英語を通してコミュニケーションを図ることが、生徒が何かを学ぶきっかけになる 【「英語教育実施状況調査」4回連続全国1位!さいたま市中学生の英語力はナゼ高い? #03】
前回は、さいたま市のグローバル・スタディ(以下、G・S)の実践について、さいたま市立宮原中学校の岩崎拓也教諭とALTのポール先生がオールイングリッシュで行っている授業を紹介しました。今回は、G・Sの授業づくりをする上で、大事にしていることやG・Sの導入による授業の変化などについて、岩崎教諭に話を伺いました。
目次
会話を理解させるのであれば、まずは実際に会話を見せてみる
まず、授業づくりの基本的な考え方について、岩崎教諭は次のように説明します。
「言葉の習得をしていく過程では、最初からパーフェクトな状態をめざすのではなく、何回も活動経験していくなかで修正をし、付け足しながらコミュニケーションの内容や質を高めていくことが自然だと思います。ですから、G・Sの授業でも説明から入るのではなく、『まずはやってみよう』としています。生徒たちに会話を理解させるのであれば、まずは教師が実際に会話を見せてみるのです。そうすると、生徒たちは会話の内容をある程度つかめたり、そうでなくても『何を言っているのかな?』と考えたりするでしょう。その学びに向かう力をベースに授業を進めていくわけです。
もちろん最初は多様な捉え方や考え方があるので、授業のねらいに向けて発問しながら方向性を整え、ねらいとするそのコミュニケーションを取るために必要な語彙や表現を確認していきます。加えて、まだまだ中学生ですから、どういう流れでコミュニケーションすればよいか分からないので、教科書のモデルパターンや、G・SにはG・Sブックというモデルパターンがありますから、それらを示していきます。ただし重要なのは、コミュニケーションの目的が達成されるかどうかですから、できる子はそのモデル通りにやらなければならないわけではありません。もちろん、会話には一定のパターンはありますが、目的に向けて『思考力、判断力、表現力』を働かせてコミュニケーションを取ることを大切にしています。
私たちは、コミュニケーションの目的を達成するための手段として、英語という言語を使っていくわけです。その目的をどうやって達成するか、考えたり、調べたりして、言葉(英語)という形で表現し、ディスカッションやプレゼンテーションなどのやり取りなどをしていくというのがG・Sの理念でもありますし、私もそこを意識して授業をしているところです。G・Sでは、ゴールを示し、目的に合った状況があるなかで、それを達成するためにモデルを示したり、調べたりしながら、ディスカッションをするとかプレゼンテーションをするなど、実際のコミュニケーション活動をしていくわけです。
生徒たちは『伝えたい』と思えば、その気持ちで動き、知っている知識(語彙や文法)を使いながら、コミュニケーションを取ろうとするでしょう。そこで、もしうまくいかないところがあっても、それが次の学びのきっかけになります。『あのとき、何て言えばよかったのだろう』と考えますし、彼らは情報端末も使いこなすので、ネットで調べもするでしょう。そしてまた使って、コミュニケーションしてみて、うまくいかなければ『何でだろう』と考え、修正を図る。それが学びの過程スパイラルになっていくのだろうと思います」
生徒たちの学びに対する感情がネガティブにならないようにする
そもそも岩崎教諭は、授業づくりをする上で何を大事にしてきたのでしょうか。そう尋ねると、次のように話してくれました。
「私自身は特別な家庭環境にあったとか、特別に英語を学んだ経験はないため、大学で教えてもらったことが大きいのですが、まず『学ぶのは生徒』であり、そこを間違えてはいけないということです。教員は生徒たちの『分かった』という反応が嬉しいあまり、教えたがる傾向がありますが、そうではなく『生徒たちが何を学んだか、何を得たか」を中心に据えることが大切です。料理に例えると、生徒たちが自ら学びたくなるよう、教員は学習指導要領に示された内容やG・Sのカリキュラムの内容を料理の材料とし、それを彼らにとっておいしい食べ物に料理して食べて(学習活動して)もらうわけです。それによって何を学んだか、何を得たかを注視し、もし十分な学びがなかったなら、料理の仕方を私自身も修正していきます。
ここで大事なのは、生徒たちの学びに対する感情がネガティブにならないようにすることです。英語ができなくなる原因は、感情による部分が最も大きいと思います。『英語を使うのが嫌だ』『先生が嫌いだ』『聞くのも嫌だ』となってしまっては、いくら英語に触れさせても吸収は非常に遅くなるわけです。ですから、生徒たちの反応を見ながら、『もう少し活動させたほうがいいな』とか、『もう少し短い会話にしたほうがいいかな』、とか『簡単な表現にしたほうがいいかな』などと考えていきます。トレーニングという面では、『我慢をさせてやらせたほうがいい』という考えもあるとは思いますが、私たちは英語のプロフェッショナルを育てているわけではありません。英語を通してコミュニケーションを図ることが、何かを学ぶきっかけになるわけで、そこを大事にしています。
例えば、今日の授業の前の単元では健康について学習しました。『WHOの一員として』という設定をつくって、健康の問題についてどのように改善を図ったらよいか調べて、根拠とともにプレゼンテーションをし、ディスカッションしていったのです。その学習の中で、一人一人が睡眠の重要さとか、手洗いの重要さ、歯磨きの重要さなど、何となく知っているつもりだったことについて改めて調べ、英語でコミュニケーションすることで、『ああそうだったのか』と理解が深まりましたし、もしかしたら心が動かされて、『しっかり睡眠時間を取ろう』などと、日常の行動に変化が生じた生徒もいたかもしれません。
このように、ただ英語ができるようになったというだけでなく、英語を使ったコミュニケーションを通して知識を得たり、興味をもったりしてもらえるような学習のプロセスを踏んでいきたいと考えています。そこに学ぶおもしろさがありますし、学習の動機付けになって、もっと学びたいと思うようになる。それが、ただ英語を学ぶのではなく、英語で学ぶことで多様なことを学ぶことにつながりますし、ひいては人としての成長につながり、人格の完成につながるのだと思います。私たち教員は、『教科の学習を通して、人を育てているのだ』ということを忘れてはいけないと思うのです。
勉強も、『100点取れた』『クリアした』というものではないと思います。仕事もそうですが、人が何かを欲しているからそこに仕事が生まれるし、その仕事に対価を払うわけで、そこには必ず感情があります。その求められるものを実現するために、数学や国語の知識だったり、社会や音楽の知識だったり、あるいは技能だったりを使っていけば、求められるものが実現したり、より豊かな社会になっていったりするわけです。そのような姿勢なら、ネガティブな感情にはつながらないでしょう。学校教育でも、人間社会の極めて根源的な部分を大事にして行うことが大切だと思います。
コミュニケーションは、単純な答えなどない社会の中で、社会をみんなにとってよりよくするための手段であり、それを英語でも行えれば、日本だけでなく、世界の人々とつながり、世界のことを考え、グローバルな視点でよりよくすることができるようになるでしょう。コミュニケーションをする手段は言葉だけでなく、数式のような言語もあれば、絵や音楽やスポーツ、味覚や嗅覚を動かす食など、非言語による表現手段もあると思います。いずれにしても、人の心を動かして社会をよりよくしていこうとする営みが大事なのだと思いますし、そう考えられる人を育てたいと思っています」
G・Sカリキュラムに沿いながら、まずモデルを見せるほうが効果的
最後に、授業スタイルについてG・S開始前と後で変わったことや、G・S導入によって成果が出た理由などについて聞くと、岩崎教諭は次のように話してくれました。
「授業のスタイルとしては、以前は失敗させないように、まず教えて分かるようにしてから、本文に入っていくことが多かったように思います。しかし、G・Sを開始してからは先にも説明したように、『まずモデルを見せる』ということが多くなりました。もちろん以前もやっていなかったわけではありませんが、G・Sカリキュラムに沿って実際にやりながら、まずモデルを見せるほうが効果的だなと思うようになりました。モデルには場面設定があるので、それらが学習の動機付けになり、生徒は何のために学習しているのかを理解することができます。だからこそ単語などの練習をしても、本文を扱っても、生徒たちは主体的に取り組めるのだと、私は体感的に思っています。
加えて、ALTの存在も大きいですね。私たちも日常の仕事があるため、なかなかじっくりALTと打ち合わせをする時間が取れないのですが、それでも授業前や教室への移動中の簡単な打ち合わせだけでも、とても上手にやってくれます。また、ALTが研修などを通してG・Sの授業スタイルを理解してくれているので、例えば、『こんな目的でこんな授業をしたいと考えている』と話すと、翌日にはモデルをつくってきてくれます。ポール先生は、この学校の担当になって3年目ですし、生徒のことや私たち教員の考えをよく理解してくれているので、よりよい授業をすることができているのです。彼に限らず、さいたま市全体のALTのレベルが高くなっているので、私たち教員も助かっています。
それからG・Sによる成果についてですが、G・Sも学習指導要領に則ってつくられているわけですから、基本的な考え方は全国の他の学校と何も変わりません。ただし、G・Sでは小学1年生から一貫して、『コミュニケーションの目的を達成するための手段として、英語という言語を使っていくコミュニケーションをするためにG・Sをする』という意識付けができていて、生徒たちは小1からその経験を積み重ねているので、経験値が大きく変わると思います。同じようにやっているように見えるけれども、意識付けがあまりない状態で言語活動を経験して中学校に入学した子供たちと、十分に意識付けができていて、小学校6年間を通して100回、200回と様々な場面での言語活動を経験してきた子供たちでは、コミュニケーションをさせたときの反応がまったく違うと思います。だから、実際に外国の方と出会ったときに、語彙や文法に多少の不足があったとしても、コミュニケーションに対して積極的に使えるのではないでしょうか。
やはり中学校で成果が出ているのは、この小学校からの積み上げも大きいと思います。実際に、小学校のG・Sカリキュラムはすごくよくできており、それを使った授業もとてもよいのです。そうした小学校1年生から中学校3年生までの9年間の積み上げの上に成果があるので、私たち中学校教員だけの力だとは思っていません」
執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之