<連載> 菊池省三の「コミュニケーション力が育つ年間指導」~3学級での実践レポート~ ♯2 徳島県石井町立石井小学校5年3組①<後編>
菊池実践を追試している3つの学級での授業と子供たちの成長を、年間を通じてレポートします。
3学級の担任は、徳島の堀井悠平先生、千葉の植本京介先生、高知の小笠原由衣先生。それぞれの学級をローテーションでレポートしていきますので、どうぞお楽しみに。原則的に、菊池先生の授業記録+担任のコメントという構成です。今回は、4月の堀井学級での菊池先生の授業レポート・後編です。
目次
体を動かす活動で、授業のスピードを上げる
菊池先生が新しい写真を見せながら、
「どこだかわかる?」
と尋ねると、
「見たことある」「CMだ!」
と子供たちが口々に答えた。
「これは京都です。『JRに乗って京都を観光しよう』という目的で、JR東海がポスターを作りました。このポスターは3つの言葉で書かれていて、ワードセンスがいいんです。その3つの言葉とは、まず京都を観光するCMだから、『京都』。次に、行ってもらいたいから、『行こう』。そして『そうだ』。この3つの言葉をどういう順番で並べたのでしょうか。
『自分ならこの順番でいこう』と思うことを考えましょう。付け足してもかまいません」
菊池先生がそう問いかけると、みんながノートに書き込んだ。
1分後、友達と意見交流。
「一人ぼっちを作らない。男女関係なく、いつも同じ人ばかりと話すよりも、まだ話したことがない友達と交流したいよね」
菊池先生が話すと、いろいろな子に声をかける姿が見られた。 2分後、そのままの位置で発表。
●そうだ京都に行ってみよう
●そうだ京都行こう
●そうだ行こう京都へ
「JR東海が考えたのは、『そうだ 京都、行こう。』でした」
菊池先生が答えを示し、みんなが席に戻った。
聞いて考え合う“癖”がついていない教室は、スピードが遅いものです。
教師が説明する際など、十分に理解させようとかみ砕いて話せば話すほど、子供たちにはさっと集中して考える習慣が身に付かず、さらに遅くなっていきます。
特に、低学年の担任、または担任経験が長い教師はゆっくり話す傾向が強く見られます。これでは、教室の空気はいつまでたっても停滞したままです。
話すことよりも聞くことのほうが処理速度が速いので、教師がゆっくり話す間、聞いている子供たちは集中力が欠けて余計なことを考えがちになります。授業にスピード感を持たせることが大きな鍵になります。
具体的には、子供たちを動かすことです。小刻みに問いかけて、考えさせたり答えさせたり隣の子と話し合わせたり。さらには、短い時間で書かせて意見交換をさせることがポイントです。
十分に学ぶ環境が整っていない教室は、考えるエネルギーがまだまだ弱いのです。じっくり時間をかけて考えさせてもできないのであれば、体を動かす学びの形態に持っていけばいいのです。
「ノートは作戦基地で、いっぱい書けば書くほど多くの意見を述べることができる」という話を聞きますが、現実的ではないと感じます。むしろ書いたものを読み合うだけの話し合いになってしまうというマイナス面もあるでしょう。ノートに書くことより、話し合いの場で他の人の意見を聞き、自分の意見をつくり、考え合えばいい。用意に時間をかけるより、即興力を身に付けることが、活発な話し合いを生み出します。
「菊池の授業は速い」とよく言われます。特にディベートでは時間を設定するので、子供たちは勝ちたいが故に、限られた時間内に多くの内容を話したり、質問したりするようになります。
そのスピード感が、一層迫力ある話し合いにつながっていきます。
自分の意見を考え、聞き合うことのハードル
「今日は、みなさんにワードセンスを磨いてもらいます。ぴったりの言葉を考えて、班で1つに絞って発表してもらおうと思います。さっき、3時間目の授業で出てきた人の名前を聞いていて覚えている人?」
菊池先生の問いかけに、大勢の手が挙がった。
「大谷翔平選手です」
と一人が答えると、
「みんなで学ぶ場所だから、みんなが楽しく思えるように、公の言葉を使う。今、彼は『大谷翔平選手です』と発表しました。これもワードセンスの1つだと思います。ここで拍手!」
みんなが大きな拍手を送った。
次に、大谷夫妻のツーショット写真を掲示しながら、菊池先生は、
「二人にぴったりの言葉を作ってください。もちろん、一人ひとり違っていいんだよね。まず、ノートに書きましょう」
と問いかけた。
ちょっと難しいお題だったか、鉛筆を持つ手が止まっている子も多い。
「じゃあ班になって、1つに決めましょう。決まったところから、黒板に書いてください」
さっと決めてすぐに黒板に書きに行く班もあれば、どれを選ぶかじっくり時間をかける班も。
黒板が少しずつ子供たちの言葉で埋まっていった。
自分の意見を書き、班で話し合って1つに決め、黒板に書く。単純な話し合いの流れに見えるかもしれませんが、じつはハードルが高い活動です。
まだ自己開示ができていない子供たちは、自分の意見を書くことができませんし、相互理解ができていない状態であれば、お互いの意見を聞き合うこともできません。乗り越えなければならないハードルが2つもあるのです
「4人グループなら、自分の意見も言いやすいし、いくつも意見が出てくるだろう」と思い込み、安易に取り組ませるのは、教師が子供たちに丸投げして責任を放棄しているのと同じです。
教師の言葉かけに呼応し、子供同士で呼応し合う授業を
全ての班が出そろったところで、班ごとに自由起立で発表。
「今は先生に当てられて発表するけれど、1年後には自分から発表できる学級になっているんですね。では、何班でもいいから発表してください」
●最強スポーツふさい
「大谷選手は野球をしていて、お母さんは……」
とトップを切って勢いよく話し始めた男子に、菊池先生が、
「奥さんね」
とすかさずツッコむと、みんな大爆笑。少し緊張が解けたのか、男子が落ち着いて、
「奥さんはバスケをしているので、強いなと思ったからです」
と発表した。
●野球とバスケ……大谷選手は野球で、奥さんがバスケをしているから
「『奥さんはバスケの選手』など、情報がたくさんあったほうがいい言葉を選ぶことができるのかもしれないね。ワードセンスを磨くには、知識が大切なんだ」
と菊池先生がほめると、発表した子供たちが嬉しそうにうなずいた。
●ふたごふうふ……顔が似ているから
聞いていた子が、
「えっ、似ている?」と思わずつぶやくと、菊池先生が、
「写真を見た感じで、自分の思ったことをストレートに出すのもワードセンスだね」
とほめた。聞いていた子たちも納得した表情だ。
●けっこん♡おめでとうございます……おめでたいことだから
●浮気じゃないよね大谷君
発表した男子がいきなり、
「2人はどうやって出会ったんか?」
と尋ねると、菊池先生が笑いながら、
「先生に聞かれても困るんですけれど」
と答えた。
「もしかして、ツイッター(現X)とかで知り合ったんなら、そんなのは……」
男子が言葉に詰まったところで、菊池先生が、
「大谷選手は、正直で真面目で目標に向かって一生懸命頑張っている。そういう人だからこそ、『浮気なんかじゃないよね?』って書いたんだよね? 最初からそう言えばよかったんだ」
と、“超訳” してフォローすると、みんなも大笑いした。
●おしあわせに
結婚したから幸せに。
●バスケと野球
理由を言えず黙り込んだ子に、菊池先生は、
「さっき班での話し合いのときに、『他の班と同じだけど大丈夫ですか?』と聞かれました。でも今の発表では、<バスケと野球>と順番を入れ替えた。その違いもワードセンスだと思います」
と菊池先生がフォローを入れた。
齋藤孝先生が、「<言語感覚>ではなく<ワードセンス>の方がライブ感がある」と書かれています。
その場で聞いて、返して、考え合う。予定調和ではない授業。即興力を求めていく授業はまさにライブです。だらだらしていると、思考も遅くなり、対話から離れていきます。
自由起立発表で、話し合いのスピードを上げていく。途中で、「ここで拍手」「次に何て聞くかわかる人?」などと言葉をかけて、さらにリズムをつけていきます。
教師の言葉かけに呼応し、子供同士で呼応し合う。話し合いのスピードを上げて、リアクションと思考が呼応し合う関係を、1年間かけてつくっていくのです。
「みんな、やる気の姿勢になりましょう」
菊池先生の言葉かけに、子供たちの背筋がピンと伸びた。
「何かをした後、『嬉しかった』『楽しかった』『おもしろかった』などと言うばかりで、4月も、9月も、年度末の3月になっても、ずっと言葉が変わらない学級があります。
ありふれた言葉だけを使う教室と、そのときにぴったりの言葉を、見つけよう、考えよう、探そう、作ろう、という教室とでは、1年経つと全く違います」
と菊池先生が話し、黒板に、
<ワードセンスをみがき続ける学級をつくろう>
と書いた。
「たくさん本を読んだり、友達と話したり、先生の話を聞いたりして、素敵な教室をつくってほしいと思います」
と授業を締めくくった。
菊池省三先生による授業解説
“正解” がない授業の場合、私は、授業の最後にメッセージを送ります。正解がない分、大局を示すことが大切なのです。
この授業では、子供たちに言葉の力を意識させたいと考えました。言葉の力が弱いと、話し合いに迫力が出ません。いざ話し合いの授業を始めてから「言葉の力」を指導しても、付け焼き刃になります。
言葉に関する感覚が鈍くなっている今の時代だからこそ、再確認しなければなりません。
年度初めから、言葉の重みを自覚させ、ありきたりの言葉ではなく、その場に応じた言葉を見つけてほしいと思っています。
研修会などで、ほめ言葉のシャワーについて話すと、必ず「マンネリ化する」という悩みを聞きます。言葉は使ってこそ、「自分の力」になっていきます。子供たちの言葉がマンネリ化してしまうのは、ほめ言葉のシャワーだけでなく、日々の授業や学級活動でも、ワードセンスを磨いていないからです。
“正解主義” の指導を受けてきた子供たちに、「正解は1つじゃない」「答えは一人ひとり違う」と言っても、すぐに変われるものではありません。ましてや前年度に友達関係がうまく築けなかった子供たちにとって、教室は「何を言ってもいい」「自分らしさを認め合う」環境になっていないため、“自分の考え” を表明することには、戸惑いが多いはずです。 それでも教師が“正解主義”の授業観を変えていこうとするならば、自己開示と相互理解を高めていくことが必要不可欠です。
「つながり合いの中で豊かに学び合う教室」を、1年後に目指すゴールとして頭に描き、子供たちと日々経験を重ねていきましょう。
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取材・文/関原美和子
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。