ウェルビーイングを学校でつくる! ~SDGsの授業プラン #11 「Goal 5 ジェンダー平等を実現しよう」・その2|大野睦仁 先生
全国各地の気鋭の実践者たちが、SDGsの目標に沿った授業実践例を公開し、子どもたちの未来のウェルビーイングをつくるための提案を行うリレー連載。今回は「ジェンダー平等を実現しよう」を学ぶ授業実践提案の第2回です。提案者は、北海道の大野睦仁先生です。
執筆/北海道公立小学校教諭・大野睦仁
編集委員/北海道公立小学校教諭・藤原友和
目次
1 はじめに
はじめまして。北海道、札幌で小学校の教員をしている大野睦仁と申します。今年度は、6学年を担任しております。
現在、SDGsをメインテーマとして取り組んでいることはありません。
しかし、SDGsの17の目標を見てみると、「ジェンダー平等を実現しよう」や、「人や国の不平等をなくそう」など、教室でも大切にしていることと、同じ内容のものがあります。
しかも、教室が社会と地続きであるならば、日々子どもたちと一緒に創り出している教室は、SDGsが目指す社会とつながっているべきだとも思います。そう考えると、私(私〈たち〉と言っても良いかもしれません)が教室で取り組んでいることは、SDGsの実現化を図った学級経営であり、SDGsを授業化したものなのではないでしょうか。
ここ数年、道徳の授業づくりに力を入れています。道徳の授業は、「自分たちのまわりには、複雑にできている社会(世界)があり、そこで起きている問題は、簡単に解決できないことがある」と〈知る〉時間であり、「それでも考え続けることが大切だ」と〈思う〉時間だと考えています。
SDGsの目標も、複雑にできている世界の中では、なかなか達成されていないものがあります。そんな状況と、どう向き合えばよいのか。私が道徳で大切にしてきたところと重なります。
今回紹介するのは、道徳の授業を通して、SDGsのGoal 5が目指すものについて考え、教室と世界をつなげる実践です。
2 SDGsのGoal 5についての解説
Goal 5「ジェンダー平等を実現しよう」
日本ユニセフ協会のHPには、「男女平等を実現し、すべての女性と女の子の能力を伸ばし可能性を広げよう」とあります。*1特に、女性に対する差別を取り上げており、「目標5のターゲット」にある5つの達成目標は、「すべての女性と女の子に対するあらゆる差別をなくす(5-1)」など、すべて女性(女の子)たちの差別に関するものです。*1
日本におけるGoal5「ジェンダー平等を実現しよう」は、過去6年間、主要な課題が残っているという意味の赤色の状態が続いており17の目標の中でも、遅れている目標の一つです。
そして、2023年度は、「適度に改善している」という評価があるものの、やはり赤色表示です。*2
日本は、経済分野と政治分野でのスコアの低さが総合順位を下げていると言われています。その背景としては、「男女の役割分担についての社会通念・慣習・しきたりなどが根強い」「仕事優先、企業中心の考え方が根強い」ということがあるようです。*3子どもたちは、これまでにLGBTQのようなジェンダー問題については考える機会をもつことができていました。しかし、女性に対する差別や不平等感については、子どもたちの日常生活において、あまり実感されてはいません。
そして、ジェンダー平等は、性別に関係なく、自分らしく生きていけることにもつながります。未来を創る子どもたちに出会い、考え続けてほしいのがSDGsのGoal 5の目標だと考えています。
3 SDGsのGoal 5についての授業の実際
●対象学年 6年
●教科及び領域 特別の教科 道徳
●主題名 らしさの枠(C主として集団や社会との関わり関すること「公正、公平、社会正義」)
●ねらい 性別による役割分担意識の刷り込みについて考え、自分らしく生きることを大切にしようとする心情を養う。
指示 どの折り紙を作ってみたいですか?二つ選び、番号を書いておきましょう。
●「男の子用」となっている折り紙の本と、「女の子用」となっている折り紙の本(図書館などにあるはずです)からそれぞれ3~4点ほど、上図のようにピックアップします。番号を振り分けて、一覧にします。タブレットを通して、子どもたちにはデータで配付します。
●どの折り紙が「男の子用」「女の子用」なのかは伏せておきます。
説明 どの折り紙を選んだかは、授業の最後で重要になってきます。
発問 この商品を知っていますか?
●洗剤や掃除用品などを扱っている大手企業の著名なペーパーモップの商品パッケージを画面提示します。(他にもジェンダー平等を意識してパッケージデザインを変更した企業や商品はあります。検索すると出てきます。)
「知ってる!テレビでもCMをやってる」
「家でも使っているよ」
説明 掃除をする時に使うもので、30年近くも販売され続けているものです。世帯普及率もおそらく50%を超えているだろうと言われている商品です。
発問 じつは、この商品のパッケージデザインは、ちょっと前までは違うものでした。どんなデザインだったと思いますか?
「もっとシンプルで、商品の説明が書いてなかった」
「もっとごちゃごちゃしてたのかな」
説明 数年前までは、女性のシルエットがデザインされていました。2020年の春から夏にかけて、他の商品パッケージも含めて、このように変わりました。
●旧デザインのパッケージを画面提示します。
「えー!」「自分の家にあるのは、どっちのパッケージかな」
発問 どうしてこのようなデザインに変えたのでしょうか。
「どうしてだろう」
「女の人だけが掃除するとはかぎらないからかな」
●ジェンダー平等に対する意識も知識も、個人差があるので、対話の時間を取り、子どもたちの思考をサポートしていきます。
「LGBTQのこともつながっているよね?」
「あーそうかもしれないね」
ここで、SDGs と Goal 5「ジェンダー平等を実現しよう」の説明をし、次のことを子どもたちとしっかり共有します。
SDGsという言葉は、ほとんどの子が知っていました。商品パッケージのことと、SDGsのゴールのことをあらためて知ることで、「ジェンダー」に対する問題意識が高まります。「他にもそういうことがあるのかな」と考え始めます。ただ、ジェンダーの問題が潜んでいる具体的な場面や状況を思いつくことはできません。
そこで、公益社団法人「ACジャパン」が作成した『聞こえてきた声』の動画(1分)を視聴します。*4ご飯ができたことを知らせる声や、会社で重要な提案をする時の声などをマンガのセリフとして表現し、どちらの性別の声を想像したのかを問う、ジェンダー平等について考える内容のものです。
発問 どんなことを感じましたか。
「今の自分たちのまわりには、あまりないのかなと思った」
「そうなのかもしれないけれど、これから必ず自分に関係してくると思う」
発問 これらは何かわかりますか?
●AI音声アシスタントと呼ばれる商品や、音声アシスタントを使っている状態の写真(下図のようなもの)を画面提示します。
「知ってる!」
「家でも使っている」
「自分もスマホでよく使う」
●今後、音声アシスタント経由の検索が増えていくことについても触れます。
発問 聞いたり、使ったりしたことがある人に聞きます。その声の性別はどちらでしたか。
「あ、女性だった…」
発問 どうして女性なのでしょうか。男性でも良いのではないでしょうか。
「たしかに…」
「でも、女性の方が聞きやすいんじゃないかな」
説明 たしかに声には周波数というものがあって、女性の声の周波数は、人が聞きとりやすい高音域に近いとは言われています。また、女性の声は、はっきりと発音する傾向があるため、聞き取りやすいとも言われています。
説明 2019年にユネスコは、女性の声による音声アシスタントについて、次のように指摘しました。
発問 この指摘について、どう思いますか。この指摘に納得できますか。
「うーん。」
「確かにそうかもしれないな」
「でも、実際に聞きやすいのは女性の声でしょ?」
●子どもたちに戸惑う様子が見られたので、ネームカードで立場をはっきりさせてから、対話をするようにしました。
●グループでの対話と、クラス全体での対話と、二つの場をつくりました。その中で、立場が変わった場合は、ネームカードを移動するようにしました。
三つの立場の意見は、それぞれ理解できるという感じで進み、どれか一つの立場に集中していくという対話にはなりませんでした。この問題の多面性を子どもたちは感じ始めています。
対話をしている中で、子どもたちから「どっちの声が良いか、選べるといいのに」という意見が出てきたので、音声アシスタントについての説明をしました。
説明 現在、様々な音声アシスタントは、性別を選べるようになっています。
●いくつかの具体的な商品やアプリの例を画面提示しました。
「なんだ!それなら、問題は解決できるのでは?」
ここで、ジェンダーの問題をもっと深く考えてほしいので、四つの現状から、子どもたちの思考を揺さぶります。
まずは、子どもたち自身で気付きにくい二つの現状を伝えます。残りの二つは、子どもたち自身で少しでも気付いて考えられるように、以下のように子どもたちとやり取りをしながら現状を共有して、思考を揺さぶります。
発問 次の四つのことを知っても、本当に解決できると思いますか。
●初期設定は女性の声。男性の声ではないこと。
●初期設定の女性の声から男性の声に、設定を変更している人は、少ないと言われていること。
たしかに初期設定は女性だね。
でも、それは聞きやすいからでしょ?
だとしても、それを変更しないで、そのまま使い続けていくと、どうなっていくのかなという指摘だよね。ユネスコの指摘は。
うーん…
三つ目は、性別のこと。これまで何度かみんなで考えてきたことだし、さっきも少し話題に上がったことです。
あ!LGBTQのこと?
そっか。性別は二つだけじゃないか。
生物学的な性は、基本的に女性と男性の二つだから、声というだけの視点で考えると、女性と男性で分けるのは、しかたがないことですよね?
うん。そうだけれど…
そうだけれど…となりますよね。二つの性別という視点だけで考えるのも少し気になります。
四つ目は、レシートをお取りください。とか、ご飯が炊けました。というような音声案内も、女性の声が多いと思いませんか?
たしかに!
これはこれで、また考えなくてはならないことがあるのではないでしょうか。
そして、音声案内と音声アシスタントとの違いも考えてほしいです。
あーそっか…。音声アシスタントは指令みたいなのを出して、音声案内より、やってくれるという感じが強いかもね。
発問 あらためて聞きます。性別を変える機能があるだけで、本当に解決できると思いますか。
「うーん…」
説明 みんなと同じように、ジェンダーや音声アシスタントに対して問題意識をもって、何かできることはないかと考えている人たちが世界にはたくさんいます。例えば、音声アシスタントの声を、ジェンダーニュートラルと言って、性別がはっきりしない声にしている動きもあります。実際に聞いてみましょう。*5
「あーたしかに性別はよくわからないね」
「全部この声にすればいいんじゃない?」
「でも、そうしたら女性の声がいいという人のことはどうなるの?」
「そっか。やっぱり簡単じゃないか」
指示 授業の最初に選んでもらった折り紙の記録を出してください。
説明 じつは、これらの折り紙は、「男の子用」「女の子用」と書かれた折り紙の本から選んだものです。
「えーそうだったの!!」
指示 これから、どの折り紙がどちらの本だったかを教えますので、自分の選んだものがどちらの本からのものだったかを確かめてください。
●番号順(実際に子どもたちの端末に配付する画像には番号を振っています)に、どちらの絵本から選んだかを子どもたちに伝えます。
発問 みんなが選んだのは、どちらの本からでしたか。
「私、男の子用の折り紙が入ってた…」
「ぼくは、全部男の子用だったけど、たまたまかもしれない」
●近くの子たちで交流できる時間をとります。
発問 自分の自認している性別と違う性別の本から選んだ人たちは、もし最初から「女の子用」「男の子用」と書いてあったら、手に取って、その折り紙を選んでいたでしょうか。
●性自認という言葉は、LGBTQの学習の時に学んでいます。
●ここは、対話の時間を取らずに、発問の余韻を子どもたちの思考に残すように、投げかけの形にします。
説明 ジェンダーギャップ指数と言って、世界各国では、男女平等がどれぐらい進んでいるかということを表す指数があります。2023年の日本は、過去最低の125位でした。*6
「えーーー!」「なんで?」
「だからさっき見たACの広告みたいなのがつくられているのか」
指示 ワークシートに今日の学習で感じたこと、考えたことを書きましょう。
4 授業の成果と課題、他教科・他領域とのつながり
授業の成果と課題
成果としては、いくつかの具体的な例を通して、ジェンダー問題に対する関心は高まったと思います。と同時に、ジェンダー問題にある複雑さにも気付くことができたと思います。
また、小学生の自分には、あまり関係ないのかなと思っていた側面も、折り紙の選択の場面を通して身近な問題として感じられたはずです。小さい時から、ジェンダー問題にかかわる場面があると気付いたはずです。学習後の振り返りにも、このようなことが書かれていました。
「折り紙のことじゃなく、前テレビでもやっていたけれど、男の子らしくとか、女の子らしくとかもそうだし、男の子は青色、女の子は赤色という決め付けも、考えていかなくちゃならないと思う。ぼくは、じつは女の子が見ると言われているアニメ(実際には、番組名が書かれていました)を見ているけれど、それも、男子なのに? と言われそうで、他の人には言えずにいる」
課題としては、最後に説明をした日本のジェンダー指数の順位などから、未来への希望がなかなか見出せない子もいました。ジェンダー平等に向けて、解決に向けて動いていることも、いくつかの事例で伝えたつもりでした。
問題の複雑さに気付くことも大切にしたい視点ですが、もう少し希望がもてる学習展開にすべきでした。
「これからどうしたらよいのか。あまりわかりませんでした。ただ、大事な問題だということ。いろいろ努力している人たちもいることはわかりました。これから自分はどうしたらよいのか。考え続けたいです。そして、日本の順位を上げたいです。まずは、男子だから…女子だから…と考えるのをやめたいです」
他教科・他領域とのつながり
授業の課題として上げられた点を改善するために、他教科、他領域で希望を見出せるつながりを考えています。
例えば、社会科です。公民分野でもジェンダー平等について取り上げますが、まずは、歴史分野で、女性が参政権などの権利を得ていく学習とつながりをもたせます。日本のジェンダー指数は今のところは低いかもしれないですが、多くの先人の女性が努力して今の私たちの権利につなげている。その意思を引き継ごうと思えるような学習を補助教材も用いながら進めていきます。
また、自主学習で、ジェンダー指数の高い国のことを調べたり、ジェンダーバイアスのことを調べたりするノートが出てきました。
自分たちの問題として考え続けるスタート地点に、子どもたちは立ったと考えています。
【参考文献】
*1「ユニセフ/SDGs CLUB Goal 5」
*2「日本のSDGs達成度は世界21位」SDGs media(2022)
*3「ジェンダーレスの歴史とは?社会背景から振り返ろう」 gooddo (2020)
*4「聞こえてきた声」ACジャパン(2023)
*5「AIアシスタント向けに登場した、ジェンダーニュートラルな音声『Q』」NEWS PICKS(2019)
*6「日本は過去最低の125位に後退、G7で最下位」PLAN INTERNATIONAL(2023)
この連載は、毎週木曜日のAM6:00に公開します。どうぞお楽しみに!