「白いぼうし」の「問い」はウィズコロナ時代を生きる力を育てる
大手回転寿司チェーンの店長として全国一位の売り上げを誇るという異例の経歴を生かし、ビジネス界のマインドや手法を教師の仕事に落としこむエッジの効いた発信で多くの若手教師に支持される、さる先生こと坂本良晶先生の新連載。今回のテーマは、「は・か・せ」からの卒業。ゲームチェンジした世界を生き抜くための力を授ける教師像とは!?
執筆/京都府公立小学校教諭・坂本良晶
目次
「ゲームチェンジ」が加速する世界
新型コロナウィルスをいかにして封じ込めるかという戦いが全人類レベルで繰り広げられている現在、数か月前には想像すらしなかったさまざまなことが変化しています。
これは学校運営の在り方というミクロなレベルだけに留まらず、世界のありとあらゆる人間活動の在り方というマクロなレベルでのゲームチェンジが起こっていることを意味しています。
そもそも、今回の学習指導要領改訂は、そういったゲームチェンジに呼応する形で進められたものであるはずでした。コロナを機に、そこからさらに一段ギアを上げて世界が加速していくでしょう。そのゲームチェンジに関することを、ビジネス界の具体を交えながらお話ししたいと思います。
コモディティ化していく「は・か・せ」
算数の授業等でよく使われる「は・か・せ」。すなわち「早く・簡単に・正確に」ものごとを解決しようという視点のことですね。僕自身もよく使うのですが、これはこれまでの世界を象徴するワードだと内心は感じています。
結論から言うと、こういった「早く・簡単に・正確にものごとを解決する能力」=課題解決能力は、これからさらにコモディティ化(特別ではなく、ありふれたものとなる)していきます。
現在、日常生活を送るために最低限必要となる様々な道具は、「高品質・大量生産・安価」での流通が可能になりました。「は・か・せ」的な課題解決について、既に正解が示されているという事柄がほとんどだと言えます。
そういった「答えが飽和しきった世界」がこれからの子どもたちが生きる未来なのです。「は・か・せ」的な能力の高さが、社会において直接的に価値を産むことがだんだんと難しくなってきているのです。高度経済成長期には「は・か・せ」的能力による生産性向上が豊かさに直結していたのが、通用しなくなりました。これが一つのゲームチェンジです。
なぜ、「問い」が叫ばれるか
4年生の物語教材「白いぼうし」が載っている教科書(光村図書)に目をやると「問い」というキーワードがたくさん見つかります。
「『女の子』は、なぜ消えてしまったのか」という問いを持ち、友達と話し合い、それに対する仮説を発表するという流れがその一例です。
その答えを知っているとすれば、それは作者である、あまんきみこさんなのでしょうが、この仮説が正しいかどうかが問題なのではありません。問い→仮説を立てる力を育むこと自体が大切なのです。
物語教材の第一時では「初発の感想」を書く活動をすることが多いと思います。その際に「見つけた『?』(問い)を入れる」という条件を付けることで、子供たちの読む視点が焦点化されます。自分なりに「あれ? これは一体…」という不思議を発見し、自分なりに「もしかして、これは◯◯なんじゃないかな?」というワクワクへとつながり、その後の交流が活性化されます。
では、そういった力が社会とどう接続されているのでしょうか。具体例をビジネスの世界に移しましょう。
今、世界を席巻する企業としてバズワード化しているGAFA(注・GAFA/ガーファ…Google・Amazon・Facebook・Appleの4社のこと)。いずれも、今でこそ誰もが知る超巨大企業ですが、いずれも「問い」からスタートした会社なのです。
Appleの創始者であるスティーブ・ジョブズは、パソコンを見てこんな問いを持ちました。「もっと、デザイン性に優れたパソコンは作れないのか」。
そして「本体の見た目も、パソコン画面の中も、よりデザインにも優れたパソコンを作れば売れるだろう」という仮説を立てました。そして生まれたのがMacです。
GAFAではありませんが、Netflix社のリード・ヘイスティングは、レンタルしたDVDの延滞料金を払う時にバカバカしくなり、「もっと良い方法があるだろう?」という問いを持ち、「郵便でレンタルすればいのではないか」という仮説を立てました。そして郵便DVDレンタルのビジネスが始まり、そこからサブスクリプション型(月額定額制)サービスが世界へと広まっていったのです。
これらはいずれも、社会における問題を発見し、そこから今までになかった価値を創出したことにより、世界をよりよくしていったのです。
少し壮大な話になりましたが、これが問題発見能力と呼ばれるものです。日常を過ごす中で「もっと…こう…あるだろう?」という問題発見が、何よりも重要になってくるのです。この力を伸ばしていくことがこれから求められるということが何となくイメージできたのではないでしょうか。
『白いぼうし』において、「女の子はなぜ消えてしまったのか」という問いを持ち仮説を立て考えていく活動は、こういった問題発見能力を高めるための初歩的なトレーニングと捉えることができるのです。
ユヴァル・ノア・ハラリの描く一つの未来の可能性
『サピエンス全史』等、世界的ベストセラーを連発したイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の著書『ホモ・デウス』にあったある提言に恐ろしさを感じました。
それは、「AIやロボットが発達した世界において、人類は少数の雇用層と大多数の雇用不可能層に二分されるだろう」というものです。すなわち、新たな価値を産み続ける人以外は、AIやロボットにコスト負けし、働くこと自体ができなくなるのではないかということです。もちろん、それはシナリオの一つに過ぎないのですが、僕は恐怖を感じます。
人は必要とされることで幸せを感じる生き物だと思っています。未来において、子どもたちが必要とされ、活躍し、幸せに生きるためには、問題発見能力は必要不可欠な装備となるのかもしれません。
そう考えると、答えが飽和しきったビフォアコロナの世界から、ウィズコロナの世界へと移行していくことは、今まで凪だった海に、突如として問題の島が隆起しまくっているような状態です。
大きな「ゲームチェンジ」が訪れることは確実です。
未来は極めて不確かですが、僕たち教員は、刻一刻と変化する世界を冷静に見つめ、子供たちに必要とされる力をつけるという本質を見失わずに教育という仕事をすることが大切なのではないでしょうか。
1983年生まれ。京都府公立小学校教諭。前職では大手回転寿司チェーンで店長として全国売り上げ1位を記録するという異色の経歴をもつ教師。「教育の生産性を上げ、子どもも教師もハッピーに。」を合い言葉に日々発信するTwitter「さる@小学校教師」のフォロワー17000人以上。著書に『全部やろうはバカやろう』(学陽書房)、『MISSION DRIVEN』(主婦と生活社)などがある。