習熟度別指導─効果的に機能させるには集団づくりから

全国で習熟度別指導(児童生徒の個々の習熟度にあったクラスを編成する教育)を実施している小中学校は数多くありますが、果たして下位層のボトムアップにつながっているでしょうか。 学力の格差問題を長年研究してきた大阪大学大学院の志水宏吉教授に、格差を縮小するために学校ができること、習熟度別指導を導入する際の注意点などをうかがいました。

志水宏吉(しみず・こうきち) 1959年兵庫県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了(教育学博士)。東京大学教育学部助教授を経て現職。学力問題の研究に取り組み、『学力を育てる』(岩波新書)、『「つながり格差」が学力格差を生む』(亜紀書房)など著書多数。

「学力の樹」を育てる

2007年から「全国学力・学習状況調査」が実施されていますが、その結果を見てみますと、2019年までの間に都道府県別の学力格差は着実に縮小しています。ただ、そのことと「家庭的に恵まれた階層の子どもたち」と「生活環境に課題のある階層の子どもたち」の間にある学力の格差が縮まっているかどうかは別問題です。皆さんも感じておられるように、学校別や、家庭の階層別で見ると、学力の格差はおそらく縮まっておらず、楽観視はできない状況です。

なぜ学力の格差が生まれるかを考えてみたとき、その主たる原因が家庭環境にあるというのが教育社会学の常識です。小学校1年生のときにすでに学力の格差は存在し、3、4年生ぐらいで顕在化していくのです。しかし、格差が広がっていくのを防ぐために、学校にはできることがあります。

次の図をご覧ください。これは私が考案した「学力の樹」モデルです。樹は葉と幹と根から成り立っています。これらに、子どもたちが学校で獲得することが期待されている「知識・技能」(A学力)、「思考力・判断力・表現力」(B学力)、「意欲・関心・態度」(C学力)を重ね合わせ、その関係を示しています。

※志水宏吉著『学力を育てる』(岩波新書、2005年)の図を参考に編集部が作成。

は、学力テストなどで測定可能な「見える学力」と位置づけられます。これに対し、根は「見えない学力」です。そもそも学力とは、家庭と学校、両者の力で育むものですが、ほとんどの子どもの「学力の樹」が育ち始めるのは家庭です。樹を育てるうえで決定的に重要なのは、最初に根を張る家庭という土壌の性質なのです。課題のある家庭で育った子どもたちは、十分に根が育っていないため、葉も幹も育ちづらくなります。それでも学校で家庭に足りない部分を補い、根を育てていけば、学力の樹全体がすくすく育つはずです。

は、葉と根とをつなぐものであり、習熟度別指導はここに入ります。つまり、習熟度別指導だけを行ってもあまり効果は期待できないということです。まずは根の部分をしっかりと育てたうえで取り組むことが重要なのです。

学校がするべきことは集団づくり

の部分を育むために、学校がするべきことは集団づくりです。これは学級経営と言い換えることもできます。

根が育っていない子どもは、例えば、すぐにケンカをしたり、人の話を聞かなかったりします。そのような子どもが相対的に多い学級では、集団がギクシャクし、みんなが好き勝手をします。勉強ができる子はできる、できない子はできない状態となり、学級全体としてあまり成績が振るわないという結果になります。

しかし、そのような学級であっても、本音を言い合ったり、助け合ったり、励まし合ったりする場面をつくり、適切な指導をしていくことで、子ども同士の関係を強化していくことができます。そして一人ひとりの子どもが本音を言い合えるような学級ができると、授業中に様々な意見が出てくるようになりますし、「わからない」と言った子どもにわかる子どもが教えるような学び合いもできるようになります。そのため、集団づくりがうまくいっている学級では、結果として学力が向上するのです。

家庭環境の3つの資本

先ほど学力の格差の主たる原因は、家庭環境であると申し上げましたが、教育社会学という領域では、家庭環境を3つの資本という概念で考えます。それは、経済資本、文化資本、社会関係資本です。経済資本は、言うまでもなく経済的な環境です。文化資本は教育的な環境です。例えば、家庭に本がどれだけあるか、どんなテレビ番組を見ているか、保護者が子どもの教育に熱心であるか、などです。社会関係資本は人間関係のつながりがあるかを意味します。

かつて、この3つの中で子どもの学力にどれが一番強い影響を及ぼすのかを計量的に分析する調査を行いました。その結果、わかったのは3つともほぼ同じぐらい影響を及ぼしているということです。経済的な環境だけで子どもの学力が決まるわけではないのです。

さらに、経済的に豊かな3分の1の層に限って同じ分析をしてみますと、社会関係資本と学力の関係は非常に薄くなります。つまり、経済的に豊かな家庭の子どもは友だちがいてもいなくても学力が高いのです。

逆に、経済的に厳しい3分の1の層を分析しますと、社会関係資本と学力との関係が非常に強くなります。経済的に豊かでない家庭の子どもたちは、人間関係のつながりがあるかどうかが、学力に対して極めて大きい影響を与えます。

ですから、家庭環境が厳しい子どもが多い学校であればあるほど、学校は集団づくりを重視する必要があるのです。

習熟度別指導の効果は?

私は学力の格差を縮小することにおいて、成果をあげている学校に共通する取り組みは何かをずっと研究してきましたが、そのような学校の中には、積極的に習熟度別指導を行っている学校もあります。

ここからは、ある地方都市の例をご紹介します。A市は積極的に習熟度別指導を行い、成果をあげ続けている自治体です。市内の小学校では、学級ごとに算数の授業を「どんどんコース」と「じっくりコース」の2つに分けて行っています。人数は、どんどんコースが3分の2、じっくりコースが3分の1程度です。

各小学校では、なぜこの2つのグループに分かれて勉強するのか、その意義づけを各先生方がしっかりと行います。算数の進度の早い子どもたちはどんどんコースで学んだほうが効率的に学べて、進度の遅い子どもたちは別の教室に移動し、少人数でじっくり勉強したほうが、算数がよくわかるようになると、納得しているのです。そのため、「いってらっしゃい」「おかえり」のような感覚で実施されています。

もしもこのような前提がなく、単純にテストの結果の上位、中位、下位でグループに分けて授業を行うと、子どもたちは優越感や劣等感を持つようになり、学級に分断状況が生まれるでしょう。そうすると、上位のグループの学力は伸びますが、中位と下位のグループの学力は伸びないのです。

算数の時間に学級を分けたからといって「こちらが良いグループ、こちらが悪いグループ」という意味ではなく、集団づくりの中で「それぞれの力や勉強のしかたの好みに合わせて学習することが素晴らしい」と価値づけされ、子どもたちがその意義を理解し、学校文化として醸成されていることが重要なのです。その前提があれば、子どもたちは納得して取り組み、みんなの学力が伸びるということです。

また、A市では子ども一人ひとりのデータをしっかり分析しています。それぞれの子どもがどんな変化をたどったかを知るためのデータを教師が持っていて、「この子はこの部分が苦手だから、このような働きかけをしよう」というような形で、苦手なものを潰していくのです。これは、かつてアメリカの「効果のある学校」の研究の中で、成果をあげている学校の特徴として打ち出された5項目のうちの一つと合致します。しっかりと個々の子どもの学習をモニターすることは必須項目なのです。

学校の実態に合わせて運用を

習熟度別指導の効果をデータで検証するのは非常に難しいことです。例えば、3つのグループに分けたとき、一番指導力の高い教師がどのグループの指導をするかで、テストの結果は変わってくるからです。グループの分け方も、厳密に能力別にするのか、子どもの希望を生かすのかなど、様々な方法があり、どんな分け方をするかによっても結果が変わってきます。また、サンプリングされた子どもが、成績のいい学年なのか、そうでないのかでも変わってきます。このように、様々な要因が絡まり合ってきますから、「この習熟度別指導のやり方によって学力が向上した」というデータが出てきたとしても、全国のすべての学校がその通りにやればうまくいくわけではありません。それぞれの学校が子どもたちの実態に合わせて運用のしかたを考える必要があります。

全国を見てみますと、習熟度別指導は様々な形で行われています。学年の学級の数+1のグループに分割する学校が多いのですが、3学級を6分割している学校もあるようです。たいていは4年生以上で行いますが、1年生から実施している学校もあります。教科は、算数が一番多いのですが、英語で実施している学校もあります。

家庭環境が安定した子どもたちが多い学校が導入する場合と、家庭環境に課題のある子どもが多い学校が導入する場合とでは、ねらいや求めるものが違いますから、指導のしかたが違ってくるはずです。

また、極端なことを言うと、家庭環境が安定していて学力が高い子どもが多い学校では、習熟度別指導をする必要がまったくなく、むしろ学級で、教師2人のTT(ティーム・ティーチング)で授業をしたほうが、広がりのある授業ができる場合もあります。

習熟度別指導も含め、すべての教育上の工夫は、ツールです。どこの学校にも当てはまるやり方などありえません。一番大事なのは、子どもの実態です。目の前の子どもたちが持っているものをどう生かすかを考え、習熟度別指導も適宜、手段として使うという視点が不可欠でしょう。

「学力保障」という理念

学力の格差を縮小するということは、突き詰めると下位層をいかに減らすかということです。下位層を減らすには授業をどう工夫するか、ということよりも、もっと根本的な自尊感情や学習習慣など、「学力の樹」の根に関わる部分まで、学校はトータルで対応していく必要があります。

「学力保障」という理念があります。これは、すべての子どもの基礎学力を支えるのが、教師の務めであるという考え方です。学力格差の問題をなんとかしたいと思われる校長先生には、この学力保障の理念で、すべての子ども、より中心的には家庭環境に課題のある子どもたちの基礎学力を支えていただきたいと思います。それには、学校生活の中ですべての子どもが、ほったらかし・置き去り・排除されることのない学校をつくることが先決です。

もしもそういった家庭環境に課題のある子どもたちへの対応をしないで、付け焼き刃的、対症療法的な実践を行ったとしたら、その効果は長く続かないでしょう。目の前のテスト対策としての反復練習をさせるよりも、子どもたちの根の力を育む努力をしたほうが、遠回りのようでいて、実は確実に学力向上につながるのです。

取材・文/林孝美

『総合教育技術』 2019年9月号 より

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