お笑い芸人育ての親に聞く! 人を引きつけるコミュニケーション力

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吉本興業の養成所・NSCの名物講師として数多くの芸人を育ててきた本多正識さんに、子どもたちや若者たちとのコミュニケーション・スキルや、人材育成のポイントなどを伺いました。

お話を伺ったのは……

本多正識さん
NSC講師。漫才作家。キングオブコント等で審査員にも。これまで指導した生徒は1万人を超える。1991年、上方お笑い大賞・秋田實賞受賞。著書に『笑おうね 生きようね』(小学館)、『芸人志願 〜お笑いタレントを目指すキミへ〜』(鉄人社)など。

「NSC」とは・・・
吉本興業がタレントやお笑い芸人、放送作家を育成するために設立した養成所。正式名称は「ニュー・スター・クリエイション」。1年のカリキュラムを通して、お笑いタレントを養成。1期生のダウンタウンをはじめ、ナインティナイン、南海キャンディーズ、ブラックマヨネーズなど大物芸人を多数輩出。また、ジュニアコース「NSCジュニア」もある(随時募集)。

笑いと常識がコミュニケーション力をアップする

──子どもとのコミュニケーションを円滑に行う上で笑いというのは、非常に有効だと思います。笑いにはセンスはもちろん不可欠です。それ以外に何が重要だと考えていますか?

本多 常識を知っていることに尽きますね。小学校で講演をさせていただく機会がありますが、そういう時に僕がやるのは、「こんにちは」と言いながら首を傾げることです。すると子どもらは笑います。「なんで笑ったの?」と聞くと、「首を傾げたから」と一斉に言う。みんなの中に、挨拶する時は「頭を下げる」という常識があるから、そうではないことをすると笑いが生まれるわけです。笑わない子がいたら考えものです。もちろん、常識を踏まえつつ「何をやってんねん」と鼻白んでいる子であればいいんです。そうでないとしたら常識を知らないということですから、ちょっと怖いですね。

初対面の人には挨拶する。何かしてもらったら「ありがとうございます」と言うであるとか、社会に出る上で基本的な常識は小学校4年生くらいまでに身に付くのではないかと思います。親だけには任せられない世の中になっているのは確かなので、僕としては学校の先生に期待するところは大きいです。

──著書の中で、本多さんが廊下で話している際、若いスタッフが間をすり抜け、悪びれた風もなかったというエピソードを紹介していました。

本多 普通だと、頭を下げたり目礼したりするだとかすべきことがあると思うんですけれど、彼は何も言わずに話をしている間を通り抜けた。「ちょっと待って」と声をかけて、何が問題かをちゃんと説明しました。彼の場合はそれで理解したみたいです。でも、例えばこれが、有名な人が話している場合だったら、同じことをするでしょうか。多分しないと思うんですよ。ということは、彼は相手によって態度を変えていることになります。でも、挨拶はそういうものじゃありません。誰に対してであれ、きちんと行うものです。

NSCに入りたての若い生徒らも、最初は僕に対する態度が「ツレ」(仲間)だったりするんです。そうではないよと言ってあげないと、先生と生徒の間にボーダーがあることが分からない。どうも「3年B組 金八先生」のドラマ以降、先生というのは親しみやすく、自分のことを分かってくれるのが普通だという風潮があるようです。

──意気込みを見せるために、あえて挑発した口調で臨んだと言うわけではないのですよね?

本多 そうではないです。普通にタメ口なんです。親しみをもつのはいいのですが、敬意をもって話す場面が必要だということを知ってほしいです。お笑いの世界では、そこをしっかりとしておかないと失敗する例が多いし、必ずどこかで頭を打つようなことになります。歌手や俳優の世界は知りません。でも、この業界は、売れている人ほどきちんと挨拶します。特に、弟子から上がってきた人は、本当にしっかりしています。

NSCでも、最低これくらいは必要だという礼儀について教えますし、最初の授業で「フレンドリーとタメ口との違い」についてきちんと話します。それに、いずれは、お金を払って見てくださるお客さんの前でしゃべるようになるわけです。芸ではないところで、粗相のないようにしないといけない。「自分のやっていることが失礼なことだ」。そういう感覚をもたなくなっても平気でいられるというのは、怖いことです。ですから、小学校の先生にはやはり「ありがとうございます」「ごめんなさい」をきちんと言えるような子に育ててほしいです。

講師の仕事は、生徒らの興味を切らさないこと

──NSCの生徒は、本多先生の前では、緊張を味わっているのではありませんか?

本多 あえて緊張させるようにしています。というのは、僕一人を前に緊張していたら、100人、1000人を前に話せませんから。かと言って、授業の中身は特別なことはなく、基本的には「好きなことをしなさい」としか言いません。披露したネタに対して、「今の言い方よりはこう言うほうがいい」「そのフレーズは、後に回したほうが効果的だ」といった提示をします。けれども、選ぶのは本人ですから、常に「本当におもしろいと思うことをやりなさい」と言ってます。

本人がおもしろいと思っているのでなければ続かない。僕にはそのおもしろさがよく分からなくても、世の中では受けていることもあります。そうなると、結局は本人が「それが好きかどうか」にかかってきます。NSCでの講師の仕事は、お笑いをめざす生徒らの興味を切らさないようにすること。それには否定せず、好きなことをさせてあげることが一番です。

──技術を教えるわけではないのですね。

本多 そうですね。理論ではなく、僕の経験の中で得たことを、例を出して話します。例えば人は「いくつです?」と聞かれると決まって年齢を言います。そこで「上が130で下が・・・」と言ったら「誰が血圧聞いてねん」と突っ込める。そういうことを引き合いにして、ボケの選択肢を広げられることについて話したりします。特にお笑い授業の座学を行わないのは、頭でっかちになっても仕方ないからです。舞台に出たいんだったら、おもしろいボケを考えた方がいいでしょう。

──最近、子どもたちの間で流行るのはリズム芸人さんのネタです。しかも、テレビではなく、ネット動画を通じて知り、拡散する傾向が強くなっています。リズム芸主体になっている背景には、テレビメディアの変化もあるのですか?

本多 短い時間で済むので、テレビ局としても使いやすい。それは4分のネタで勝負する「M-1グランプリ」の影響が大きいです。

瞬発力が問われます。どんどん短くなるネタの時間に合わせて若い子は適応していっているから、おそらく今どき、10分のネタのできる若手はそういないでしょう。私が台本を書かせていただいているオール阪神・巨人さんの漫才ネタは、だいたい10分ですけどね。

僕の感覚だと、4分はつかみで終わるくらいの長さでしかない。そう思う反面、「M-1グランプリ」のように、4分であれだけの笑いの数を入れるのはすごいなとも思います。結局のところ、才能の問題なのかもしれません。僕は「99%の才能と1%の努力」が必要だと思ってます。才能が1%しかなかったら、この業界ではやっていけない。かと言って、才能任せでいたらいいわけでもありません。半端な量ではない1%の努力が必要なんです。それに、才能があるかどうかは、本人も周囲も分からないものです。

例えば、南海キャンディーズの山里君は、最初に見た時「この子は難しいかもしれない」と思ったのですが、それを見事に覆してくれました。彼は努力の人です。キングコングの西野君は寝ないで練習していた。売れる人たちの努力は、尋常ではありません。お笑いの業界でやっていこうと思っている人は何万人もいます。その中で、名前が出て話題になってネット動画がアップされるのは、すごいこと。売れること自体がたいへんなことです。そう思うだけに、話題になったら、注目のされ方が継続してほしいなと思います。それには腕を上げる以外にない。地道に頑張って練習するしかないんです。

集中力は45分もたない、途中でアクセントを

──笑いがコミュニケーションにおいても重要だということで、授業にも取り入れている教師もいます。そういう場合、地道な努力とは何にあたるでしょうか。

本多 学校の先生が普通に授業するだけだと、子どもの集中力は1時間もたないと思います。数分の動画を見慣れている世代がどんどん増えてくるに従い、45分はあまりに長すぎると感じることが普通になってくるかもしれません。それなら、授業の途中で「はい、休憩」とか「背伸びしましょう」とアクセントつけてあげたらいいんじゃないでしょうか。さらには、授業の合間にポンと流行のフレーズを入れて笑いをとったりすれば、子どもたちの食いつきが違うでしょう。

僕は講義でよくやるのですが、水を入れる紙コップを話の途中でわざと倒すんです。前にいる生徒は水が入っているものだと思って、びっくりする。でも実際には水は入っていない。「いつボケるかわからんから聞いときや」。そう言うと、みんな真剣に聞きます。いま流行りの「うんこ漢字ドリル」もそうですが、興味をもつきっかけが大事なのは間違いないでしょう。

子どもが喜ぶこととは
撮影/大庭正美

──では、最後に子どもたちのコミュニケーション能力を向上させる上で、アドバイスがあればお願いします。

本多 人前で話すのは、緊張するものです。でも経験次第で話せるようになります。以前、NSCに赤面症の子が入ってきて、みんなの前で名前を言うだけで倒れそうになっていた。でも、8か月経った頃に、3分のネタをやりきった。二十数年間、治らなかった赤面症が収まったので、期せずしてみんなが拍手をした。本人も泣いていました。やはり、実際に経験してみることがその人の自信につながるんだと思います。

特に、今の時代はパソコンやスマホでいろんなことを知ってしまえるので、コミュニケーションが一人で完結しがちです。だからこそ知りたいと思ったら人に聞く、図書館へ行く、本を読む、話す・・・そういうことが大事なんだろうと思います。人と関わる機会をたくさん提供してあげてほしいです。

あとは、何であれ一生懸命にやっている子を褒めてあげてほしい。流行りのギャグをずっとやっている子がいたとして、「もうアホなことばっかりして」と言う前に「すごいな」の一言をかけてあげてほしい。その上で、「それくらいの気持ちで漢字を覚えたらええで」と、うまく乗せて上げたら、本人も嬉しくなると思いますよ。


本多正識さんの本・・・

笑おうね 生きようね いじめられ体験乗り越えて
著/本多正識   定価:1300円+税 小学館
ISBN 978-4-09-388662-8
著者の教え子でもある一流芸人や、著者自身のいじめられ体験と、それに負けずに生き抜いたことを<笑おうね 生きようね>の言葉にのせて、 今、いじめに直面し辛い思いを抱えている読み手に切々と語りかけます。笑うことで生きる力を取り戻せるなら、一人ひとりに明るい未来はあるはずです。
試し読みはこちら

文/尹雄大

『小四教育技術』2017年9月号より

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