自然が生み出した芸術品、アカスジキンカメムシへのラブソング【モンタ先生の自然はともだち】

今回ご紹介するのは、「カメムシ」です。皆さんは「カメムシ」と聞くと、おぞましい悪臭を放ち、コメや果物を食い荒らす迷惑者というイメージを思い起こされるのではないかと思います。確かにそういう種類のカメムシもいますが、中には自然が生み出した芸術品と呼ぶのがふさわしいほどの、美しい姿をしたものもいるんですよ。しかも、この日本に生息しています。そんな「アカスジキンカメムシ」との遭遇について、お話ししていきたいと思います。
【連載】モンタ先生の自然はともだち #12
執筆/森田弘文
目次
嫌われ者というイメージがありますが・・・
カメムシという虫から連想するのは、悪臭を放つ「嫌われ者」とか、農作物に被害を与える「農業害虫」とか、昔から悪名高い虫の代名詞のように扱われてきました。
確かに、昨今のコメ不足の一因となっているのは、茶色いイネカメムシの大量発生だと言われていたりしますし、よく見かける緑色のツヤアオカメムシや、緑の身体に茶色の羽をもつチャバネアオカメムシ、黒いクサギカメムシなどは、果実を好んで食べ荒らす上に、臭いが強烈なので忌み嫌われています。なお、クサギカメムシは触ると皮膚が炎症を起こす可能性がありますので、どうぞ注意してくださいね。
しかし、カメムシの仲間には、ネムノキでよく見つかるオオクモヘリカメムシとか、マユミの木で見つかるキバラヘリカメムシのように、まるでリンゴのような匂いがするものもいますし、オオトビサシガメ(人を刺すことがあるので気をつけてください)という肉食のカメムシは、ほのかに甘いバニラのような匂いがするそうです。アメのような甘い香りを放つことから名前のついた、あのアメンボも、広い意味ではカメムシの仲間なんですよ。
なので、カメムシたちをひとくくりに「臭い! キライ!」と言ってしまうのは、ちょっとかわいそうですよね。
そんなカメムシたちの中で、昆虫好きピープルの胸を高鳴らせている、小さな大スターがいることをご存知ですか?
その名は、「アカスジキンカメムシ」。名前からは今ひとつイメージがわかないかもしれませんが、実物を見ると、まるで名工の作ったアクセサリーのように、キラキラと美しく輝く姿をしています。しかもその上、ぜんぜん臭くないのです。カメムシの中でも、ひときわスター性の高い種だと言っても過言ではないでしょう。
臭くて迷惑な種類のカメムシは、しょっちゅう人の家にまぎれこんだりして、人々に悲鳴を上げさせます。ところがアカスジキンカメムシは、自ら進んで人前に出てくることはありません。やっぱり大スターだけに、人間がいくらラブコールを送ってもおいそれとは応えない、高嶺の花ということなのでしょうか(笑)。
図鑑で見たその姿に魅せられて、筆者は2024年3月~12月までの期間に、カメムシを中心に採集を行いました。その結果、約80種のカメムシを採集・標本することができましたので、今後数年かけて、地域のカメムシ相を調べていきたいと考えています。
そしてもちろん、この努力の結果、夢にまで見た「アカスジキンカメムシ」を採集・羽化・飼育することができたのです。


自然がプロデュースした驚嘆の変身ショー
カメムシ目キンカメムシ科のアカスジキンカメムシという種は、緑色地に赤色の帯状模様があり、金属光沢のきらびやかな色彩を放っている虫です。また、その姿はまるでペンダントのようでもあり、「歩く宝石」とも呼ばれ、日本で最も美しいカメムシの一種であり、記念切手にもなっています。さらに、この種は臭いはそれほど強くなく、大きさも20㎜近くもあり大型で存在感も半端無く、カメムシの中でも人気度ナンバー1と言えます。
そんなアカスジキンカメムシを探し求め、あちこちの野山や雑木林をビーティング網を片手に持ち、歩き回りました。そして、ついに2024年5月10日、裏高尾のある沢筋で3匹の5齢幼虫をゲットできたのです。夢にまで見ていたアカスジキンカメムシを採集でき、そのときは、あまりのうれしさに子供のように飛び上がり、狂喜乱舞してしまいました。
成虫前の5齢幼虫は、別名をパンダムシとも呼ばれるように、黒白のシンプルな色合いです。


これから、どのようにしてあのキンピカの輝きのある成虫になるのか、とても楽しみでした。まずは飼育箱に入れ、その後、様子を見守ることにしたのです。数日後のある日、エサであるヤマボウシの葉やスポーツドリンクをあげようと、飼育箱を覗くと⋯! な、な、なんと、パンダのような白黒の体色から、全身を薄いオレンジ色に包まれた姿へと変身していたのです。
もうびっくり仰天です。極度の興奮状態で、手が震えてしまったことを覚えています。時刻を確認し、その後、継続観察を開始しました。以下、時系列で記します。

前日まで黒白であった5令幼虫が、薄いオレンジ色のような色に変化

2時間後には、体表全般的に、かすかな模様のような状態を確認

オレンジ色が少なくなり、前方の体表がより緑色に濃くなった

身体のベースカラーが、オレンジから美しい緑に

全面的に緑色となるが、帯状部分はまだ赤色ではない
この間、アカスジキンカメムシは少しずつ場所を移動しながら、体色の変化を見せてくれていました。
まさかこんなにも目まぐるしく次々と、想像だにしなかったパターンで色を変えていくとは。息を飲むような瞬間の連続でした。このスターは、一体何着の衣装に着替えてみせてくれたことでしょうか。これぞ生命の神秘であり、観察の醍醐味です。
今回の羽化の様子を記録したのは、1個体のみのデータであり、統計としては危険度もあります。しかし、平均化された訳ではありませんが、羽化の傾向的データとしての価値はあると考えています。羽化したてのオレンジ色から、わずかに12時間。リアルタイムで興味深くていねいに観察できたことは、昆虫好きとしては大収穫と言えます。今後、次年度よりサンプル数を増やし、より正確なデータの収集に励んでいきたいと考えています。もちろん最終的には、このカメムシもスジの色が赤くなり、金属光沢の輝きも増して、美しい成虫になったことは言うまでもありません。
このような美しく輝く姿を目の当たりにすれば、昆虫嫌いな子どもも好奇心を高められるだろうと感じました。