リレー連載「一枚画像道徳」のススメ #45 時間によゆうのある方は|山本晃佑 先生(神奈川県公立小学校)
子供たちに1枚の画像を提示することから始まる15分程度の道徳授業をつくり、そのユニットをカリキュラム・マネジメントのハブとして機能させ、教科横断的な学びを促す……。そうした「一枚画像道徳」実践について、具体的な展開例を示しつつ提案する毎週公開のリレー連載。今回は山本晃佑先生のご執筆でお届けします。
執筆/神奈川県横浜市立駒林小学校教諭・山本晃佑
編集委員/北海道函館市立万年橋小学校教諭・藤原友和
目次
はじめに
神奈川県横浜市で小学校の教員をしております、山本晃佑と申します。こんにちは。
出身は、長崎県の小さな島です。海と緑に囲まれた土地で「ぼへーっ」と過ごした私は、この横浜の土地でも「ぼへーっ」と立ち止まって風景を見ることが大好きです。
私事ですが、今年度は勤務校の異動年度でした。心機一転、新たな地域で働いています。新天地でのご縁も本当に有難いものばかりで、毎日がとても楽しく充実しています。
私は、4月に異動した「初日」から今の勤務地域が大好きになりました。
それは、駅前の花壇の「ある風景」を見たからです。
「ああ、きっとここは素敵なところだ」と私を励ましてくれたその風景は、今でも私のスマートフォンの中にお守り代わりに保存されています。
ですから、藤原先生からこの「一枚画像道徳」のお話をいただいたときには、すぐに「この写真で授業をつくろう」と決めました。この土地に暮らす人の素敵な「生き方」を、写真を通して子供たちと考えたかったからです。
ここまでの皆さんの連載を読んで、何度「面白い…」と呟いたか分かりません。
それはいろいろな先生方の価値観に触れ、自分の価値観が広がる感覚があったからです。
本稿が、ほんの少しでも、皆様のお役に立つことができましたら幸いです。
1 授業の実際〜時間によゆうのある方は〜
対象:小学3年
主題名:時間によゆうのある方は
内容項目:C‐14 勤労、公共の精神
以下の写真を提示します。
提示した瞬間に、「あ!」「見たことあるぞ…!」という声が上がりました。
「どこで見たの?」と尋ねると
「駅の花壇だよ」と気付く子供が数人出てきました。
「…時間に……??がある方は…」とペットボトルについているカードの文字を読もうとしている児童がいたので、書かれている言葉に振り仮名を振りながら板書します。
【時間に余裕のある方は、ご面倒でも可愛いお花にお水をあげて下さい。日吉本町西町会】
「綺麗なお花ですね。私は初めて駒林小学校に来た日に、この風景を見ました」
今年、町探検に出たり、方位の学習で屋上から町の様子を見渡したりした子供たちは、自分たちの暮らす町にある「身近な風景」に興味を持ったようです。
発問1 日吉本町西町会の人は なぜ、ペットボトルを置いたと思いますか?
説明
ここで補足の説明をします。
「置いた人は、日吉本町西町会の、大野義徳さんという人だそうです」
子供から「あ! 知ってる!」と声があがりました。
ここで、担任が黒板に大野さんの似顔絵を描きます。(※写真ではなく似顔絵にしたのは、いきなり写真を貼ってしまうと、「ああ、先生はもう会って話したことがあるんだな、答えを知っているんじゃないか…」と考える気力を無くしそうな聡い児童がいたためです。)
●毎日来るのが大変だから。
●誰かにやってほしかったから。
●お家で花を育てられない人にも育てて楽しんでほしかったから。
●もし自分が来ることができなくなったら……と心配だったから。
●みんなでやろうよ、と声をかけたかったから。
子供たちは自分の生活経験の中から答えを類推し、考えています。
発問2 メッセージは「お水をあげてください」だけでもいいのではありませんか?
「だめだよ!」
と、児童のほとんどが声をあげて私の問いに否定的な反応をしました。
「どうして?」と尋ねると、
● 先を急いでいて、お水をあげたくてもあげられない人もいる。
●「可愛い」お花って言うとお水をあげたくなる。
●「絶対あげて!」って感じで書かれるとやる気をなくしちゃう。
●お願いしている感じが良いよね。
などなど、児童は道行く人への「大野さんの言葉かけ」のよさを感じ取っているようでした。
説明
ここで、次のように説明します。
「じつは私、この前の西町会の運動会で大野義徳さんと会って、直接話を聞いてきたんです」
「えー!」
と子供たちから驚きの声が上がります。
そこで、大野さんからお聞きした内容を子供たちにも伝えます。
●最初はお酒が好きな町会の人が、沢山ペットボトルを持ってくるので、「空いたボトルを何かに使えないかな」と軽い気持ちで置いた。
●気付いた人がやってくれたらいいな、と思ったけれど全然期待はしていなかった。
「え? なんで期待していなかったの?」と子供たちから疑問が上がりました。
「じつは、大野さんは最初、周辺の道にタバコの吸い殻が落ちている様子を見て、この町にはあまりお水をあげてくれる人はいないだろうな、と感じていたのだそうです」
この説明を聞いて、教室の空気はちょっとだけ、しゅん…となりました。
「けれど…お会いした大野さんは、『今はこのペットボトルを置いてみてよかった』とおっしゃっていました」
教室の空気が明るくなりました。
「──お水をあげる人がたくさんいたんだ!」
私は大きく頷いて見せました。
「大野さんは、『水を置いたら、町にいろいろな方がいることがわかったし、素敵なところを感じられた。お互いに水をあげて「ありがとう」と言い合えるようになったことも嬉しい』とおっしゃっていました」
子供たちからは、
「俺、今日の帰りに水あげる!」
「今日は行けないなー…」
などと、大野さんの呼びかけに応える声があがります。
この後、生活科や理科での植物についての学習を振り返り、お水をあげすぎないことや、地面が熱くなる時間にお水をあげると根が傷むことを確認しました。
道徳科の指導要領解説にもあるように、中学年は「みんなのために働くことで楽しさや喜びを味わうことがある一方で、働くことを負担に感じたり、面倒に思ったりする様子も見られ」ます。
みんなに声をかけ、できる範囲で協力しあっている大野さんの姿を知ることで、「やらなきゃいけない」と真面目に考えすぎて苦しむ子は視野を広げることができ、働くことを面倒だと思う子は、みんなと一緒に取り組むことのよさに気付くことができるのではないでしょうか。
2 どこにどのようにつなげるか
3年生の道徳科の教科書『新訂 新しい道徳』(東京書籍)には、「教えて!なんでもそうだん室」という教材が掲載されています。
「全校草取り」に取り組んだ3年生の児童たちは、「自分たちの担当した場所以外も草取りをしよう」というグループと「もう終わったのだからやりたくない」というグループに分かれ、言い合いになってしまいます。
その中の一人が、その事を校内新聞の「なんでもそうだん室」に相談します。
児童は、相談を受けた新聞委員会の5・6年生の立場で、その相談にどう答えるのかを考えます。
報告した「一枚画像道徳」を導入として、「教えて!なんでもそうだん室」における上級生の立場で、全校草取りをする価値や、そのよさをどう広げていくかを考え、深めてゆく授業展開も良いのではないでしょうか。
また、社会科の教科書『小学社会 3』(教育出版)には、「わたしたちのまちと市」という単元があり、その学習の一環として、子供たちは「まちたんけん」に出かけています。普段なにげなく過ごしている町にどんな場所があり、どんな思いで人が働いているのかを調べました。
この道徳で扱った内容で、その学習をさらに価値付けることができたと感じています。
「まちを知る」という活動からさらに、「まちの宝探し」にまで視点が発展する児童もいました。
自分たちのまちについてもっと調べたい思いが高まれば、発展して総合的な学習の探究テーマにするといった道もあります。
おわりに
仕事って何なんだろう? とふと思うことがあります。
自分のため? 家族のため? 仲間のため? 社会のためにすること?
……答えはきっと風の中です。結局は、自分が何を幸せと感じられるのか、ということなんだと思います。
人との繋がりの中で、どうやって自分の幸せを感じながら仕事をするのか。子供たちが考える機会をできるだけ多くつくっていきたいと、今回の活動を通して改めて思いました。
来週の更新もとても楽しみです!
【参考】
※1 日吉本町西町会 副会長 総務部長 大野義徳さんへのインタビュー
※2 オリジナル地域教材でつくる「本気!」の道徳授業/藤原友和・駒井康弘 編 函館・青森授業づくりの会 著(小学館)
今後の連載予定
第46回 若松俊介(京都教育大学附属桃山小学校)
第47回 葛原祥太(兵庫県・西宮市立夙川小学校)
第48回 松尾英明(千葉県・袖ケ浦市立蔵波小学校)
第49回 渡辺道治(瀬戸SOLAN小学校)
第50回 木原一彰(鳥取県・鳥取市立大正小学校)
<リレー連載>明日の授業に生きる! 「一枚画像道徳」のススメ ほかの回もチェック⇒
第1回 日本最古の観覧車
第2回 モノに宿る家族の「幸せ」
第3回 それっていいの?
第4回 このトイレ使ってみたい?
第5回 「命の重さ」は
第6回 「快」のコミュニケーションができる子供たちに
第7回 未来と今をつなぐ橋を架ける一枚画~『もの』『こと』『ひと』をみる目を深める~
第8回 「一枚画像道徳」を読み解く
第9回 地域の魅力、知ってる?
第10回 あえて「分かりにくい」写真で
第11回 なにが見える?
第12回 地域の課題の受けとめ方
第13回 函館港まつりに込められた想い
第14回 デザインの定義
第15回 「生きた文化財」~在来作物の声が聞こえる~
第16回 町名の由来
第17回 百年の桜
第18回 わんこそば
第19回 みんなの場所で
第20回 美しい建物の街~弘前
第21回 1枚で3通りの活用 ~西郷瀞のブランコ~
第22回 外国の靴屋さん
第23回 象には絶対に乗らない
第24回 誰かの便利は、誰かの不便
第25回 美しさの見つけ方
第26回 祇園の夜桜
第27回 私たちにできること
第28回 テニスボールに込められた思い
第29回 学びの「値段」
第30回 東日本大震災
第31回 「一枚画像」から道徳を問う
第32回 誰の姿が見えますか?
第33回 五輪で戦うためには…
第34回 なまはげ
第35回 「だれでもピアノ」開発に込められた思い
第36回 どうして育ててもらえないの?
第37回 あなたはどこで待ちますか?
第38回 住んでいる地域の魅力
第39回 どんな言葉をかけますか
第40回 二宮金次郎像
第41回 鏡餅にこめられた思い
第42回 悪と判断できるが……
第43回 なくなったもの
第44回 ソーセージの最期