<連載> 菊池省三の「コミュニケーション力が育つ年間指導」~3学級での実践レポート~ ♯3 高知大学教育学部附属小学校2年B組①<前編>
菊池実践を追試している3つの学級の授業と子供たちの成長を、年間を通じてレポートします。3学級の担任は、徳島の堀井悠平先生、高知の小笠原由衣先生、千葉の植本京介先生。それぞれの学級をローテーションでレポートします。 原則的に、菊池先生の授業記録+担任のコメントという構成。今回からは、高知の小笠原学級(2年生)における、6月上旬の授業レポートです。
目次
担任・小笠原由衣先生より、学級の実態について
子供たちに出会ってすぐ、発表する子が多く、「元気いっぱいの学級だな」と感じました。どの子も絵や字が丁寧で、学力が高い子が多いという印象を受けました。
一方で、強い言葉で友達を責めたり、自分の思いが通らないと「どうせおれが悪いんやろ」とすねたりする子がマイナスの空気をつくり出し、ほかの子供たちは彼らの言葉に遠慮し、あまり発言できないように見えました。
「先生、〇〇していいですか?」と頻繁に尋ね、顔色をうかがう子もいました。
そこで私は、1年後のゴールイメージとして、温かい言葉で関係性をつくっていけるクラスを目指すことにしました。
まず、新年度が始まってすぐに、<教室にあふれさせたい言葉><教室からなくしたい言葉>の授業をしました。言葉への意識を高めたいと思ったからです。
授業中でも学級活動でも価値語を使うように意識し、子供たちがイメージしやすいよう、イラストで価値語の意味を紹介するポスターを作りました。
週に一度ですが、成長ノートも始めました。授業では発言できなくても、成長ノートに価値語について書いてくる子がいます。「自分は成長していない」と否定的なことを書いてくる子には、「こんなところがあなたのいいところだよ」とプラスのコメントを入れて私の思いを伝えるようにしました。
「ほめ言葉のシャワー」にも取り組み始めました。4月から、朝の会や帰りの会で、私が何人かの子供のいいところを紹介していきました。
するとある日、「○○さんのいいところ、他にもあるよ」と言い出した子がいたので、「じゃあみんなも見つけられる?」と始めました。元々は2学期から始めようと考えていましたが、せっかくのこの流れをすぐに活用しなければ、と感じたからです。
「姿勢がいいです」「声が大きいです」など、まだありきたりのほめ言葉ばかりですが、全員が意気込んでいますし、「4時間目の図工で、○○さんは人に合わせるんじゃなくて、自分で考えて~~していました」のように、具体的に言える子たちが出てきました。その子たちをほめ、少しずつ全体に広げていきたいと思っています。
「○○しなきゃ!」と構えてしまうと、子供たちに対してつい硬い表情になってしまうことも多々あります。自分自身、もっと柔らかい表情や姿勢を意識していきたいと思います。
菊池先生による飛び込み授業
「ちょっと音を消してもらっていい?」
菊池先生が話しかけると、3時間目の授業が始まっても中休み気分が抜けずざわざわしていた教室が静かになった。
「今、先生の声が聞こえますか?」
菊池先生が少しだけ小さい声で声をかけると、子供たちがうなずいた。2列目に座っていた男子のところに行きながら、
「今日は、先生が好きなアニメを使って勉強したいと思います。楽しくやりたいので、彼のような姿勢を見せてください」
と話すと、子供たちの姿勢がピシッとなった。
「先生の好きなアニメです。わかったら、今よりもいい姿勢をしてね」
と菊池先生がアニメの主人公のシルエットが描かれた絵を見せた。
「あっ!」「はいっ!!」
子供たちが元気よく手を挙げ、1人が「アンパンマン」と答えた。
菊池先生が2枚目の絵を見せながら、
「みんなが生まれるずっと前、最初にアンパンマンが生まれたときの絵です。今と違うところがわかりますか?」と尋ねると、
「進化してるー」
と思わずつぶやく子も。
「そう。どんどん増えて進化しているんだ。毎年、200ぐらいキャラクターが増えるんだそうです」
と、昔と今のアンパンマンの絵を見せ、
「どこが違うか、隣の人と話し合って5個以上見つけましょう」と声をかけた。
子供たちは、2枚の絵をじっくり見比べながら違いを見つけ、隣の子と意見交換。
「先生がすごいスピードで当てるから、みんなは、パッパッと手を挙げるんだぞ。じゃあ、1個でも見つけた人?」
菊池先生が尋ねると、みんなが勢いよく手を挙げ、菊池先生が次々に指名していった。
●マント
●顔の形
●手
●色
●キャラクター感がある
座ったままで話そうとする子には、菊池先生が、
「立って言いましょう」と声をかけた。
●顔がでかい
指名された次の子が席を立とうとした時、何人かが待ちきれずに勝手に発言しようとした。菊池先生はその子たちに向かい、
「今は聞くとき。誰かが発表しているとき、他の人はしゃべりません。先生の声が聞こえるんだから、『聞こえません』とは言いません。これがベースです。じゃあ、みんなに聞こえる声でどうぞ」
と話すと、立った男子が、
「手」と答えた。
「それ、さっき出た!」 他の子が指摘すると、菊池先生が笑いながら、
「(他の子の発表を)聞いていないとだめだなあ」
と男子に話しかけた。
この男子は、自分が発した“雑音”のせいで発表者の声が聞こえないにもかかわらず、「聞こえません」と言い、我先に自分の意見を発表しようとしていたので、あえて後に指名しました。
この子は、自分と同じ意見を他の人に先に言われると、「同じだから、もう発表しない!」と不機嫌になる。そこで、「人の意見をきちんと聞きなさい」ではなく、「発表をしっかり聞いていないと、他の人の意見と重なってしまうよ」と伝えました。
「では、今手を挙げている人は全員立ちましょう。先生が順番に当てていくから、黙って聞く。相当速いスピードだぞ」
と、菊池先生が次々と指名していった。
●胸のマーク
●前のほうが痩せている
●目が昔は点々。今は丸い
●足の長さ
●昔は顔が小さい
●ベルトの色が、昔は黄色と赤。今は黄色と白
●マントの裾がギザギザ、今は緩やか
●頬全体の色
●むかしの絵は、色鉛筆で塗り絵ができそう。今はクレヨンで書いたみたい
●今のほうが背が小さい
発表の途中で2人が席を立った。
「最初は、手を挙げている人を立たせたけれど、あとから立った人がいました。2人はまだ言いたいことがあるから立ったんですね。自分が発表したいから自分から立って言う。これが2時間目で学んだ自由起立発表です。じゃあ、どうぞ」
●今のポーズは足が開いているけど、昔は閉じている
男子が前に出てきて、黒板の絵を見上げながら指さして発表すると、それまで授業に参加せず、ずっと折り紙を折っていた女子が急に立ち上がり、長い棒を探し出してきた。
菊池先生がその女子の隣に立ち、
「2時間目も今も、彼女が頑張っているところをほめたり、『もっとこうしてね』と注意してくれる人がいました。さっき彼女が急に席を立ったのは、前の男子がアンパンマンの絵を指すことができる棒を探しに行ったのかもしれませんね。友達のため、自分のために一生懸命頑張っているんですね」
とほめ、
「じゃあ、どうぞ」
とその子に対して発表を促した。
●こっち(昔の絵の下に書いてある『1976』)は数字だけど、これ(絵の下に書いてある『現在』)は漢字
その女子はニコニコしながら発表。席に戻ると、再び折り紙に没頭した。
ずっと折り紙に没頭していた女子は、この時、興味を引かれるテーマだったので、発表に参加しました。落ち着かず、授業中でも自分のやりたいことに夢中になる子がいる場合、この時期ならば好きな作業を認め、授業に乗ってきたときに受け入れる指導でもかまいません。
本人が聞いて考えていることをほめ、他の子供たちにも伝えましょう。
こうした子供は、自分が興味を持つテーマには食いついてきます。おもしろいテーマを示しながら、その子を巻き込むようにしていきます。そして、落ち着かずにフラフラする子が悪目立ちすることがないよう、自由な立ち歩きの話し合いなど、動きを伴う活動を取り入れていきましょう。
アンパンマンのキャラクターを発表しよう
「さっきもキャラクターが増えているといったけれど、2000以上あるそうです。では、隣の人と10個出しましょう」
菊池先生が声をかけると、子供たちは楽しそうにキャラクターを出し合った。
意見交換後、2列が発表。
●ジャムおじさん
●くらやみまん
●だだんだん
●はやねちゃん
●てんどんまん
●ばいきんまん
●メロンパンナちゃんのおじいちゃん
●ホラーマン
途中、
「あとで(発表する)」
と言った子が何人かいたが、菊池先生は、
「じゃあ、言えるようになったらあとで発表してね」
とさらっと流した。
発表の際、「あとで」と答える子はどういう思いなのでしょうか。
①真剣に考えているので、もう少し時間がほしい
②答えられない自分のプライドを守るために「あとで」と答えて、考える時間を稼いでいる
③みんなの意見を聞いて、適当に答えようと逃げている
3つのうちのどれなのか、教師は見極めながら対応していく必要があります。
「ばいきんまん」について知っていることを、友達と相談しよう
次に、菊池先生がばいきんまんの絵を見せながら、
「見たことがある人は姿勢をよくしましょう。今から、ばいきんまんについて知っていることを、友達といっぱい話して、10個探します。立って自由に話し合いましょう」
と声をかけると、子供たちが席を立った。
指を折って数えながら話したり、メモを取ったり、楽しそうな声があちこちから聞こえた。
席に戻って発表タイム。
「超高速で行くぞ-」
と菊池先生があおると、子供たちが早口で発表した。
●アンパンマンを倒すためにきた
●ばいきんまんの家はめっちゃ遠くにある
●「ばいばいきーん」と言って去って行く
●ばいきんまんという名前は、体にばい菌が入ってるから
●ばいきんまんはアンパンマンを倒すために生まれてきた
●ばいきんまんの家族はドキンちゃん
●妹が3人いる
下を向いたりおしゃべりしたり、ちらほら意見を聞く姿勢が崩れてきた子を見つけると、すかさず菊池先生が、
「背中を美しくしましょう」
と声をかける。子供たちの姿勢が再びピシッとなった。
授業中、何人かの子供たちの注意力が散漫になっていました。筆箱を机の上に落としたり、椅子から半分はみ出して座ったり、“雑音” を繰り返したり……。
この時点では、直接指導するのではなく、「高速で進むぞ」「背中を美しく」と子供たち自身が動きを意識する言葉かけをすることにしました。
静かになったところで、菊池先生が黒板に書いた。
<アンパンマンとばいきんまんは……>
途中で、何人かが「どっちが強い?」とつぶやいた。
<アンパンマンとばいきんまんは、ともだちか?>
予想外の問いに、子供たちから、
「えーっ!?」
と驚きの声が挙がった。
※この授業レポートは次回へ続きます。
菊池先生から小笠原先生へのメッセージ
子供たちは元気いっぱいで、教室にエネルギーがあふれていました。ただ、新学期が始まって間もない4月の段階では、そのエネルギーが無秩序に発散されているように感じました。
落ち着かずにすぐに立ち歩いてしまう子、勝手に “雑音” を出す子、同じ答え(意見)を先に言われるとむくれる子、マイナスの感情がむき出しになっている子が数人目立っていました。
知識はあるものの自分中心で、他者の意見に耳を傾けたり、思いやったりする気持ちが弱いのです。
知識を競い合い、「同じだから言わない」「あとから言う」「聞こえません」を連発するのは、相手を意識し、「みんなで学ぶ」経験が不足していたのでしょう。
一方、静かに話を聞き、一生懸命考えている子も大勢います。
“圧” の強い一部の子供たちに押され、自分の意見を素直に言えない子供たちも多くいます。小笠原先生が「みんなで学び合う」ことをゴールイメージに掲げたのも、そういう教室の状況を踏まえたからでしょう。
4月の話し合いで、他の意見になびいてしまった子がいました。不安だから、友達が○と言えば、自分も◯にする。
今回、6月の話し合いでは、その子らしさにあふれた視点で意見を言うことができていました。
話し合いが成立するために、いくつかのスモールステップを設け、1年間かけてよりよい話し合いができるようにしていく。そのためには、聞き合う、学び合う、つながり合うことをどう実感させていくかが大きな鍵になると感じました。
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取材・文/関原美和子
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。