「新時代の学びを支える先端技術活用推進」で見えてきた本格的なICT教育
2018年11月に文部科学省から公表された、いわゆる「柴山・学びの革新プラン」。その方向性に、教育再生実行会議などの議論の結果等も踏まえ、2019年6月25日に最適な先端技術の効果的な活用に関する具体的な方策として「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策」(以下推進方策)が示されました。当初から、この施策に関わってきた堀田龍也先生から、その意図とねらいについて話をうかがいました。
堀田龍也(ほりた・たつや) 熊本県生まれ。東北大学大学院情報科学研究科教授。東京都の公立小学校教諭を経て教育工学を専門分野とする研究者となる。文部科学省参与を5年間併任。中央教育審議会にて新学習指導要領の策定に関わり、「学校におけるICT環境整備の在り方に関する有識者会議」座長を務める。 最新で大量のコンテンツを、どう取得し、どうつなげて、自分の考えに反映していくか、そういう力が問われていくことになるわけです。
目次
デジタル教科書がネットから提供される時代に
いつの時代も、新しい教育政策は「新時代の学びを支える」ものです。ですから、今回の推進方策に冠された文言は一見、意味がないように見えます。けれども、今回あえて「新時代」としたのは、大きく2つの意味があります。
ひとつは、新しい学習指導要領が全面実施されることです。これからは、教科を学ぶことを通してコンピテンシー*を身につけることに変わります。ものの見方・考え方を身につけ、行動することが求められるわけです。教育コンテンツは、これまでは紙が中心でしたが、これからは、デジタル教科書やデジタル教材がネットなどから提供されるようになります。最新で大量のコンテンツを、どう取得し、どうつなげて、自分の考えに反映していくか、そういう力が問われていくことになるわけです。
こういう時代には、学校がネットワークにアクセシブルであることは不可欠であり、しかもそれは高速ネットワークでなければなりません。これが2つ目です。
これまで、学校のインターネットは自治体が整備してきたこともあり、制約が多く、高速とは言えず、快適に使えないことが多くありました。さらに、自治体ごとに独自の条例などもあり、クラウドの利用や、Wi-Fi の導入を推進していくのは難しかった部分があります。
しかし、これまで述べてきた通り、新学習指導要領における教育活動は、もはやインターネットの活用が必須であると言っても過言ではありません。それどころか、社会生活そのものが、高速インターネットが前提になろうとしています。
*コンピテンシー :単なる知識や技能だけではなく、技能や態度を含む様々な心理的・社会的なリソースを活用して、特定の文脈の中で複雑な要求(課題)に対応することができる力
遠隔教育・先端技術活用・環境整備の3本柱
今回の推進方策に示された柱は、大きく次の3つです。
① 遠隔教育の推進による先進的な教育の推進
② 教師・学習者を支援する先端技術の効果的な活用
③ 先端技術の活用のための環境整備
これをご覧いただければ分かる通り、大前提として高速ネットワークの敷設を強力に打ち出しています。これまで学校では「タブレットを何台」「教室にプロジェクタを整備」など、機器導入の話が中心でした。しかし、それらを本当に利活用するためには、インターネット環境の増強が必須です。台数が増えれば、それだけ負荷がかかるので。
これを実現するために、2019年度以降の整備予算は増額しました。予算が絞られる案件が多い中で、これは異例の増額です。言い換えればこれは、国の本気度を示しています。
国からの措置は、補助金ではなく、地方交付税交付金です。交付金では、他の目的に使われてしまうのでよくないという意見もあります。しかし、新学習指導要領や推進方策によって、これまでの、いわば「目的外使用」は、大いに少なくなるのではないでしょうか。
遠隔教育の推進で教師の負荷を下げる効果も
最初の柱は「遠隔教育」です。これは、学校にインターネットが入ってきた頃から言われてきたことであり、「先端技術じゃないよ」と感じる方もいることでしょう。けれどもこれまでは、遅延が生じたり機能に制限があったりして、授業で使いにくい部分が少なからずありました。しかし、高速回線になれば、そうした制限はほぼなくなりますし、理科の実験器具の操作を遠隔地から行う、というような活動も可能になります。
実際、民間ではすでに、人が同じ場所にいなくても仕事ができることはもちろん、小さい会社ができる仕事を持ち寄って成果を上げる、というようなことが常識です。病院でも、遠隔地にいる患者を診断したり手術したりといったことが、実用段階を迎えています。このように、インターネットを介してできることは日進月歩なので、それを学校現場でも取り入れていきましょうということです。
遠隔授業システムがあれば、次のような教育が可能になります。
●その道に詳しい人や専門家と、直接話をしながら教えてもらう授業
●遠くの学校と話し合い、互いの地域の特性を発表し合う授業
●超小規模校で多様な意見に触れにくい子や、長期入院を余儀なくされている子が、まるで同じ教室にいるかのように参加できる授業
他にも、もっとたくさんの活用法があるでしょう。今後は、遠隔教育の研究指定校をつくって事例を作っていくことになると思います。先生方の多忙問題に対しても、教材研究の負荷を下げる等の効果があるかもしれません。実践事例作りは、有効性の確認とともに、先生方の負荷の軽減という視点を持ちながら進められると思います。
こうした研究は、今は認められていない通信制の中学校、小学校の議論につながるのではないかと思っています。文部科学省でも、これから議論がスタートすることでしょう。
授業や学級経営に役立つ、知的な指導支援システム
先生方は今、本当に多忙です。それを支えるために校務支援システムや、授業で使うコンテンツ・ツールがあります。けれども、それらが学校の実態に合って作られていなかったり、データの知的な連携がなされておらず、先生の負担軽減には、必ずしも役に立っていません。
教育システムを知的につなげていこうとすると、ビッグデータ*が必要になります。それを集めるにはクラウドコンピューティング*(以下クラウド)が必須です。世の中では、すでに様々なサービスがクラウドで行われています。
ですから、この2つ目の柱は、次の2つが前提となっています。
●学校に届くネットワークを高速にする
●クラウドを標準にする
知的なシステムによって、先生方の校務や授業はもちろん、子どもたちの学習にも役立つことでしょう。スタディ・ログ(学習の記録・成果)から、子どもの実態が個別に記録され、それと紐付く形で先生の対応と成果も記録・分析されれば、授業や学級経営に役立つ、知的な指導支援システムが構築できるはずです。さらに、それらのデータがクラウド上で、全国的に共有・分析されれば、様々な事例や方法に対応したシステムに進化することでしょう。
ただ、ここで問題となるのが、個人情報の取り扱いです。大きく2つの点で問題があります。
●各自治体が設定している個人情報保護条例のため、クラウドが導入できない
●子どもの学習記録を採る場合、どこまでが個人情報なのかがはっきりしない
まず、クラウドに関しては、文部科学省が規制してきたとの誤解がありますが、それは違います。ほとんどが条例の問題です。この改正については、各自治体へクラウドのメリット(コスト安・教育効果など)を提言していく必要があります。
次に、個人情報の問題は複雑です。簡単にはいきません。それでも、校務支援システムをクラウド化できれば、転入出処理等が非常に楽になります。情報セキュリティの常識では、学校内のサーバーにだけ保存している方が危険なのですが、これも、条例の関係でそうせざるを得ない部分もあります。
どこまでが個人情報なのか、どの学習情報にどんな価値があるのかは、今後研究されていくでしょう。これは、クラウドを使っていくことが常識になっている、これからの社会の問題です。
*ビッグデータ:人工知能で処理するために必要となる、膨大なデータ群。これを知的に統計処理することで判断に役立てることができる。
*クラウドコンピューティング:インターネットなどを経由して、コンピュータの機能をサービスの形で利用する形態。複数のコンピュータが連携する模式図が「雲」のように描かれることが多いことから。
大学の超高速ネットワークを小中学校につなぐ
柱の3つ目は、世界最高速級の学術通信ネットワーク「SINET」を、義務教育の学校に開放することです。これは、国立情報学研究所が提供する100Gbps のネットワークで、これまで大学などの研究機関が使ってきました。現在でも十分高速なのですが、今後さらに増強されていく予定です。
大学は各県にあるので、そこまできている高速ネットワークを、少し延ばして小中学校につなぎます。そのお金はいくらなのか、予算をどうするか、ということは、これから、通信業者を含め、国と自治体が話をしていくことになるでしょう。
こうしたネットワークが構築されれば、大学と学校現場が、情報技術を通じて何らかの関わりを持つということが出てくる可能性が高まります。遠隔授業での連携はもちろん、入学願書の提出や、履修証明を出すようなことができるようになるかもしれません。いずれにせよ、先生方みなさんが、この超高速ネットワークのよさを理解していただき、その活用法を一緒に考えていくことが大切です。
テスト、ポートフォリオ、学習履歴もオンラインに
学校教育法が改正されて、学習者用デジタル教科書が使えるようになりました。これが普及すれば、周辺環境がデジタル化されます。ネット回線が速くなれば、膨大な学習コンテンツが利用可能となります。個に応じた学習も、今以上にやりやすくなるでしょう。個人の学習履歴を格納する、電子ポートフォリオも研究が進むはずです。
世の中はIoT*化が進んでおり、安価で高性能なセンサーができてきますから、いずれ学校にも設置されるでしょう。気象データや子どもたちの様子が、リアルタイムに把握することができるようになり、学習や健康管理に役立てられることが考えられます。
また、子どもたちが使う学習用端末の選定も重要です。一人1台の環境が理想ですから、安価で安定した環境整備が望まれます。
これまで日本では、高価なWindows 端末が整備される場合がほとんどでした。しかし、今や世界の教育用コンピュータの3分の1がChrome Book*になっています。高速ネットワーク環境で使うことが前提になっていることで、原則としてソフトウェアのインストールは必要ありません。
こうした端末が普及すれば、オンラインテストで、自分の学習成果の診断が自由に受けられ、早めのフィードバックを受けることが可能になります。そうすれば、定期テストが不要になるかもしれません。さらにもっと有意義で、安価な活用法が出てくることでしょう。
機器整備には、整備の前例や商習慣が影響していることが少なくありません。新しい、令和の教育を創っていくためには、過去のしがらみを断ち切り、新たな視点が必要です。今回の推進方策が、先生方の負担を軽減しながら、有効な授業を生み出すことに寄与することを願ってやみません。
*IoT :もののインターネット(Internet of Things)。様々なものがインターネットに接続され、情報交換することにより相互に制御する仕組み。
*Chrome Book :Google 社が開発しているオペレーティングシステム「Google Chrome OS」を搭載したノートパソコンのシリーズ。Webアプリケーションを主に使うため、インターネットへの常時接続が必須。
文/村岡明
『総合教育技術』2019年8月号より