第57回 2021年度 「実践! わたしの教育記録」審査員選評

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第57回「実践! わたしの教育記録」入選が発表されました。4人の審査員の方々から、入選作品についての選評を伺いました。

問題意識が明確で、それを実践に反映させる構想力がすばらしかった受賞作群

赤坂真二教授

上越教育大学教職大学院教授 赤坂真二さん

特選の髙津直人氏の記録は、聾重複児の困難さを克服するために非日常のカフェを開くことによってコミュニケーションに対する自信を持たせるという手立ては、無理がなくかつ実現の可能性が高く、効果も高いと思われる。記述から子どもたち、そして教員の取り組みがありありと伝わってきた。同時に日常化が課題となるだろうと予期されるが、そこも課題と指摘してあり筆者の誠実さを感じた。
特別賞の佐橋慶彦氏の記録は、新型コロナウイルスの感染拡大による教室への影響についての考察が対話に注目した理由が合理的で納得できる。教室の子どもたちのコミュニケーションの日常に目を配り、その見取りを元に手立てを構想したことも自然な流れである。端的な手立ての記述に加え、妥当な効果測定の方法、それに基づく考察も焦点化されていて分かりやすい。共有財産としても質が高い。
入選の4作について。有松浩司氏の実践では、新型コロナウイルスの感染拡大によって各クラスの交流が途絶えそうになっていた状況において、児童からの発案で活動が起こっていく有様は、正しくオーセンティックな問題解決学習になっていた。井久保大介氏の中学校における理科、特別活動、総合的学習を連結したカリキュラム構想は、躍動感のある問題解決学習を実現していた。加藤圭太氏の実践では、学習に困難を抱えている場合が多いとされる通信制高校の生徒に確かな方法論に基づき、細やかなシステム、動機付けなどの工夫によって、学習意欲の喚起に成果を挙げた。彦田泰輔氏はよく考えられた手立てを緻密に仕掛けているにもかかわらず、読み手が混乱しないのは、筆者の問題意識が明確で指導の構えがスッキリしていて分かりやすいからであろう。
新採・新人賞の有江聖氏は、外国語を指導する教師の困難さに寄り添い、どんな教師でもできる、活用できるようになる英語の指導法を実践した。問題意識に公共性があり、事前調査、効果の大枠、効果の詳細という、実証の流れも説得力があった。
今回の受賞者たちは、実践力が秀でていることは勿論だが、問題意識が明確で、それを実践に反映させる構想力が特にすばらしかったと言えるのではないだろうか。

コロナ禍の状況下で、新たな実践の可能性が広がっていることに学校の未来を感じる

岩瀬直樹

学校法人軽井沢風越学園校長 軽井沢風越幼稚園園長 岩瀬直樹さん

情熱的な実践記録を数多く読ませていただいた。教室のありようが大きく変化したコロナ禍の2年間。多数の実践記録を読ませていただき、この状況下で新たな実践の可能性が広がっていることに学校の未来を感じる。
特選の「聾学校小学部中学部合同学習『カフェ開き』の実践」の髙津直人さんの実践は圧巻。審査員冥利に尽きる記録だった。子どもとホンモノ(社会)がつながる探究的な学びでの子どもの成長が丁寧に描かれている。よい学びは子どもや年齢を問わない、ということを示した。プロジェクト学習の設計のプロセスとしても読み手の参考になる。「教員が子ども達の力を過小評価していたのではないか」という振り返りには、これからさらに実践が深まっていく予感を感じるものであった。
特別賞「教室に対話を生む『サポートミーティング』」の佐橋慶彦さんの実践は、子どものナラティブを起点に、既存の社会的実践を現場の文脈に翻訳しながら、子どもたちとの新たな物語のプロセスが丁寧に描かれていた。授業の枠組みの記録が多い中、個の変容を記述してある点も評価したい。授業実践は一人ひとりの変容が描かれて、初めて記録としての価値が生まれると考えるからだ。
入選の有松さん。コロナ禍をマイナスと捉えるのではなく、この状況を学びの素材とする総合の優れた実践。加藤さんの実践は、徹底的に学習者をアセスメントし、自学自習支援システムを構築した労作。実践の成果をどう記述するかは大きなテーマだ。井久保さんの取り組みは、探究的な学びのカリキュラム設計、プロセスが読み手の参考になる。実践記録はこのレベルを期待したい。三者に通じることだが、実践を通して学習者の変容をどう記述するとよいか、来年度以降の「わたしの教育記録」の課題として提示しておきたい。そして学校づくり部門で入選の彦田さん。学校全体で教科横断的な単元をデザインし実践し、その過程で学び合う組織に変容していくことが伝わった。記録をより焦点化して描くとより訴求力が生まれたと思う。
新採・新人賞の有江さん。目的、実践全体の枠組み、個の変容、成果がバランスよく書かれていた。今後の発展を楽しみにしている。

教育の原点である「子どもを育てる」という熱い思いに触れることができ感謝

菊池省三

教育実践研究家 菊池省三さん

本年度も数多くの力ある実践論文に出合うことができました。コロナ禍でも全国で日々の教育活動に全力で取り組まれている事実に、読ませていただいた私自身が元気をいただきました。どの実践記録からも実践者の子どもを成長させたいという熱い思いが伝わってきました。
特選に選ばれた髙津直人先生の聾学校での実践記録には、「一人も見捨てない」という強い思いが込められています。子どもの興味関心の高い活動を素材に、多くの人と関わる機会を設定して必然性の高い学習が展開されています。「カフェ開き」までや本番での子どもたちや先生方の記録から、人と関わる力が確かに育っている様子とそれを見守る温かさが伝わってきました。その場にいるような気持ちになり、吸い込まれるように読ませていただきました。校種を超えて多くの人に知っていただきたい価値ある実践です。
特別賞の佐橋慶彦先生の実践は、対話の価値を教えてくれるものです。対話を通して受容と承認が進んでいることが分かります。今後はさらに、直面する身近な問題について、友達との対話を重ね、その問題解決への行動を通して、「社会」に参画する態度や自治的な態度を育てることにつなげてほしいです。
入選された4人の先生方の実践記録も、論旨が明確でした。子どもたちの実態からスタートし、目的達成に向かう手立てを効果的にとり、子どもたちの確かな変容が記述されています。
有松浩司先生のICTの活用、彦田泰輔先生の教科横断的なカリキュラムでの実践は、今、求められている教育でもあるだけに高く評価できます。井久保大介先生の実践は、子どもたちの探究心を育て、生徒と共に創り上げた指導記録です。教科を超えた実践に圧倒されました。加藤圭太先生の通信制高等学校での実践は、個に応じた丁寧な指導であり説得力があります。小学校や中学校の悪しき一斉指導のあり方を変えるヒントにもなると思います。新採・新人賞の有江聖先生の実践記録は、今でも活動中心の展開に終始している外国語科授業に一石を投じる内容です。「ひと工夫が担任の困り感をなくす」に納得しました。
教育の原点である「子どもを育てる」という熱い思いに触れることができ、感謝しています。

学校現場は捨てたもんじゃないよという元気をいただいた貴重な実践記録の数々

木村泰子

大阪市立大空小学校初代校長 木村泰子さん

130数編の応募くださいました方々にまずは感謝の気持ちを伝えます。今年度の教育記録を読ませていただき感じたことは、コロナ禍が長引くなか、先生方が肩の力を抜いて無理なく、自然な子どもとのかかわりを軸に実践されていることに心を動かされました。
なかでも特選の髙津先生の教育記録は、全国の学校に強く、そして温かく、今、不可欠な問いかけでした。聾重複障害がある子どもが「いつでもどこでも誰とでも○○できる」ことを目的に、あらゆる手段をさまざまな大人とともにつくり出していく実践記録です。髙津先生は「地域の小中学校でも生かせることがあるのでは」と遠慮がちにまとめられていましたが、地域の小中学校こそ自校なりの多様な実践を生み出す学びとして共有できる教育記録です。10年後の社会をともにつくる地域の学校の子どもたちが育たなければ、共生社会は実現しません。このことを示唆するかけがえのない教育記録に学びたいものです。特別賞の佐橋先生は対話の大切さをあらゆる手法を見いだしながら、子どもの事実に学び試行錯誤を繰り返していく実践記録です。互いの違いを尊重し合い、人と人をつなぐツールが対話です。この目的を見失うことなく、対話が生まれ始めた教室の事実につながる具体的な子どもの事実は価値があります。入選の有松先生の実践はコロナ禍だからできることを探り、ピンチをチャンスに変える発想で行動する力がすごいと感じました。加藤先生は自ら学ぶことができる教材の開発や助言を子どもの事実に応じてつくり上げていく実践が見事です。井久保先生の実践は子どもを変える前に教員自らが変わったことを実証する記録に、学ぶ視点が山積みです。彦田先生の実践はコロナ禍だからこそできる学びを深く追求しているところに意義深いものを感じました。有江先生は教員たちの英語に対する困り感を克服したいところに目的を置いた実践です。おそらく英語に関する学校の環境が変わっていっただろうと想像できました。
皆さんの貴重な教育実践の記録を学ばせていただき、まだまだ学校現場は捨てたもんじゃないよって元気をいただきました。進化と継続あるのみです。ありがとうございました。

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