「アート思考」と「異なり力」の伸ばし方
これからの成熟社会に向けて子どもたちが身に付けるべき「アート思考」とは? ビジネス界のマインドや手法を教師の仕事に落としこむエッジの効いた発信で多くの若手教師に支持される、”さる先生”こと坂本良晶先生の連載です。
執筆/京都府公立小学校教諭・坂本良晶
目次
「アート×教育」という視点
最近、自分自身の授業の方向性を指し示す一つのワードがあります。
それは「アート」です。
「アート」と聞くと、「図工の話?」となるのが多くの先生方のシンプルな捉え方ではないでしょうか。
しかし、これはそういったミクロなことではなく、学校の授業はもとより、世界全体の潮流というマクロな意味でのアートのことを指します。今回はそのアート×教育という視点での考え方、実践についてお話をしたいと思います。
結論から述べると、「今までの学校はサイエンスに寄りすぎていたので、アートの比重を上げていかないといけない」ということです。
最近読んだ本の中で、大きな衝撃を受けた本が2冊あります。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』( 山口周・著/光文社新書)と『13歳からのアート思考』 (末永幸歩・著/ダイヤモンド社) です。
一見、繋がりのなさそうなこの2冊ですが、実は、これからの教育界に小さくない一石を投じたものと捉えることができます。今回は、サイエンス×アートがもたらす世界のゲームチェンジ、それを受けての学校現場での実践へと繋げていきたいと思います。
「優れ力」から「異なり力」へ
日本を豊かにした「優れ力」-「サイエンス思考」
ここで言うゲームチェンジとはどういうことでしょうか。時間軸も含め世界をまず俯瞰してみましょう。
戦後の日本は、高度経済成長期を経て、一気に世界のトップへと躍り出ました。この頃は、「とにかく良いモノをたくさん作る」という正義が存在しており、それを達成することでどんどんと富が増幅されるという時代でした。平成元年にはNTT、トヨタ、日立といった日本の企業が、時価総額世界のトップ50のうち33社を占めるなど、日本の技術力が世界を席巻していたのです。
では、この頃に求められた資質・能力とはどういうものだったのでしょうか。それは「より良いものを、より多く、より早く」というものでした。 明確なゴールへ向け、だれが一番にたどり着けるかというレースに勝ち抜く力。それをここでは「優れ力」と呼ぶことにします。
このパラダイムにおいて日本は無類の強さを誇りました。勤勉であったり、協調性があったりといった国民性が良い面で発揮され、みんなが論理的に働き国力を大きく伸ばしました。こういった確かな答えに向かい最適なルートで決められた手順通りにゴールを目指す思考を「サイエンス思考」と呼びましょう。
移動が大変だから車を作ろうとか、洗濯が大変だから洗濯機を作ろうといったミッションを次々と達成していくことで、日本はそのポジションを確固たるものとしていきました。人口が増加し、GDPが右肩上がりになっていく成長社会において、「サイエンス思考×優れ力」によってどんどん問題を解決していきました。
令和の時代に必要とされる力とは
しかし、「サイエンス思考×優れ力」が最大の成果を叩き出し続ける時代は長くは続きませんでした。
平成元年から33年の月日が流れた令和2年現在、世界の時価総額ランキングで50位以内に入る日本企業は、トヨタ1社のみという厳しい状態へ追いやられました。そしてつい先日、自動車製造会社として世界トップを維持していたトヨタも、イーロン・マスク率いるテスラに時価総額で追い抜かれてしまったのです。この具体が意味することは、「サイエンス思考×優れ力」で戦うことの限界がやってきたということなのかもしれません。
では、令和の時代になった今、必要とされる力はどういったものへと変化したのでしょうか。
結論から言うと、それは「アート思考×異なり力」です。
既存の価値を拡大化していくサイエンス思考に対して、アート思考は自分だけの見方を生かし、未知の価値を付加していく考え方です。
世界の成熟度が増すに連れて、必然的に「問題」は枯渇していきます。「問題」を解決することで価値を生み出していた時代において、「問題」は価値創出の源泉であった訳なので、それがなくなると当然仕事もなくなっていきます。AIやロボティクスといったテクノロジーが発達しコストが下がっていく中においてはなおさらのことです。
2020年現在、コロナショックから立ち直りつつある米国経済を見ると、ダウ平均株価は史上最高値に届く勢いです。ピークアウトした日本とのコントラストは明確で、米国のピークはさらに未来にあるように思えます。
米国(≒世界)経済を牽引するGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)をはじめとした企業は、いずれも元々存在していた価値を拡大していくことではなく、新たな価値を宿すことにビジネスの起点がありました。
インターネットで書店を開くことができないかと考えたAmazonのジェフ・ベゾス然り、大学生がネット上で交流する場を作れないかと考えたFacebookのマーク・ザッカーバーク然り、人とは異なったアイデアを具現化し、価値を宿していった結果、多くの企業が米国では強い進化を続けています。このファクトは、右肩上がりの成長がひと段落し、多くの問題が解決された成熟社会において、「異なり力」が優位性を高めていることを示していると考えられます。
そこで、「ここをこうしたらもしかたら何か良いモノやコトができるのではないか」という、自分だけの見方を働かせる力が必要となってきます。これが「異なり力」です。
価値創出の源泉は「解決すべき問題」から「自分だけのものの見方」へと変化していくのです。
身近な具体例-三菱鉛筆『ピュアモルト』
ビジネスでのわかりやすい具体例を挙げると、ボールペンです。
サイエンス思考に基づく、「優れ力」勝負のモノづくりにおいて、三菱鉛筆のジェットストリームというボールペンは大きな強みを持っています。安いし、品質も良いので大ヒットしました。
しかし、ジェットストリーム単体としては、ここからさらなる低価格化や高品質化の余地は少ないように感じられます。なぜなら大方の問題は既に解決されているからです。
一方、同じ三菱鉛筆から、ピュアモルトというボールペンが登場し、ヒットしました。これは、持ち手の部分がウイスキー樽を再利用したものになっていることの付加価値を持ち、インクはジェットストリームのものを使用することで実用性も兼ね備えているボールペンです。
これ以上の成長はないと思われたジェットストリームでしたが、「持つところをウイスキー樽にしてみたらどうだろう?」という自分だけの見方を働かせた人がいたからこそ、さらなるヒット商品が生まれたのです。
合理性を求める「サイエンス思考」だけではなしえられなかったブレイクスルーが、直感と感性に基づく「アート思考」を加えたことによって実現しました。「サイエンス思考」の結晶であるジェットストリームインクと「自分のものの見方」を生かす「アート思考」の掛け合わせで、新しい価値あるボールペンが誕生したのです。
この具体を踏まえ、学校現場においていかにして「アート思考」を伸ばしていくのかについて考えていきましょう。
学校で「異なり力」を育てる
導入-「モネの睡蓮を見て」
アート思考に基づき、自分だけの見方を働かせる授業実践について紹介します。
これは『13歳からのアート思考』(末永幸歩・著/ダイヤモンド社)を参考にしての追試になりますが、導入においてモネの「睡蓮」を大型テレビに写してみんなで鑑賞します。その際、あえてモネの作品に関する情報を先出しします。
これはクロード・モネという人が描いた油絵で、『睡蓮』という作品です
といった具合です。事実の説明をした上で、
こういったことはGoogleなどで調べれば誰でも分かるよね。そこで自分だけのアイデアでこの絵から想像することを交流しよう
と、目に見える絵という事実に束縛されずに考えて良いことを確認します。
すると、子どもたちは次第に自分だけのものの見方を働かせはじめ、
水面に赤っぽく映っていのは夕焼け空かな
黄色とピンクの花はもしかたらサクラとヒマワリのことを表しているのかも
これはそもそも水面ではなく空を描いたのでは?
えーっ、じゃああの葉っぱは?
と、活発に意見を交流しました。
その際、教師は、自分だけの見方を働かせるという行為を価値づけることが重要です。一見突拍子もないような意見でも、自分なりの根拠をもって発表するならそれは素晴らしいことだ、と。
そして、自分だけの見方を働かせることへの価値づけをした上で、メインの学習へと移ります。
展開-「オリジナル美術館を作ろう」
使用する教材は「画用紙」「折り紙」「アートカード」の3つです。
画用紙を美術館に見立て、テーマを一つ決め、それに合うアートカードを選び、折り紙を使って飾っていきます。個展を開くイメージですね。
自分だけの見方を働かせて、ストーリーを描き、子どもたちは美術館を作り上げていきます。その際、具体よりも抽象に寄ったテーマの方がより良いように感じます。
例えば、「動物展」のような具体的なテーマにしてしまうと、機械的に動物のカードを選ぶことになり、見方を働かせる幅が狭まります。それに対して「悪夢」のような抽象的なテーマを設定すると、自分だけの見方を働かせる幅が大きく広がります。
そして最後に振り返りをします。自分はどのような「自分だけの見方」を働かせてカードを配置したのかを言語化します。
この際の評価ポイントは非常にシンプルです。それは、誰が見てもそうだという見方ではなく、「その子ども固有の見方をしているかどうか」です。自分なりのストーリーを描いているかどうかを見取ります。人とは違う見方をする「異なり力」です。
日本の教育では、長らく「優れる力」を育て、それを評価し続けました。しかし、これから成熟社会を生き抜く子どもたちにとって、その価値は相対的に薄まりつつあります。そして「異なり力」が価値を高めていくでしょう。時代がアート思考のパワーを必要としはじめたのです。これから、どう子どもたちの「異なり力」を伸ばしていくかは、僕たち世代に与えられた課題です。
しかし、あくまでもサイエンスとアートは両輪です。基礎的な読み書き計算といった力を大切にしつつ、それを軸足として次のステージへと足を伸ばしていくことが求められているのではないでしょうか。
1983年生まれ。京都府公立小学校教諭。前職では大手回転寿司チェーンで店長として全国売り上げ1位を記録するという異色の経歴をもつ教師。「教育の生産性を上げ、子どもも教師もハッピーに。」を合い言葉に日々発信するTwitter「さる@小学校教師」のフォロワー17000人以上。著書に『全部やろうはバカやろう』(学陽書房)、『MISSION DRIVEN』(主婦と生活社)などがある。