小3[体育科]子供の「資質・能力」を育む!全国“授業の達人”発 実践レポート①【動画あり】
体育の先進的な研究地域として知られる千葉県。 その千葉県が「魅力ある授業の達人」(体育)として認定している吉田正教諭が、 小3で実施した体育の授業を詳細な動画でご紹介します。
授業者/千葉県酒々井町立大室台小学校教諭・吉田 正
千葉県は、以前から体育の先進的な研究地域として知られる自治体です。吉田教諭は、その千葉県が「魅力ある授業の達人」(体育)として認定している教諭。2021度は教務主任として多様な学年の体育の指導などに関わってきましたが、6月末からは産休の担任に代わり、三年生を担任して、体育の授業にも力を入れてきています。
吉田 正 教諭
先生の許可や指導を待つことなく、主体的に動いて再びドリル運動を開始
吉田教諭の授業のよさを端的に言えば、どの子も自分なりの課題をもち、その解決に向けて友達や自分自身の内部感覚と対話しつつ、技能の向上を図っていることでしょう。しかも、自分自身の技能向上はもちろん、友達の成功も自分のことのように喜び、とても楽しそうに取り組んでいることも重要な点です。そのような授業づくりのポイントはどこにあるのか、授業の流れを追いながら触れていきましょう。
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取材日、吉田教諭は三年生の台上前転、5時間目(全6時間)の授業を行っていました。
冒頭、体をほぐす運動を行った後、子供たちは4、5人のグループに分かれ、6種のドリル運動に取り組みます。
ドリル運動は感覚的類縁性のある運動(アナロゴン)を考えて選定。体育館の舞台下に置かれた踏切り板を踏み切って、舞台へ手をついて上がる運動、マットの敷かれた低い台上で前転を行う運動、体育館の舞台上から下のマットへ飛び降りて着地する運動など、すべて台上前転の各部分の技能練習になるものです。
子供たちは1分程度で異なる運動に移動し、10分弱ほど取り組んでいきます。子供たちは手を緩めず、運動に取り組みます。それは単元の1時間目に吉田教諭がオリエンテーションを行い、この単元で付ける力とその力を育むために必要なドリル運動の意味についてていねいに話をしているからです。だからこそ、子供たちは自分自身の課題解決に向けて、子供自身も運動に取り組んでいるわけです。
ちなみに、このドリル運動は子供たちが力を獲得したものは外し、新たな課題に関わるものを入れ、常に6種類を用意しているそうです。
この間、吉田教諭は子供たちの間を回り、「そうそう、バンと踏切って」「今の着地、いいよ」などと笑顔で声をかけます。こうした評価のしかたや声のかけ方は、そのまま子供同士の評価にもつながっており、この後の練習場面ではまさにたくさんのミニ吉田教諭を目にすることになります。
給水休憩後、子供たちを集め、「着地を成功させたい」「高い跳び箱を跳びたい」「大きな台上前転をしたい」など、前時までに出てきている子供の課題を紹介。それを解決するために、何に気を付ければよいか、一つ一つ子供たちに問いかけ、「足を閉じられるように膝と足先を意識する」「助走を強くする」「膝を伸ばして前転する」といったポイントを子供たちの言葉で確認していきます。
そのうえで「大きな台上前転」ができている子供の演技動画を見て、どの部分がよいのか、さらに改善点があるとすれば、どんなアドバイスをするかを問います。
そこで、しっかり子供たちに表現をさせることが、この後の練習での細やかなアドバイスにつながります。また、まずかった点を探すよりも、どうしてうまくいったのかというように、よかった点を探すことのほうが効果が大きいそうです。
子供の内部感覚と外見のズレをすり合わせることが大切
そこから一人ひとりの課題に応じ、高さや踏切り板の距離が異なる跳び箱に分かれ、練習をしていく子供たち。「ガンバッ」と気持ちよい声援をかけ合い、一人が跳ぶときには一人が正面に、残りは左右に分かれて演技を見とり、「着地は足がそろってきれいだったよ」「手をつく場所をもっと手前に」などと、評価やアドバイスの声をかけ合っていきます。
5分ほど真剣に取り組んだころ、数名の子供たちが主体的に跳び箱を離れ、ステージ上に跳び上がるドリル運動を始めます。最初は数名でしたが、次第にドリル運動の種類も増え、取り組む子供の人数も増えていきます。
それは1時間目のオリエンテーションに加え、時間ごとに課題を絞り、課題に応じてどのドリル運動に取り組めばよいかを吉田教諭が問いかけてきたからです。それが子供たちに十分に理解できているため、吉田教諭の許可や指導を待つことなく、主体的に動いて取り組み始めるのです。もちろん、その運動ができたと思った子供は、まためざす跳び箱に戻って練習を始めるのでした。
この間、吉田教諭が子供たちに、改善点も含め、前向きな声かけをし続けていったことは言うまでもありません。
15分弱取り組んだ後、再び給水タイムをとり、電子黒板の前に子供を集める吉田教諭。
ここで最初にドリル運動に戻った子供を立たせてほめ、なんの目的でどの運動をしたのか、他の子たちに説明させます。
加えて現在の課題を聞き、簡単にアドバイスをすると、他の子供も「膝にちょっとだけ力を入れるといい」と子供なりの視点でアドバイスをします。
さらに前時のふり返りを取り上げ、自分自身の姿と成功するときの絵を描いていた子の学習姿勢を評価。吉田教諭が大学院時代に研究していた、内部感覚と外見のズレをすり合わせ、合致させていくことの大切さを分かりやすく説明。互いにアドバイスし合いながら取り組むように話し、再び練習に取り組みます。
友達の課題も理解している子供たち
示された5分少々の間、子供たちは新たにドリル運動を始めたり、再び跳び箱に戻ったり、より高い跳び箱に移って取り組み始めたりと、課題解決の状況に合わせ取り組みます。
「ガンバッ」という応援の声にも熱が入り、「勢いをつけて走ってきた後は…」「前転するときの膝が…」と、子供たち同士のアドバイスもさらに詳細になっていきます。吉田教諭も再び子供たちの間を回り、熱心に声をかけます。
5分が経過すると、跳び箱の前に子供たちを集める吉田教諭。今日、新たに課題がクリアできたという子を複数指名。気を付けるポイントを説明させた後に演技をさせ、みんな成功。歓声と拍手の響く中、周囲の子にどこがよいか評価させます。
ちなみに吉田教諭は同じグループの別の子に、演技する子の課題を演技前に聞いたりもしましたが、明快に答える子供たち。それだけ、友達の課題も理解しているからこそ、詳細なアドバイスも可能だし、成功後に自分のことのように喜べるわけです。
さらに吉田教諭は前時のふり返りをていねいに読み取り、もう少しで課題がクリアできそうな子を確認しており、この時間に誰を評価し、誰に演技をしてもらうか、評価の計画を立てています。それが子供たちにとっても、より確かな手応えになるのです。
時間内に後片付けも行って、授業を終えた後、吉田教諭は「頑張ること=努力」について話します。
「努力することはもちろん素晴らしいことですが、努力すればできなくてもいい、という精神論の話をしているわけではありません。努力した分、必ず変化、向上が見られ、そこを的確に見とり、評価していくことが大切です。友達と対話しながら努力する過程で、内部感覚と外見のすり合わせが行われ、知識や技能も深まります。それを子供たちも十分理解しているからこそ笑顔で応えているのです」(吉田教諭)。
取材・文/矢ノ浦勝之 撮影/長嶋正光、Ryushi