GoogleアプリやCanvaで始める保健室のDX―養護教諭・阿部大樹先生のICT実践
養護教諭のICT活用の推進に取り組む立川市立西砂小学校の阿部大樹先生。養護教諭がICTを使えるようになる鍵は、きっかけと周囲のサポートだと言います。自身も当初はICTと無縁だった阿部先生が、どのようにICTを使えるようになり、これからどう使っていこうと考えているのか、詳しくお話を聞きました。
阿部 大樹 (あべ・だいき) 立川市立西砂小学校 養護教諭
全国に4万人いる養護教諭のうち100人しかいない男性養護教諭。養護教諭の ICT スキルが進んでいないことを感じ、保健室での ICT活用を始める。ICT夢コンテスト優良賞、Canva の教科書執筆協力、養護教諭唯一のCanva認定教育アンバサダー。
目次
養護教諭のICT利用がなかなか進まないわけ
私は4年前に離島の小学校から、現在の立川市立西砂小学校に転任してきました。それまで養護教諭としてICTを使った経験はゼロ。一方で、現任校の先生たちはICTをフル活用していて、会議で飛び交うClassroom、スクールタクト、JamboardなどといったICT用語が私にはさっぱり分からず、全くついていけない状態でした。
ただ、それは私個人の問題ではなかったのです。GIGAスクール構想が始まって4年たちますが、実は今もまだICTを活用できていない養護教諭は非常に多いのが現状です。一体なぜなのでしょうか。
まず、養護教諭の業務の多くがICTを使わなくてもできてしまいます。そして養護教諭は通常一人配置で、授業も持っていないことが多いので、他の先生たちと同じ立場でICTを使うことがありません。養護教諭向けの研修会も本もないし、同僚の先生に相談したり、ICT支援員のアドバイスをもらったりすることもなかなかできないのです。
それでも、仕事の効率化や、マイナンバーカードを利用した健康管理システムの導入(PHR)、そして、不登校や子供の自殺の問題等への取組など、これからはあらゆる場面で、養護教諭のICT活用が求められます。
であれば、分からなくても使うしかないと考えた私は、とにかくいろいろやってスキルを磨こうと考えました。ICTを使うこと自体が目的になってはダメ、とよく言われます。でも私の場合はそれでもいいからICTを使って何でもやってみて、それを他の先生たちにもどんどん発信しようと決めました。
水質検査、在庫管理、とにかくICTを使ってみた
まず、最初にやったのは水質検査で、Formsを使うことです。もともとは検査結果を紙に書いていましたが、これをFormsに入力して、スプレッドシートで記録することにしました。保健委員にも入力を手伝ってもらったりして、子供たちも巻き込んでやってみました。
トイレットペーパーなどの在庫管理は、以前は昼休みに保健委員全員でトイレを見回って、足りないところを確認して補充、紙に記録する形でやっていました。ただ、コロナ禍後にアルコールやハンドソープなど管理するアイテムが増えたことで、保健委員が忙しくなり、昼休みに遊べない!ということが起きていました。
そこで保健委員の中で確認と充填の担当を決め、確認担当がJamboardに状況を記録し、それを充填担当が見て、空になっているところに行って補充する、という仕組みを作りました。その結果、保健委員は遊ぶ時間ができ、保健室でICTを効果的に活用することもできて、みんながハッピーになりました。
授業を持たない養護教諭はClassroomを立ち上げる経験もなかなかできません。そこで私は保健委員会のClassroomを作って、保健委員に課題を出したり、資料をアップしたり、いろいろなことに使っています。
健康観察や健康診断時にもICTをフル活用
子供たちの健康観察は、養護教諭の大事な仕事です。担任の先生たちがクラスで健康観察板に欠席者や病気の感染状況などを書き込み、それを健康観察板係が保健室に持っていって、養護教諭が集計して管理職に報告する、という作業は、コロナ禍前から行われていました。
でも保健室に来室者があったりして集計が遅れ、報告が11時過ぎになったりすると、例えば学級閉鎖が必要な状況でも、すぐに対応できないなどの問題も起こります。そこで、各クラスのClassroomを使ってデータをFormsで集め、スプレッドシートにまとめることにしたら、データの集計が9時には終わるようになり、大幅に効率が上がりました。
健康診断が行われる4月には、Jamboardで健診待ち時間ボードや、就学児健診の部屋の混雑状況を知らせるボードを作って先生たちと共有し、大幅な時短ができました。Google Meetで健診会場のようすを遠隔チェックしたり、体力測定のシャトルランを、何かあったときはすぐ対応できるように実況中継したりすることもやってみました。
研究授業などで保健室を空けなければいけないときは、保健室の入り口にGoogle Meetをつないだ上で、絆創膏や体温計などを置き、マイクをつけて出かけます。万一子供たちが保健室に来たときは、Meetで話しかけて様子を聞いて対応することができるというわけです。
不登校支援や自殺防止にも生かせるメタバース
ICTの活用は、子供たちとのコミュニケーションのためにも非常に重要です。私は、コミュニケーションが苦手な子供たちと、Jamboardを使った交流にトライしました。保健室に来る中には場面緘黙の子供たちもいます。近い距離にいても直接話はしてもらえませんが、Chatなら交流できたりします。そこで、JamboardにSNS風の画面を作って、これで遊ぼう、と言ってテキストを打ち込みながら、いろんな話をすることができました。
今、教育ICTのキーワードとして必ず出てくるのは、メタバースと生成AIです。とくにメタバースについては、不登校支援や自殺防止のために、民間でもさまざまな取り組みが始まっており、メタバース保健室をすでに導入している自治体もあります。GIGAスクール構想スタート時の端末が新しいものに移行するこれから数年の間に、さらに利用は広がると思われます。
不登校の子供たちが、本当は学校に来たいのか、それとも通信がいいのか。本心を知りたくても、そんな子供たちの多くは、保護者を介さないと自分の意思を伝えられません。でも、ポケモンや、ゼルダの伝説などの世界で、アバターとしてならば話せる、という子供たちもいます。とにかく学校とつながるために、メタバースを利用することはとても大事なことだと思っています。養護教諭はICTが苦手だから導入できません、というのはありえないのです。
Canvaでポスター、動画、キャラクター作り
最近注目されているCanvaは、ポスターやチラシ、ロゴのデザインや、プレゼンテーション、動画など、あらゆるものが作れるデザインツールです。1億点に及ぶテンプレートを自由に使うことができ、また生成AIで画像を作ることもできます。ポスターや保健だよりなどを作ることも多い養護教諭の仕事は、Canvaと親和性が高いといえます。
また、私は子供たちにも、今後さまざまな場面で活用が進むと思われるCanvaを、早くから使いこなせるようになってほしいと思っています。Canvaを使うことで、絵を描いたりデザインしたりすることに苦手意識があったり、学習障害があったりする子供たちでも、自由な表現ができます。使いながら、ICT活用のリテラシーも身につけていくことができるのです。
そこで、私は養護教諭として初めて、Canva認定教育アンバサダーであるキャンバサダー(Canvassador)になりました。今、保健委員会では、ポスターやチラシ、デジタルサイネージ作りなどに、Canvaを大いに活用しています。
生成AIによる画像生成にも挑戦しました。小学生は直接生成AIを使うことはできませんが、プロンプトを考えることはできます。手洗いを促すポスターを作ったときは、「バイ菌モンスター」を作ろうということになり、みんなでプロンプトを考えてモンスターを生成しました。こういうプロンプトだとこんなモンスターになるんだ、思ったのと違った、などいろいろな発見がありました。
当校では、熱中症予防のために帽子を被ろうということになっています。それを周知するポスター作りでは、子供たちがそれぞれ自分で考えたプロンプトで帽子をかぶったキャラクターを生成し、みんなで投票してポスターに載せるものを決めました。びっくりするようなキャラクターが出来上がったり、全く思った通りにいかなかったり、いろんな結果が出ましたが、子供たちは生成される画像が表示される画面に釘付けで、大いに盛り上がりました。
Canvaを使って動画作成にも取り組んでいます。保健委員会の活動発表は、以前はよく寸劇で行っていました。半年くらいかけて練習して、みんなの前で発表する、それはもちろんいい経験です。ただ、せっかく時間をかけて発表しても、そのときだけで終わってしまって今一つ成果が上がらないということもあります。
そこで、寸劇の代わりに動画を作ることにしました。動画制作は、出演する子供だけでなく、表に出たくない子供たち、保健室登校の子供たちも、編集担当などで、制作者として全員が参加できることがメリットです。そして「手洗い」や「熱中症予防」の動画を作れば、朝会や給食の時間に流してみんなに見てもらうことができるし、後から使い回しもできます。みんなが自分の得意分野で制作に参加して、大人になったときにも使えるスキルを磨いています。
養護教諭のICT活用、必要なのはきっかけと周囲のサポート
多くの学校で一人配置の養護教諭は、日々たくさんの仕事に追われて忙しく過ごしています。ほとんどのことは、ICTを使わなくてもできてしまうので使い始められないという養護教諭もたくさんいます。それでも、業務効率化、健康管理、不登校支援や自殺防止など、あらゆることで、養護教諭のICT活用は、待ったなしの状況です。ICTスキルを持っていれば、いじめにあっていた子供たちから話を聞き出して問題解決につなげられた、不登校気味の子供たちが本当に不登校になる前に戻ってきた、というようなこともあるのです。
だから養護教諭のみなさんには、何かきっかけを見つけて、とにかくICTを使ってみてほしいと思います。例えば、Canvaは、いろんなテンプレートを利用して、かわいいチラシや、かっこいいポスターを作ったりすることができます。子供たちも巻き込んで、それを楽しむところから始めてもいいでしょう。ICTを使って、養護教員がやっていることを、周囲にどんどん発信してください。
そして、学校や、ICTに強い先生たちには、ぜひ、養護教諭のICT活用サポートをお願いしたいと思います。周囲に支援者が少ないのが、養護教諭にとっては一番の問題なのです。これから大きなパラダイムシフトを起こすためには、養護教諭のICTスキルアップが必須です。アドバイスしたり、研修会を開いたり、どんなことでもいいので、多くのみなさんに協力していただきたいと心から思っています。
取材・執筆/石田早苗
教育現場でICT活用を実践している先生や学生たちが、その実践事例やノウハウをプレゼンテーション形式で紹介するYouTubeチャンネル「iTeachers TV 〜教育ICTの実践者たち〜」はこちら → https://www.youtube.com/iteacherstv