「個に応じた指導」とは?【知っておきたい教育用語】
子ども一人ひとりが自分のよさを生かし、豊かな自己実現を図る「個に応じた指導」。答申や学習指導要領では、どのように取り上げられているのでしょうか。
執筆/茨城大学大学院教育学研究科教授・加藤崇英
目次
平成28年答申における「個に応じた指導」
新しい学習指導要領の在り方について議論した中央教育審議会では、「個に応じた指導」をめぐって、以下のように課題を捉えていました。(中央教育審議会「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」平成28年12月21日/以下、平成28年答申)
学力については「判断の根拠や理由を明確に示しながら自分の考えを述べたり、実験結果を分析して解釈・考察し説明したりすることなどについて課題が指摘されている」としています。また「学ぶこと」の楽しさや意義を実感したり、社会への貢献やつながりの意識を持ったりしているかに関しても課題を指摘しています。さらには、「子供の発達や学習を取り巻く個別の教育的ニーズを把握し、一人一人の可能性を伸ばしていくこと」も課題として指摘しています。
こうした観点から「資質・能力の育成に当たっては、子供一人一人の興味や関心、発達や学習の課題等を踏まえ、それぞれの個性に応じた学びを引き出し、一人一人の資質・能力を高めていくことが重要となる」と指摘しました。そして、「各学校においては、生徒指導やキャリア教育、個に応じた指導や、特別支援教育、日本語の能力に応じた支援など、子供一人一人の発達や成長を支える多様な取組が行われている」とし、「それらの取組についても、育成を目指す資質・能力との関係を捉え直すことにより、それぞれの取組の意義がより明確になり、教育課程を軸に関係者が課題や目標を共有し、一人一人の個性に応じた効果的な取組の充実を図っていくことが可能になる」と指摘しました。
「個に応じた指導」とは、端的には、「一人一人の発達や成長をつなぐ視点で資質・能力を育成していくこと」といえますが、「特に、授業が分からないという悩みを抱えた児童生徒への指導に当たっては、個別の学習支援や学習相談を通じて、自分にふさわしい学び方や学習方法を身に付け、主体的に学習を進められるようにすることが重要である」と指摘している点に着目する必要があります。つまり、「個に応じた指導」についても、教師から指導が一方的であったり、児童生徒が受け身的であったりするのではなく、児童生徒の主体的な学びにつながるような指導の在り方を指摘しているといえます。
学習指導要領における「個に応じた指導」
学習指導要領においては、総則「第4 児童(生徒)の発達の支援」における指摘を確認する必要があります。
ここでは「学習や生活の基盤として、教師と児童との信頼関係及び児童相互のよりよい人間関係を育てるため、日頃から学級経営の充実を図ること」とし、学級という児童生徒の集団の単位の重要性を前提としながらも「主に集団の場面で必要な指導や援助を行うガイダンスと、個々の児童の多様な実態を踏まえ、一人一人が抱える課題に個別に対応した指導を行うカウンセリングの双方により、児童の発達を支援すること」と指摘しています。
そして、児童生徒が「基礎的・基本的な知識及び技能の習得も含め、学習内容を確実に身に付けることができるよう」に実態に応じて、「個別学習やグループ別学習、繰り返し学習、学習内容の習熟の程度に応じた学習、児童(生徒)の興味・関心等に応じた課題学習、補充的な学習や発展的な学習などの学習活動を取り入れること」や「教師間の協力による指導体制を確保すること」など、指導方法や指導体制の工夫改善によって「個に応じた指導」の充実を図るとしています。
新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響
このように、平成28年答申や新学習指導要領における記述を確認すれば、「個に応じた指導」は、近年の児童生徒の抱える課題を克服するためにも重要な視点であり、同時にそれは新学習指導要領における「主体的・対話的で深い学び」を推進する教育の考え方のなかにもしっかりと位置づけられているといえます。
しかし、ご存知のように新型コロナウイルス感染症の感染拡大という事態が起こりました。臨時休業等が長期化するなかで、通常の学校における集団生活を前提にした教育だけでなく、家庭などの学校以外の場において、子どもが一人ひとりの「自立した学習者」としてどうあるべきか、改めて捉え返す必要性が出てきています。
同時に近年において課題視されてきたICTの活用もいっそう大きく注目されることになり、いわゆるGIGAスクール構想など、これを加速度的に推進させる動きへとつながっていったといえるでしょう。
「令和の日本型学校教育」の提言と「個に応じた指導」
こうした状況にあって、中央教育審議会『「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、 協働的な学びの実現~(答申)』(令和3年1月26日。以下、令和3年答申)は、日本の学校教育が今置かれた環境を整理し、今後の方向性を明示したものといえます。
令和3年答申に示される「個に応じた指導」を捉える上では、「指導の個別化」と「学習の個性化」を確認する必要があるでしょう。
まず、「教師が支援の必要な子供により重点的な指導を行うことなどで効果的な指導を実現することや、子供一人一人の特性や学習進度、学習到達度等に応じ、指導方法・教材や学習時間等の柔軟な提供・設定を行うこと」など、「指導の個別化」が必要といえます。
他方で「子供の興味・関心・キャリア形成の方向性等に応じ、探究において課題の設定、情報の収集、整理・分析、まとめ・表現を行う等、教師が子供一人一人に応じた学習活動や学習課題に取り組む機会を提供することで、子供自身が学習が最適となるよう調整する」ために「学習の個性化」が必要といえます。
令和3年答申では、こうした「指導の個別化」と「学習の個性化」について、「教師の視点から整理した概念」を「個に応じた指導」としています。そして、この「個に応じた指導」を学習者の視点から整理した概念が「個別最適な学び」であるとしています。
「個別最適な学び」と「協働的な学び」のなかで
令和3年答申では、「個別最適な学び」が「孤立した学び」に陥らないように「協働的な学び」を充実することが重要であるとしています。つまり、「個別最適な学び」と「協働的な学び」を同時に実現する視点です。これについては以下のように指摘しています。
各学校においては、教科等の特質に応じ、地域・学校や児童生徒の実情を踏まえながら、授業の中で「個別最適な学び」の成果を「協働的な学び」に生かし、更にその成果を「個別最適な学び」に還元するなど、「個別最適な学び」と「協働的な学び」を一体的に充実し、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善につなげていくことが必要である。その際、家庭や地域の協力も得ながら人的・物的な体制を整え、教育活動を展開していくことも重要である。
「個に応じた指導」についていえば、教師の視点による「個に応じた指導」と、学習者の視点による「個別最適な学び」をあえて分けて位置づけている点が特徴といえます。これは教師の側に求められる「指導の個別化」と「学習の個性化」のための手立て、すなわち「個に応じた指導」と、児童生徒自身が主体的に自身の個人としての学び、つまり「個別最適な学び」とを区別しているわけですが、これによって立場や見方の違いを明確にしようとしているといえます。
従来は、むしろこれを教師の目線で一体的にとらえようとしていたといえるでしょう。ですが今日では、「チームとしての学校」が求められています。例えば、子どもの視点に立って、「個別最適な学び」がどうなっているか、「協働的な学び」にどのように参加できているか、さまざまな職員・スタッフが係わることで支援することも、今後ますます増えていくと思われます。もちろん、教師の指導の意義や重要性は変わりません。子どもの主体性を育み、またこれを支援する体制を整備していく、こうした新たな関係性を構築する課題のなかで教師による「個に応じた指導」も捉えなおす時機に来ているといえます。
▼参考資料
文部科学省(ウェブサイト)「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」(平成28年12月21日)
文部科学省(ウェブサイト)「「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)」(令和3年1月26日)
文部科学省(ウェブサイト)「(参考)「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実(イメージ)」