小4道徳「『正直』五十円分」指導アイデア
執筆/北海道公立小学校教諭・樫 由美
監修/北海道公立小学校校長・荒井亮子、文部科学省教科調査官・浅見哲也
使用教材:「正直」五十円分(光村図書)
目次
授業を展開するにあたり
四年生の児童は、クラブ活動や委員会活動に参加するようになり、中学年として意見を発表しようとしたり、進んで活動に参加しようとしたりする姿が見られます。しかし、自分が行動することに一生懸命なあまり相手のことを十分に考えられないことも多いように感じています。
そこで、この授業では、相手意識をもって考え、他者に対してうそを言ったりごまかしたりしないことが自分自身の快適さにつながることに気付くことができるよう、2つの視点を大切にしながら授業づくりをしました。
視点1:考える力を育てるために
①おいしく感じるのはどっち?
導入部分でどちらのほうがおいしいかを考える場面として「暑い外で食べるアイスと寒い外で食べるアイス」「苦労して自分で育てたミニトマトとお店で買ったミニトマト」「一人で食べるお弁当と遠足のときにみんなで食べるお弁当」の3つの状況を提示します。
児童はさまざまな理由で自分がおいしいと感じるほうを選びます。どちらのほうがおいしく感じるのかを考えることで、気持ちや状況、環境などの条件によって、より食べ物がおいしく感じることがあることを整理します。
その活動を行うことで、教材文の中の「『正直』五十円分」のおっちゃんからもらったたこやきへの思いを高められると考えます。
②五十円足りないときと五十円多いときのたけしの心情を比較
この教材には、「おつりが五十円足りない」と「おつりが五十円多い」という場面があります。そのときどきのたけしの思いをしっかりと捉え、比較します。
比較して考えることで、児童はおつりが多かったとき、五十円をたこ焼き屋のおっちゃんに返しに行くことに決めたたけしの思いに寄り添うことができると考えます。
視点2:表現力を育てるために
書く活動
ワークシートに中心発問である「たけしが五十円を返しに行くことに決めた理由」について自分の考えを書いていきます。私は、書くことによって自分の考えを整理していくことができると思い、書く活動を大切にしています。
また、周りの友達の考えを聞き、ワークシートに書いた自分の考えと比較したり、似ているなと感じたりすることで、自分の考えを高め、道徳的価値に対する考えを深めていくことができると考えます。
▼毎時間使用しているワークシート
おおよその授業では、中心発問で主体的な解決をします。その後、児童は話合いなどの対話的な活動を通して、考えを変容させていきます。このワークシートの形式は主体的な解決を支援し、その後の考えの変容を見とることができるよさがあると考えています。
実際の授業展開
主題名
正直な心で
教材名
「正直」五十円分
ねらい
多かったおつりを返しに行こうと決めたたけしの心情を考える活動を通して、正直で誠実に行動し、明るく生活しようとする態度を育てる。
内容項目
A 正直、誠実
準備するもの
・ワークシート(児童配付用)
・場面絵①③④⑤
ワークシートのPDFはこちらよりダウンロードできます
小四道徳学習プリント「 『正直』五十円分 」
指導の概略(板書計画例)
導入
①どちらがおいしく感じるのかを考える。
- 気温や食べる人の思いや状況によって、同じ食べ物でもおいしさが変わることを共有する。
展開1
②お釣りが五十円足りないときのたけしの思いを捉える。
- 「おばちゃんにお釣りをもらいに行かなければ」損をするという、児童の素直な思いを引き出す。
展開2
③お釣りが五十円多いときのたけしの思いを捉える。
- 場面絵の表情に着目させながら、たけしのすっきりしない気持ちについて考える。
- お釣りが五十円足りないときと多いときの気持ちを比較させることで、中心発問へとつなげていく。
展開3
中心発問④「どうして、たけしは五十円を返しに行くことにしたのかな?」
- ワークシートに自分の考えを書く活動を通して自分の考えをもち、友達の考えと比べながら考えを深めていけるように関わる。
- たけしの表情の変化に着目し、正直に行動したときの気持ちよさに気付くように関わる。
- 全体交流の中では誰の気持ちなのかを明らかにしながら板書に位置付け、児童の考えを分かりやすく整理する。
終末
⑤学びをふり返る。
- 今までの自分をふり返ったり、これからの自分について考えたりしながらワークシートに学びのふり返りを記入する。
ここがアクティブ!授業展開の補足説明
場面絵の中の人物の表情を比較して考える
この授業では、『五十円を返しに行くことをためらう場面絵』と『五十円を返して気持ちよくたこ焼きを食べる場面絵』を比較することで、児童の考えを引き出し深めていくことをねらいました。場面絵の中で特に注目させたいのは人物の表情です。
おつりが五十円多かったことで、たけしは葛藤を始めます。得をしてうれしい気持ちだけであれば笑顔になるはずですが、そうではない別の気持ちがあることで表情は曇っています。
どうして表情が曇っているのか注目させることで、「たけしはなぜ五十円を返しに行ったのか」を考えるきっかけをつくることができました。文章だけでは状況を理解することが難しかった児童にとっては大きな配慮になりました。
また、『正直五十円分のたこ焼き』を食べるたけしはすっきりとした明るい表情をしています。この表情から正直になれた気持ちよさを感じることができました。
主人公に共感し、正直になれたときの気持ちよさを想起する上で表情に着目させることはとても効果的でした。五十円を返しに行くかどうか葛藤し曇った表情と比べると、さらに児童の考えを引き出すことができます。
テーマ学習をするうえでの注意点・ポイント解説
損をしたくない、得をしたいと思う気持ち
この授業で、正直になれたたけしの清々しい気持ちに共感するためには、五十円を返すのが惜しいと思う気持ちにも共感することが大切だと考えます。得をしたいと思う気持ちは誰にでもあり、児童も主人公と同じように悩んでほしいと考えました。
そのために、お釣りが五十円足りなくてお店に戻る場面に注目しました。おこづかいを大切に使おうとすることはよいことで、児童は損をすることを避けようとするたけしの気持ちに共感することができます。
五十円を返そうか、たけしが葛藤する場面の話合いでは、はじめは「おじさんが困っているから返す」といった考えが多かったのですが、前の場面をふり返ることで、「黙っていれば分からない」「五十円得をしたい」という気持ちもあるのにどうして返すことにしたのかという、児童の問いを生み出すことができました。
正直であることがよいことは、中学年の児童にとっては明らかなことです。「損をしたくない」「得をしたい」といった素直な感情をもつ自分をふり返ることで、より深く正直であることのよさを考えることができました。
教科調査官からアドバイス
文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官・浅見哲也
いつもの水がとてもおいしく感じられる経験は誰もがもっているかもしれません。確かにそのときの状況によって同じ物でも味が異なることがあり、その人の心の状態が大きな影響を与えるものと考えられます。
得をしたその瞬間はうれしくなるものですが、それが不正であると、時間が経過するにつれて後悔の気持ちがわいてきます。このように最初の気持ちと時間が経過したときの気持ちを考えるのも、一つの多面的・多角的な見方や考え方と言えるでしょう。
授業者の先生は、こうした人の心理をしっかりとつかみ、発問に生かしながら児童たちが自らの心を捉えられるように工夫しています。道徳性の様相の一つである道徳的心情について、学習指導要領解説 特別の教科道徳編では、「善を喜び、悪を憎む感情」と説明しています。
よいことをしたり、見たりすると気持ちがいいというだけでなく、悪いことをしたり、見たりすると気持ちが悪い、おいしいご飯がおいしく感じられないというのは、正常に心が働いているということになります。
『教育技術 小三小四』2021年2月号より