事だなと思いますね。だからこういう場に自分が出させてもらうことで、『学校はそんなにブラックじゃないよ、いい仕事だよ』ってことも伝えられたらと思っています(笑)」
授業の中で子どもが発する「なるほど」というひとこと。給食の時間に「おいしいね」と言って見せる笑顔。そしてなかなか宿題ができなかった子が「今日はできたよ」と持ってきた瞬間…。そんな子どもたちの姿に日々触れられることが教師としての喜びだと語る紺野先生。
これからも公教育の担い手として子どもたちの成長を支えると同時に、自らも教師として進化していきたいと、その決意を語ってくれました。
※2024年8月24日(土)、紺野悟先生、鈴木優太先生によるオンライン講座開催決定! 詳しくはこちら。
取材・文/葛原武史(カラビナ)