小2国語「スイミー」で子どもの「言語力2.0」を鍛える
これからの成熟社会に向けて必要となる「異なり力」、そして「言語力2.0」とは?! ビジネス界のマインドや手法を教師の仕事に落としこむエッジの効いた発信で多くの若手教師に支持される、”さる先生”こと坂本良晶先生の連載です。
執筆/京都府公立小学校教諭・坂本良晶
目次
1 言語力2.0とは?
今回も、前回に引き続き、「優れ力」と「異なり力」という観点からお話します。
明確なゴールへ向けてだれが一番にたどり着けるかというレースに勝ち抜く力が「優れ力」。「ここをこうしたらもしかたら何か良いモノやコトができるのではないか」という、自分だけの見方を働かせる力が「異なり力」。詳しくは、こちらをお読みください! → 「アート思考」と「異なり力」の伸ばし方
「言語力が大切だ」というのは耳にタコができるほど聞く話題ですが、その定義をどうすべきでしょうか。
まず、Googleなりなんなりの翻訳にかけて、正確に他の言語に置き換えられる言語力を「言語力1.0」としましょう。要するに、伝えたい情報を正しく伝えられるように言語化する力です。
「優れ力」優位の言語力と言い換えることもできます。おそらく、学校教育ではここを伸ばすことを重点的に取り組んでいると思います。正確に伝えることのできない言語力の状態を言語力0.5や0.6とするのならば、完成形である1.0の状態まで伸ばしていくことが教育に求められているのです。
くっつきの「を」に始まり、漢字の習得、慣用表現等、発達段階に応じて段々と複雑な言語を体系的に子どもたちに獲得させていきます。
さて、では言語力1.0はゴールなのでしょうか。違います。
その次のステージに「異なり力」を帯びさせた「言語力2.0」が存在すると僕は考えます。
例えば、街を歩いてさまざまなポスターや看板を見てみましょう。おそらく、ほぼ100%の確率で、それらは言語力2.0ベースで表現されたもののはずです。どれも、正しく情報を伝えることよりも、見た人の感性を揺さぶる方に重きが置かれています。
最近見た中では、モスバーガーのてりやきバーガーの販促ポスターが強く印象に残っています。少なくとも、僕には強く刺さりました。
そこには、「てりやきはレタスだ」と、レタスの写真を背景にして、白いテキストで書かれています。
てりやきはレタスではありません。もしGoogle翻訳にかけても意味不明となるでしょう。
すなわち、Googleでは正しく翻訳できないが、人の感性にはしっかりと響くような言語力は、キカイに代替されず、ヒトが優位性を発揮できる領域だというのが、僕の持論です。これこそが言語力2.0であり、異なり力を具現する一つなのです。
2 谷川俊太郎に見る言語力2.0
だけど、いつまでもそこにじっとしているわけにはいかないよ。なんとか考えなくちゃ。
これは、『スイミー』の一場面です。ここから続く部分に注目してください。
スイミーは考えた。いろいろ考えた。うんと考えた。
では、この一文の原文は、どうなっているのでしょうか。
Swimmy thought and thought and thought.
もし、これを機械的に、「優れ力」ベースで日本語にすれば、「スイミーは、考えに考えに考えた。」となるのではないでしょうか。
スイミーはレオ・レオニの作品で、その翻訳をしたのがご存知の通り、谷川俊太郎さんです。
谷川俊太郎さんはほぼ全ての原文に対して、自身の英語力を生かす「優れ力」ベースで、正しく日本語へ翻訳しました。
しかし、谷川俊太郎さんはここだけはあえて、「異なり力」ベースの翻訳をしました。
これにより価値創出がなされたことは間違いないでしょう。子ども向けの絵本において、より親近感の湧く表現へと昇華されたわけですから。
このように、「優れ力」を土台として「異なり力」へと思考を伸ばしていくステップが、新たな価値創出へと繋がるはずです。だからこそ、「アート思考」がこれから重要性を増していくのです。
『アート思考』については、こちらをお読みください! → 「アート思考」と「異なり力」の伸ばし方
3 子どもの言語力2.0を鍛えるアプローチ
教育の目的って何でしょう?
個人的な定義ですが、「2030〜2060年の未来において価値創出のできる力を授けること」と僕は考えます。
教室での営みは、そこへと接続されるべきです。『大きなかぶ』も、『ごんぎつね』も、『海の命』も、その学習で得た力が未来にどう作用するのかを常々考え続けるべきです。
では、具体的にどのように「言語力2.0」を鍛えていくのかについて、考えていきたいと思います。
スイミーで直喩について知る
スイミーを題材にしましょう。スイミーは、優れた表現技法が巧みに駆使されたアート性の高い文学作品です。ここでは、サイエンス的観点、要するにその「仕組み」を子どもたちに理解させることから始まります。
スイミーの特筆すべき点は、比喩表現にあります。
子どもたちには、比喩の性質を少しずつ経験的に理解させていきます。Tフレーム(*)を用いて、全く異なる2つの共通点を子どもたちに出させます。
*Tフレーム …… 比べる言葉それぞれをTの形の上部左右に繋げて、気付いた共通点を下に書き連ねる。下の板書写真参照
すると、「Aを、共通点をもつBにたとえて表現する」というのが「ひゆ」だということに気づきはじめます。
「おそろしいまぐろが、おなかをすかせて、すごいはやさで ミサイルみたいに つっこんできた」
「にじ色のゼリーのような くらげ」
「水中ブルドーザーみたいな いせえび」
これを「ひゆ」というのだと理解した子どもたちには、「日記等で『〜のような』を使って書けるといいね」と声をかけます。比喩を用いて文章を書いたときには、大いに価値づけします。
「〜のような」を使う「直喩」については、低学年の子どもでも楽しく表現できるのですが、実は、スイミーの中には、「〜のような」を使わない比喩、「隠喩」も使われています。「見えない糸で引っ張られている」などです。以前、隠喩についても授業で少し扱ってみたのですが、やはり難しいようで、子どもたちは混乱した様子でした。スイミーの授業では、「〜のような」を使わない比喩もある、ということを子どもたちに軽く伝える程度でいいでしょう。
俳句で隠喩を使う
季節ごとに俳句を書くといった活動をされている先生方も多いのではないでしょうか。実は、ここは言語力2.0を鍛える大チャンスだと、最近感じています。
もし、キカイが俳句を書くとなるとどうなるでしょう。多分、もうできそうですよね。
機械的に五・七・五にして、指定された季語を入れて、それっぽい言葉を選んで……。
では、キカイには作れない俳句とは、どのようなものでしょうか。
ここで、「隠喩」という、ヒトのみに許される表現技法が生きてくると思います。
例えば、「『花火』という言葉を入れずに『花火』を表現する」という課題を設定すれば、子どもたちは大いに頭を捻ります。
人の創造性は『制限』がかかったときに、発揮されます。
今この記事を読んでいるあなたもよかったらチャレンジしてみてください。Twitterを通じて募集したところ、多くの作品が寄せられましたので、一部を紹介します。
ひと夏の
夜空を照らす
絆の輪
(Ken10gさん)
月の下
音して開く
星の花
(きゃんさん)
すきですと
言った夜空に
はなひらく
(Naoko Suzukiさん)
指導の際のテクニックとして以前から活用している方法には、先述した「Tフレーム」があります。①〜③の手順で比喩表現へと繋げます。
ありがちなアイデアによるありがちな作品づくりは、言語力1.0ベースでの創作活動です。そこでできた作品は「優れ力」によって生み出されたものであり、価値創出には結びつきにくい可能性があります。
そこで、「隠喩」という制限を設けることで、言語力2.0ベースでの創作活動へとシフトします。そこでできた作品は「異なり力」によって生み出されたものであり、価値創出の可能性を大いに秘めています。
4 キカイにできずヒトにできることにフォーカスする
最近、あちこちで叫ばれる「キカイがヒトの雇用を奪っていく」という論調。これには賛否がありますが、間違いなく進んでいっていると感じます。
Amazonはその縮図に見えます。Amazonは省人化のための技術をもつ企業をどんどんと買収していきました。その結果、倉庫内でのロボットを使ったピッキング作業、自動運転やドローンを使った各家庭への配送作業等、仕事がヒトの手からキカイへと加速度的に移っていっています。
「優れ力」を生かして、決められたことを決められた通りにする仕事は、やはりキカイに優位性があります。
2020年8月18日、Amazonはオフィス増強に伴い、1500億円を投じることを発表しました。これはとても意外なニュースでした。なぜなら、コロナの影響を受け、オフィスを縮小しテレワークへと舵を切っているという世界の大きな潮流に逆らっているように思えたからです。
しかし、そのアナウンスを読み解いていくと、その狙いは、高度人材の雇用を増やすことにあったのです。
内訳は、クラウドインフラの設計者、データサイエンティスト、UX(ユーザー体験)のデザイナー等です。その辺の小学校で働くイチ教員の僕からすれば、一体どんなスキルなのか見当もつきません。誰もができる仕事が加速度的に消滅していく一方、誰もができるわけではない属人性の高い仕事が創出されていっているのです。
素敵な俳句を読むというスキル自体が重要なのではありません。読み書き計算といった優れ力をベースとした上で、自分なりの見方を持って、「異なり力」を高め価値を生み出すことが大切なのだと思います。
そのアプローチの一つが、「言語力2.0」です。限られた時間の中で、キカイにはできないがヒトにはできることにフォーカスし、教育を進める視点が、重要となってくるのではないでしょうか。
1983年生まれ。京都府公立小学校教諭。前職では大手回転寿司チェーンで店長として全国売り上げ1位を記録するという異色の経歴をもつ教師。「教育の生産性を上げ、子どもも教師もハッピーに。」を合い言葉に日々発信するTwitter「さる@小学校教師」のフォロワー17000人以上。著書に『全部やろうはバカやろう』(学陽書房)、『MISSION DRIVEN』(主婦と生活社)などがある。