「才能のある児童生徒」がいる学級の授業には、どんな工夫が求められているの?~文部科学省「教員研修用動画」のススメ #1 小学校低~中学年編
文部科学省では、「特定分野に特異な才能のある児童生徒」支援のための教員向け研修用動画を通じて、授業改善のための具体的なヒントを発信しています。2025年に公開された令和6年度版では、教科ごとのリアルな授業場面に踏み込み、具体的な手立てを紹介しています。公開された計4本の動画の内容を1本ずつダイジェストで紹介していくシリーズ、その第1弾をお届けします。
令和5年度版「ギフテッド」研修動画についての「まとめ記事」(全4本)は、こちら。
目次
「特異な才能のある児童生徒」という存在
特異な才能のある児童生徒への支援を考えるうえで、最初に知っていただきたいことは、そうした子供は才能があるにも関わらず、自己肯定感が低かったり、自分の潜在的な能力に気がついていなかったりするケースも少なくないことです。感情のコントロールが難しい子もいます。
また、「特異な才能」の側面が過度に注目されると、「まわりと異なる自分」にばかり目が向いてしまい、集団の中で孤立感や自己否定感を深めてしまうこともあります。
こんな子はいませんか? 【人物像】

こんな子はいませんか? 【授業場面】

こうした子供たちに出会うと、最初は戸惑うかもしれません。けれども、教師がその子たちの特性に気づき、寄り添いながら関わっていくことが、才能のある児童生徒への支援の第一歩です。また、このような姿勢は、才能のある児童生徒に限らず、すべての子供たちにとって有効なアプローチでもあります。
では、実際にどのように関わっていけばよいのでしょうか。そのヒントとなるのが、今回の文部科学省の教員研修動画のタイトルにも入っている、「授業の柔軟化」という考え方です。
できる範囲から授業を柔軟化する
トム・リンソンらが提案する「授業の柔軟化」は、子供のレディネス(※)や興味感心、学習歴等に応じて、授業の内容や方法を変えていこう、という考え方です。
※ レディネス 子供が学習や活動に取り組むための準備の程度や状態を指します。発達段階や生育環境、先行経験などが影響し、その状態は一人ひとり異なります。

例えば、同じ課題の成果発表であっても、個別に記述により回答する場合もあれば、グループでプレゼンテーションをする場合もあるでしょう。ゆっくりと考える時間を取った方がいい場合もあれば、素早い思考が求められる場合もあると思います。
今後、多様性を認め合う学びを実現するためには、まずは現場でできる範囲で、授業を柔軟に工夫していくことが重要です。
ケース1 小学3年算数「分け方とわり算」の事例
※ 再現シーンは、実在の人物とは異なります。

小学3年生になると、かなり複雑な計算ができるようになる子もいて、そうした子は、授業中に周囲とのギャップから疎外感を抱きやすくなります。算数の授業中の具体的な場面を切り取って、対応のあり方を考えてみます。
つい、こんな声かけをしていませんか?
算数の時間。「12個おはじきがあって、人は3人います」と前提を話した後に‥‥‥。
1人分は、何個になりますか?
4個です。割り算だから、12÷3で4。
このように在籍する学年の教育課程では未習の方法を使って素早く問題を解き、「答え」を発表してしまう子供がいます。
えっ? なぜ九九を考えるの? 割り算って、まだ習ってないよね?
周囲の子は、素朴な疑問を口にします。
12÷3だから割り算をする。3の段の九九を考えると、3✕4で12になる。
その子は自分の思考過程を周りの子にもわかるようにうまく説明できず、コミュニケーションが成立しません。
まだみんな割り算を習っていないから、木村さん(仮称)、ちょっと待ってね。
才能のある子供が疎外感を感じてしまう理由を考えてみる
上記の場面における教師の対応は、何が課題なのでしょうか?
- 才能のある子供は、素早く問題を解き、「答え」を主張しがち。
- けれども周りにうまく説明できないことや、概念的理解がまだ十分でないこともある。
- 周囲の子とのコミュニケーションが成立していない。
- 「自分の答えは正しいはず!」と本人は思っているのに周りからは認められないため、その理由を探そうとして授業にうまく参加できなくなってしまうことも‥‥‥。
- 結果的に、他の子供たちとの距離が開いたままになってしまう可能性がある。
では、どうすればいい? 授業を柔軟化する対応例
才能のある子供の発言をうまく授業に取り込むことで、クラス全体の中で自然に授業に参加できるような関わり方を考えてみましょう。先の場面を再現してみます。
1人分は、何個になりますか?
4個です。割り算だから、12÷3で4。
そうなんだ! 割り算っていう計算を考えればできるんだね。今日はみんなで木村さんの言う割り算について考えていこう。

自分の知識が認められることによって、その子の自己肯定感が高まります。また、他の子供たちと一緒に再度割り算について学び直すことで、その理解が広がったり深まったりします。
スペシャル問題を用意しておく
授業終盤の通常の練習問題では、時間を持て余してしまうことがあります。そこで、全員に向けた「スペシャル問題」を用意すると良いでしょう。これは、才能のある子供だけでなく、クラス全体の子供たちに機会を提供するという感覚が重要です。
<スペシャル問題 例1>
下図の上の例題のような単なる計算問題ではなく、下の例題のように考え方が複数あり、条件を工夫することで考え方を広げられるような問題を用意してはどうでしょうか。

<スペシャル問題 例2>
以下のような日常生活に関係する内容であれば、自分たちの生活や社会をより良くする方法について考えるきっかけになるかもしれません。

ケース2 小学2年国語「身の回りのオノマトペに親しもう!」の事例
※ 再現シーンは、実在の人物とは異なります。

特異な才能のある子供の中には、語彙力や思考力が同年代の子よりも高く、定型発達段階に応じた授業内容は一度学んだだけで理解できてしまうため、知識の定着確認のための反復学習や暗記学習を苦痛に感じる子がいます。
よくある授業展開例
これは小学2年の国語教科書に掲載されている詩です。様々な事物に雨が当たる際に聞こえる音や感じられる様子を表現したオノマトペが取り上げられています。通常の授業では、1行ごとの形象を読み取らせた後、いろいろな音を探そうという課題から詩の創作活動へと入っていきます。

才能のある子供は本来、学ぶ意欲そのものは高いのですが、反復学習や暗記学習を苦痛に感じるため、最初のやる気が持続しない場合があります。
才能のある子供を包摂する授業の工夫
では、才能のある子供の特性を授業の中で生かすために、どのような工夫が可能なのでしょうか?
子供が自分の思いや考えを広げたり深めたりできる、創造的な言語活動の時間をつくってみるのも一つの方法です。課題を少しだけ難しくしたり、子供たちが自ら考えて動ける場面を増やしたりする「授業の柔軟化」の一例です。
例えば上記の詩を教材にしたオノマトペに親しむ授業であれば、オノマトペの構成に注目させることが考えられます。
今日は昨日読んだいろんな音の雨に出てきた言葉の中で、自分が面白いなと感じた言葉を選んでみましょう。
ピトン、パチン、パランといった3拍の音のイメージが面白かったです。
そうですね。そういった「ピトン」や「パチン」という言葉は、オノマトペと言います。いろいろな音や様子を表すオノマトペがたくさんありますので、今日はそのオノマトペについて学習していきましょう。
この後教師は、オノマトペの音の構成のパターンに子供たちが注目するよう、促していきます。

(心の中で) 詩の中にある言葉以外では、どんな音があるかな? 「あ」で終わる音や、「つ」で終わる音はあるけど、伸ばす音だとうまく作れないな。あと、「パタ」だと「パタパタ」みたいに繰り返しても音ができるな…。他にもいろいろ考えてみよう。
教師の言葉に、子供の心が反応して動き始めました。詩の外にも広がる音の世界を、自分の中から引き出そうとしています。

このように言葉の仕組みに注目する時間があると、特異な才能のある子供たちも、「言葉って面白いな、もっと知りたいな」と感じ、興味を持ち続けやすくなります。
また、単元デザインの中に創造的に取り組める課題を設定し、それをあらかじめ子供に伝えておくことも重要です。「授業には自分がワクワクできる課題がある」という見通しを持てることで、その他の学習に取り組む際のストレスも軽減できるはずです。
ケース3 小学1年生活「あきだいすき」の事例
※ 再現シーンは、実在の人物とは異なります。

1年生の教室には、好奇心が強く人との距離感が近い子もいます。そうした子は自分の考えを積極的に伝えようとする一方で、場の空気に気づきにくく疎外感を抱いたり、全体の雰囲気を乱したりすることもあります。
特異な才能のある子供の「強み」を活かす
才能のある幼い子供は興味関心が多岐にわたる一方で、自分のスキルが追いつかず、理想と現実のギャップに悩む子供もいます。

こうした子供たちの「強み」を、その成長のきっかけとして活かす授業の工夫を考えてみます。
「あきだいすき」一般的な単元構成

「あきだいすき」の一般的な単元構成では、「秋のおもちゃ作り」というテーマのもと、多様な選択肢が与えられます。そうした学習場面で才能のある子供の「強み」を活かす柔軟化の工夫を考えてみます。
才能のある子供の「強み」を友達と同じ方向へ。 課題は何かを言語化してみる。
- 才能のある子供は、どのおもちゃを作るか迷い、満足できるおもちゃが作れない。
- 才能のある子供は、友達との関わりの中で関心が次々に移り、友達の作業の妨げになる。
授業の工夫例 地域の方と関わりながら神輿を作る活動

「神輿づくり」という目的を明確にして、クラスの仲間と共有します。課題をシンプルにすることにより、様々な友達と同じ方向へ向かって取り組みやすくなります。また、地域の方(異年齢の人)と継続的に関わることのできる機会を授業に取り入れます。
愛媛大学教育学部附属小学校における事例
この生活科授業では、実際に本物の神輿を見て触れる機会をつくり、「自分たちも神輿を作りたい!」という思いを持てるようにしました。

その後、チームごとに試行錯誤しながら神輿作りに取り組む探究的な活動に取り組みました。
今回は、特に地域の方々との交流場面(校外活動の場面)に着目してみます。
1回目の交流(地域の方との出会い)
地域の方に、神輿について教えてもらいました。クラスの他の子供たちが地域の方に距離を感じている中、秋山さん(才能のある児童)は初対面にもかかわらず、グイグイと積極的に関わっていきます。
ねえねえ、どうして屋根の上に鳥があるの? 田中さん、神輿担いでいい?
秋山さんの質問に周りの子供たちも集まってきて、地域の方が答えるときには一緒に聞いています。
2回目の交流
地域の方に神輿作りのアドバイスをもらいました。秋山さんは地域の方を見つけるとすぐに声をかけます。
田中さんだ! こっち来て来て。屋根に鳥をつけたんだけど、どう思いますか?
授業が始まると自分のチームの神輿のところへ連れてきて、様々なアドバイスをもらい、チームとしての改善点が見えてきました。また、そんな秋山さんの姿を見て、同じように質問する子がたくさん現れました。
3回目の交流
アドバイスを基に改善した神輿を見てもらいました。秋山さんは地域の方の腕を取り、自分のチームの神輿のところへ連れて行きました。
ここには秋の自然物をつけたんだよ。飾りもいっぱいにした。揺れても落ちないようにしたよ!
自分たちが工夫した点をアピールして、たくさんの褒め言葉をもらいました。
4回目の交流
秋祭りに参加し、チームの友達と一緒に神輿を担いで練り歩きました。この頃になると、秋山さんは地域の方に自分の名前を覚えてもらえて、嬉しくてたまりません。

授業の工夫によりもたらされたもの
実際にこの事例を担当した愛媛大学教育学部附属小学校(当時)の大塚 翔教諭は言います。
この事例によって、秋山さんにもたらされたものは、3つあります。

1. 学習に対する強い動機付け
「神輿を作る!」という目的ができたことで好奇心に火がつき、学びに向かうエネルギーがぐんと高まりました。粘り強く取り組む力や集中力も養われていきました。
2. 自他の学習の深まり
秋山さんの特性である「人との距離感の近さ」は、地域の方々を交えて自分やチームの友達の学びを活性化し、新しい視点を提供しました。
3. 自信と肯定感の高まり
ふだんの授業ではちょっと浮いてしまい、人との関わりでギクシャクしがちでしたが、今回の体験は他者との協働や関わり方に自信をもたらしました。地域の人たちと繰り返し関わる中で、自分の才能を発揮しながら積極的に人と関わり、友達との神輿作りに貢献し成長していったのです。
完成した神輿は、地域の方々との絆の象徴となりました。秋山さんの才能は、地域との橋渡しとなったのです。
いかがでしたか? 筆者は、教師のちょっとした意識の変化や無理のない範囲での授業の工夫が、まだ自分自身の特性を理解しかねているような小学校低学年から中学年の才能ある子供にとって、こんなにも大きな力になるのだと、改めて実感しました。
「よくあるQ&A 2つ」と「振り返り資料」
よくあるQ&A 2つ
動画の最後のパートでは、今回の動画に関連する「よく寄せられる質問」も取り上げられています。
回答者は、この研修用動画の構成・監修を担当した愛媛大学の隅田 学教授です。
<質問1>
算数が大好きで、自分で複雑な問題や別の解き方などを考える一方、基礎的な反復問題を退屈がり、その意義を見出せないようです。この子の能力を授業で生かせる工夫はないでしょうか。
この質問への隅田教授の回答は、こちらの動画(22分45秒ごろ)からご覧いただけます。
<質問2>
与えられた課題はレベルが高いものでも解けるのですが、自由度が高い課題だと何をしていいかわからない場合や、強い興味関心を持つものがない場合、どう支援をすればいいでしょうか。
隅田教授のご回答は、こちらの動画(23分46秒ごろ)からご覧いただけます。
振り返り用の資料
今回の動画の振り返りに活用できる資料もあります。
【振り返り資料】 令和6年度⽂部科学省研修パッケージ①
「特異な才能のある児童⽣徒」の特性を活かす授業の柔軟化(1)−⼩学校低学年〜中学年編−
以下は、この資料に関する隅田教授からのメッセージです。
研修などで動画を見た後に、ぜひご活用ください。また、もし時間に余裕があれば、動画の中で具体的な「ケース」が出てきたタイミングで一度動画を止めて、その内容について話し合ってから再び再生すると、より深い議論につながります。柔軟にご活⽤いただければ幸いです。
隅田学(すみだ・まなぶ)愛媛大学学長特別補佐・才能教育センター長・教授
博士(教育学)。専門は、才能教育・STEAM教育。幼年期の才能児を対象とするKids Academiaを2010年にスタート。2013年野依科学奨励賞受賞。ケンブリッジ大学のキース‧テイバー教授と共に世界の科学才能教育研究成果を編纂し、Routledge社より3冊シリーズを刊行。2018年日本科学教育学会学術賞を受賞。2022年The 17 Asia-Pacific Conference on GiftednessにてBest Oral Presentation Award受賞。2022年より日本科学教育学会会長。令和5年度、令和6年度文部科学省「特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」「研修パッケージの作成」を監修。才能教育研究に関する国際学会として日本初開催の第18回アジア太平洋ギフテッド教育研究大会「APCG2024」(2024年8月17〜20日開催:ユースサミットは16〜20日開催)実行委員長。アジア太平洋才能教育連盟(Asia Pacific Federation on Giftedness)理事、世界才能教育協議会(World Council for Gifted and Talented Children)日本代表。2025年にポルトガルで開催される世界才能教育協議会の世界大会において日本人として初めてキーノートスピーチを行う予定(演題「Unlocking Young Children’s Potential with STEAM: Kids Academy」)。日本初の才能教育センターの設置となった愛媛大学教育学部附属才能教育センターの初代センター長。
取材・文/楢戸ひかる
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