【シリーズ】高田保則 先生presents  通級指導教室の凸凹な日々。♯3 漢字習得の困り感に寄り添う

連載
通級指導教室の凸凹な日々。 presented by 高田保則先生
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通級指導教室担当・高田保則先生が、多様な個性をもつ子どもたちの凸凹と自らの凸凹が織りなす山あり谷ありの日常をレポート。アイデアあふれる実践例の数々は、特別支援教育に関わる全ての方々に勇気と元気を与えるはずです。本文中のイラストは、高田先生の教え子さんに描いてもらいました。

執筆/北海道公立小学校通級指導教室担当・高田保則

はじめに

北海道のオホーツク地方の小学校で、通級指導教室の担当をしている高田保則(たかだやすのり)です。日々、子どもたちと向き合ってきた中で、感じた事や考えた事を記していきたいと思います。
なお、通級指導教室で出会った子どもたちの事例は、過去の事例を組み合わせた架空のものであることをご承知おきください。

今回は、『漢字習得の困り感に寄り添う』というテーマで記してみました。編集担当の方と次の連載記事に打ち合わせをさせていただきました。「前の記事がぶっ飛んだ実践だったので、次は通級指導の王道のやつを」との要望をいただきました。王道=Middle of the Road。はて? 凸凹な私に、普通の通級指導なんてあったかしら? とにかく記してみます。ご感想をお寄せいただけますと、嬉しいです。

0.神童のトラウマ

“トンビが鷹を生んだ”と私は親戚から言われていたようです。新年度が始まると、教科書をもらいます。私は、まっさらな教科書を斜め読みしました。「うん、分かる。」そう言って、神童は教科書を仕舞いました。神童が通った学校は、結構に荒れていて、授業が成立していませんでした。神童は、教科書を先読みして、学習内容を理解していました。
そんな神童が、唯一苦手にしていたのが、漢字書き取りテストです。80点以上を取ったことがありませんでした。練習しても覚えられないのです。読むのは全く問題ないのに、書くのがダメでした。今思えば、書字が苦手で形の認知が弱かったと分析するのですが、当時の私にそんな知見があるはずもなく…。
『漢字テストで満点取る奴は頭おかしい』
神童は、そう悪態をついて自分を慰めたのでした。

1漢字50問テストに思う

朝の通級指導教室は、常連さんが集うサロンみたいになっています。学期末が近づいたある日、漢字50問テストが常連さんの話題になりました。習った新出漢字の中から、50問が出題されます。昭和の頃から続く漢字のおさらいテストです。

「オレ漢字苦手だから、練習するのを諦めてる。再テストで合格ねらい。」

「漢字の勉強辛いよ。あれ喜んでやる子なんているの?」

「うちの先生、月曜日に予告して今日がテストだよ。習い事で忙しいから土日がないと無理だって。」

「……考えたくない。」

漢字50問テストは、子どもたちからとても評判が悪いです。
漢字50問テストの合格点が、全員一律なのはなぜなのでしょう? 80点の合格ラインを既にクリアしている子も居れば、30点が現状の子には絶壁のような壁になります。コツコツ少しずつ練習を続けるのが得意な子がいます。1日5個練習したとしても、50個やるのに10日かかります。テスト範囲の漢字は、50個以上なので、もっとかかります。そういう子にとって、漢字50問テストの予告は、相当前からしてもらわないと間に合わないのです。
採点基準も教員によってまちまちです。文化庁が厳格にしないようにお達しを出しているにも関わらず、とめ・はね・はらいを厳しく採点する教員がいます。何の拘りなのでしょう?(↓文化庁の資料へのリンク)

https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/2016022902.pdf

漢字50問テストは、子どもにとって他の教科テストとは別次元の難しさがあります。それを肌感覚で分かっていない教員が多いと思うのです。予告なしの抜き打ちテストという蛮行は聞かれなくなりました。しかし、「合格点は100点です!」と宣言した担任がいました。教育虐待レベルだと思います。その担任のクラスは、年度の後半に毎年荒れていました。
漢字50問テストで満点を取っても、その漢字の意味や用法を理解していなければ、すぐに忘れて使いこなせません。どの子もホントは頑張りたいのです。ならば、子どもが頑張ろうと思える手だてを用意するのが、教員の仕事なのではないでしょうか?
漢字50問テストには、今の学校現場が抱える課題が濃縮されていると、漢字の習得がトラウマだった自称神童は感じます。

2.漢字テストで爪痕を残す

4年生のAさんは、漢字の習得が滅法苦手でした。学期末の漢字50問テストは、Aさんの憂鬱のタネでした。嫌すぎて、学校を休んだこともありました。今年の夏もその時期がやってきました。一学期末の漢字50問テストの実施が、担任の先生から告知されたのです。憂鬱なAさんは、私の通級指導教室に相談にやってきました。

「漢字50問テストで、イイ点を取りたいんだけど…。」

真面目な性格のAさんが、漢字練習を怠っているようには見えませんでした。そこで、Aさんに通級指導を受ける事を勧めました。

「いきなり100点は難しいかもしれないけど、前よりイイ点数を取る方法はあるかもしれないよ。」

私の提案にAさんは乗ってきました。漢字テストで爪痕を残すための、Aさんの通級指導が始まりました。

イラスト
イラスト:Aーcurry: p (小学6年生)

3漢字の学び方を徹底的に分析する

私の通級指導教室では、指導を始める子に、WISC-Ⅴという知能検査を実施しています。子ども一人ひとりの認知特性を分析して、その子に合った学習方法を提案するためです。

AさんのWISC-Ⅴ検査をしました。理解力は良好でした。一方、記憶力がやや弱く、作業を速く正確にこなす力が極端に弱い事が明らかになってきました。Aさんによると、ノートを書くのが苦手で、授業で板書を書き写すのが間に合わない事があるそうです。

普段の漢字の勉強法を実演してもらいました。Aさんは、漢字練習ノートを用意して取り組んでいました。まだ習っていない漢字をいつもと同じように練習してもらいました。その様子を観察しました。Aさんはたどたどしい筆記で漢字を書き始めました。Aさんが書く漢字は、お手本から次第に外れて、細かなところが違っていきました。Aさん自身はそのことに気付いていませんでした。

検査と観察の結果から、Aさんの漢字の苦手さの背景要因を分析しました。Aさんが漢字の習得に苦戦する背景には、書くことの苦手さがあると見立てました。書くのが苦手なAさんにとって、漢字ドリルやノートに繰り返し書く漢字練習は苦行です。さらにAさんは、見て覚える『視覚的短期記憶』の弱さがある事が明らかになりました。だから、お手本通りの漢字が書けないのです。そして、間違ったまま漢字を覚えてしまうのだと見立てました。

4支援方針

Aさんの書く作業の負担を減らして、漢字の習得を促す学習方法を提案し、定着を促す事が必要と考えました。同時に、見て覚える事の苦手さにも配慮と工夫が必要なようです。また、漢字を勉強する意欲を失いかけているAさんの学習意欲を底上げする必要もありそうです。

さて、どうしたものか? 漢字がトラウマの元神童は、自分事として考えたのでした。

5採用した手立てと使用した教材

書くのが苦手なら、書かなければイイのです。Aさんの漢字ノートを捨てました。捨てるのはもったいないので、自由帳にしてもらいました。

今の小学生には、情報端末という強い味方があります。それを活用した学習方法をAさんに提案しました。合わせて、言葉を理解する力が高いAさんの強みを活かして、漢字の勉強を楽しめる学習方法も提案してみました。

【使用教材①書き取り漢字練習アプリ】

ICTの活用に積極的な我が街は、教育委員会に申請すると、様々なアプリを子どもたちの情報端末で使えるようにしてくれます。『書き取り漢字練習』という無料のアプリを申請して、Aさんが使えるようにしていただきました。

https://play.google.com/store/apps/details?id=com.nowpro.nar03_f&hl=ja

このアプリのウリの一つは、漢字をなぞって練習できるところです。書字作業と見て覚える事が苦手なAさんでも、負担感なく漢字の習得ができると考えました。

『書き取り漢字練習』のもう一つのウリは、練習問題を自作できるところです。漢字50問テストは、出題範囲が予告されます。Aさんの習得ペースに合わせて、練習する漢字の数を調整する事ができるのです。Aさんと相談して、一度に練習する漢字は3つにしました。最初は私が入力して問題の作り方を実演しました。慣れてきたAさんは、問題数を調節して自ら入力して問題を作成するようになりました。

【使用教材➁漢字イラストカード】

Aさんの強みは、言語理解力の高さです。漢字の意味を理解して、意味付けて覚える事が得意なのではないかと見立てました。そこで、私の通級指導教室の教材の定番として活用している『漢字イラストカード』を紹介しました。

https://www.kamogawa.co.jp/campaign/tokusetu_kanji.html

Aさんは、漢字の読みは得意なのです。でも、漢字テストが苦手なものですから、実は漢字が読めている事を自覚できていないようでした。『漢字イラストカード』のウリは、イラストが漢字のヒントになっているところです。Aさんには、カードの上半分のイラストだけ見せて、下半分に隠れている漢字を当てるゲーム的な指導を試みました。その結果、勘の良いAさんは、4年生で習う全ての漢字が読めるようになりました。漢字の読みは、予習が完了したのでした。

6.指導の結果

長年苦しめられてきた漢字50問テストにリベンジできるチャンスが来たとAさんの学習意欲に火がつきました。Aさんは、燃えに燃えて漢字練習に取り組むようになり、学期末の漢字50問テストでは、85点の一発合格を勝ち取りました。意気揚々のドヤ顔で、通級指導教室を訪れたAさんは、返却された答案を見せてくれました。

「よっしゃー!」

2人でグータッチを交わしたのでした。

7通級指導での漢字指導について

私の凸凹な通級指導教室では、漢字カードやアプリなど、様々な手立てや教材を用意して、その子に合わせた漢字の習得方法を紹介しています。例えば、何回書いたら漢字を覚えられるかを測定して、その子に合わせた練習計画を提案しています。インターネットにあるノート用紙の見本をダウンロードして、自分に合った練習用紙を選んでもらったりもしています。

https://happylilac.net/sy-noteh

そうした漢字習得の支援の通級指導をする上で、大前提としていることがあります。それは、漢字テストで自己ベストを目指したいと希望する子に限って指導に取り組むのです。漢字が大嫌いな子に、漢字習得の手立てを提案しても、やらされている感が募って成果が出ないからです。

「個別最適な学び」が謳われるようになったとは言え、通常学級の中で、こうした指導は、まだまだ研究途上だと感じています。漢字ドリルと一斉の指書きだけでは、フィットしない子は居るのです。そうした指導の隙間に入り込む“すきま産業”として、通級指導教室の存在意義があるのではないかと感じています。

8.目標点数は自分で決める

「あなたのクラスの漢字テストに、合格点ってあるの?」

子どもたちにそう尋ねると、大抵は「〇点だよ。」と回答が返ってきます。それって、どうなのでしょう? 漢字が得意な子にしてみたら、練習する前から達成確実な合格ラインですし、苦手な子にしてみたら、絶望的に高い合格ラインなのかもしれません。漢字テストの合格点は、子ども自身が自分で決めてはダメなのでしょうか? その方が一人ひとりが頑張れると思うのです。そしてそれは、通常学級の中でもすぐに実行可能な合理的配慮なのではないでしょうか?

前述したAさんとも漢字テストの目標点数を相談しました。過去最高点が30点でしたので、現実的なところで、50点にしてみました。結果は、目標を大幅に更新する85点でした。だからAさんは、大満足のドヤ顔で、私に答案を見せに来たのです。

9苦手を楽しむ~B先生チャレンジ~

『視覚的短期記憶』が弱いAさんは、やっぱり時々間違えて漢字を覚えていました。ある日の通級指導で、Aさんは漢字の小テストを持参して解き始めました。観察していると、Aさんは『風』の漢字の最後の払いが逆になっていました。

「あのさ、それ間違ってるよ。直す?」

Aさんに尋ねました。

「いい。このまま出してみる。」

その頃のAさんは、漢字への苦手意識が軽減していました。担任のB先生は、漢字の採点基準に厳格な方でした。

「もしも、これでマルをもらえたら、ラッキーじゃん♪」

Aさんは、そう言いました。『B先生チャレンジ』と2人で名付けて、答案を提出しました。

「やっぱりバツだったわ(^^♪)」

Aさんは苦笑いしながら、返却された答案を見せてくれました。

「やっぱりダメだったか。今度はもう少し微妙に間違えてみようか(笑)」

私はそう返しました。

自らの漢字の苦手さをも楽しむ逞しさを身に着けたAさんの姿がありました。

みなさんは、漢字の指導について、どう考えて実践されていますか? ご意見をお聞かせいただけると嬉しいです。

※参考文献:『常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)について』 文化庁 平成28年2月29日

高田先生写真

高田保則先生プロフィール
たかだ・やすのり。1964年北海道紋別市生まれ。オホーツク地域の公立小学校教諭。公認心理師。特別支援教育士。開設された通級指導教室の運営を任され、新たな指導スタイルを模索している。趣味はバンド演奏。

イラスト/Aーcurry: p

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