「短時間で集中して学び、心ゆくまで遊ぶ」町田市立小山田南小学校が挑む、公立校の常識を覆す教育改革
平均テスト60点台、学力低迷にあえいでいた一つの公立小が、わずか1年で“V字回復”を遂げた――。町田市立小山田南小学校で進む教育改革は、授業時間の再設計、徹底した基礎反復、チーム担任制、そして校長自らが仕掛ける「熱狂」によって、学校文化そのものを書き換えつつある。改革の伴走者となったのは陰山英男氏。その具体的な関わり方と仕組み、さらに自主公開の研究発表会における望月校長、陰山氏それぞれの講演録を通して、短時間集中・遊び全力の学校づくりの核心に迫る。
目次
授業の再構築と指導体制の見直しによる異例の教育改革

2025年11月28日、東京都町田市立小山田南小学校において、これまでの公立小学校の常識を大きく覆す「自主公開研究発表」が開催されました。全国14都府県から約150名が参観に訪れ、教員のみならず、地方教育委員会の担当者、大学研究者、有名学習塾関係者など、多様な立場の参加者が集まりました。さらに、自主公開の場としては異例となる、文部科学省の次期学習指導要領担当者による視察と講話も実施され、大きな注目を集めました。
会場には、参観者が寄せていた期待と、予想を超える授業の光景に触れた際の驚きが混ざり合い、圧倒されるほどの活気が広がっていました。

なぜ小山田南小学校がここまでの注目を集めているのでしょうか。同校が掲げる研究テーマは「基礎・基本 集中反復で学び続ける力を高める」。陰山英男氏を学力向上アドバイザーに迎え、昨年12月からスタートした授業改革は、わずか1年足らずで子供たちの学びの姿を劇的に変えつつあります。その取組の全貌は、徹底した「基礎学力の強化」と、教員組織のあり方を見直す「チーム担任制」という二つの大きな柱で構成されていました。
集中反復を取り入れた圧倒的な基礎力重視の工夫
改革の根幹を成すのは、授業時間の抜本的な再構築です。とくに重視されているのは、毎週火曜日から金曜日の朝に行われる「集中反復モジュール授業」。年間約3,000分にも及ぶこの時間では、音読、百ます計算、漢字、タイピング英単語、といった基礎トレーニングが、極限まで研ぎ澄まされたスピードとテンポで繰り返されます。


この学習を支えるために、道具や教材にも独自の工夫が凝らされています。例えば、鉛筆削りの時間を削減し、常に最適な太さで書けるよう、コクヨ製の「鉛筆シャープ」を全校で導入しました。また、各教科の重要ポイントを凝縮した『陰山メソッド たったこれだけプリント』を活用することで、学習の要点を効率的に定着させる仕組みを整えています。
具体的な教科指導においても、従来の手順とは異なる「前倒し」のアプローチが採用されています。漢字学習では、新学年の漢字を前の学年の3学期から学習し始め、4月には全校一斉の「K-1グランプリ(漢字ONEグランプリ)」で定着度を測ります。つまり、新年度4月にはすでに当該学年の漢字学習を全て終えているのです。さらに、単漢字を覚えるだけでなく、漢字辞典を活用して貯金するように自分のお気に入りの熟語を習得していく「コトバンク」、全校共通の級別漢字検定「読みスタ」「書きスタ」などの学習活動を通じ、語彙力を飛躍的に高めています。

算数においても、「百ます計算2分以内」や「カラーテスト平均90点」といった明確な数値目標を掲げ、「満点を取る体験」を積み重ねることで、子供たちに「やればできる」という自信と学習意欲が大きく育っています。
教員の働き方と指導体制の改革
学習面での改革と同時に進行しているのが、教員の働き方と指導体制の改革です。同校では3年生以上において、従来の「学級担任制」を廃止し、「チーム担任制」を導入しました。これは、一人の教員が固定のクラスを受け持つのではなく、学年の教員チーム全員でその学年の児童全員を見るというシステムです。1週間ごとに担任を学年内でローテーションすることで、子供たちは複数の教員の目で見守られる安心感を得られ、教員側も責任を分担することで精神的な負担が軽減されます。また、教科担任制を併用することにより、指導の均等化、学級崩壊の防止、欠員が出た際の柔軟な対応が可能となり、開放的で透明性の高い学校経営が実現しています。
こうしたドラスティックな改革の背景には、全国平均を下回る学力状況や、子供たちが抱く「どうせできない」という学習性無力感への強い危機感がありました。小山田南小学校の挑戦は、基礎・基本を徹底的に反復習得させることで子供たちの自己肯定感を高め、その土台の上に主体的な学びを築こうとするものです。「勉強は短時間で集中して終わらせ、あとは思い切り遊ぶ」。そのメリハリのある学校生活の中で、子供たちは自らの未来を切り拓く力を着実に身につけようとしています。
わずか1年での学力向上と子供たちの変化――小山田南小学校・望月校長が語る、学校文化を変えた“筋トレ学習”と“学習グランプリ”
発表者:小山田南小学校 校長 望月伸司 先生
本校の取組は、低学力と学習に対する自信のなさに対する危機感からスタートしています。しかし、今日の子供たちの姿を見て、「全くそんな感じはしない」と思っていただけたのではないでしょうか。むしろ、「すごい可能性を持った子の集まりだ」と感じた方も多かったと思います。わずか1年足らずで、子供たちは劇的に変わりました。
昨年の段階では、単元別のカラーテストの平均点が60点台ということも珍しくありませんでした。他の学校では80点、90点が当たり前のテストです。小学校のカラーテスト「平均60点台」がいかに危機的な状況か、教員の方ならお分かりいただけると思います。
「いつかやる気になったら」では手遅れになる
「勉強が苦手でも学校が楽しいならそれでいい」「いつかやる気になったときに巻き返せばいい」、一見やさしい言葉ですが、現実は異なります。進級・進学するほど学力課題は積み上がり、実際に巻き返せる子はごく少数です。
いつかやる気になったときに、小学校の足し算・引き算からやり直せる根性と持久力を持っている子がどれほどいるでしょうか。学力の不足は将来の選択肢の縮小と直結します。目の前の大切な子供たちの未来を考えたときに、「このままではいけない、子供たちが自分の学力(学ぶ力)で自分の未来を切り拓けるようにしなければ」と決心しました。(もちろん、不登校などで学びに向かうこと自体が難しい子供もおり、そうした子への丁寧な支援は欠かせません。)
本校の子供たちは、素直で学びにまっすぐ。授業はよく聞き、ノートも頑張って書く。若手中心の教員も、みな一生懸命に授業をしています。熱心に教える教師、素直に学ぶ子供たち。その姿は確かにある。それでも、漢字の定着は進まず、基礎計算でつまずく子が多いという現実。「頑張っているのに、伸びない」。この矛盾に向き合ったとき、原因は個々の努力ではなく、「授業設計そのもの」「学習の進め方そのもの」 にあるのではないか、と私たちは考えたのです。
どちらも一生懸命。それでも成果が出ないなら、やり方を根本から変えるしかない。教師は教育のプロ。プロなら結果を出すことが責任。私たちの教育改革はその原点に戻ることからスタートしたのです。
陰山メソッド導入の決断と「誤解」の解消
現状を変えるヒントをもらうために私たちは陰山英男先生にコンタクトを取りました。なぜ陰山先生なのか? それは、日本でいちばん「学力向上」というテーマに一途に向き合い、揺るがず研究と実践を続けてこられた方だと考えたからです。陰山先生は、私の話を聞いて、「よし、すぐに取組を始めましょう!」と言ってくださいました。「えっ? こんなにとんとん拍子に話が進んでいいの?」と驚いたのを覚えています。昨年(2024年)の12月4日のことです。

しかし、陰山先生のイメージといえば百ます計算。「基礎をゴリゴリやらせる」「スパルタ」といったイメージはありませんか? 「学力が上がるのはうれしいけれど、本校の子供たちの大らかさがなくなっちゃうのは困るなあ……」という心配がふと頭をよぎりました。
しかし、それは誤解どころか実際にはまったく逆でした。陰山先生のモットーは、「勉強は”苦しい”ではなく”楽しい”」「ちょっとやっただけですごく伸びることが大切」。さらに、次の言葉は決定的でした。
「勉強なんてさっさと終わらせて、子供は思う存分遊んだらいいんですよ」
そう、私たち(小山田南小学校&陰山英男先生)がめざすのは、我慢して長時間勉強するのではなく、集中力をつけて短時間で基礎を完璧にし、余った時間でワクワクするような学びや遊びに向かう学校という点で、完全に一致したのです。
大切にしたのは以下の4つの考え方です。
● 勉強とは集中するトレーニングである。
● 「ゆっくり丁寧」から脱却し、サッと完璧にできるまでやる。
● 子供の伸びは数値で証明する。
● 低学力の最大の原因は「劣等感」である。
研究授業よりも「毎日の筋トレ(基礎反復)」で学力を上げる
実際の取組として、朝の「モジュール学習」を開始しました。火曜日から金曜日まで、毎朝20分間。年間で約3,000分にもなります。多くの学校が「どういう授業が良いか」を頭で議論し、年に数回の研究授業を行っている間に、本校はひたすら毎日「筋トレ(基礎反復)」をしているのです。華やかな研究授業はしませんが、その代わり、徹底した反復練習を毎日行います。
しかし、その分、午後の授業時間は週2時間カット。朝、ものすごい集中力で勉強に取り組み、そのぶん午後は早く帰る。メリハリのある学校生活です。

7月からはアナログからデジタルへ移行し、「デジタル百ます計算」や「タイピング英語」も導入しました。まだ初めて4か月足らずですが、日々記録を更新していく子供たちの能力の向上に驚いています。確かな手応えを感じます。

学校全体に「学力向上ムーブメント」を起こす
全校の子供たちの意識を勉強へ向けるには、「理論」だけでは足りません。必要なのは圧倒的な「熱」。学ぶ熱が連鎖し、伝播し、学校文化そのものが変わるような「ムーブメント」なのです。
そのために、校長特別企画として全校学力イベントを仕掛けました。全校一斉漢字テストである「K-1グランプリ(漢字)」や、全校で100ます計算のタイムを競う「100-ONEグランプリ(百ます計算)」です。100-ONEグランプリに関していえば、「校長先生、漢字だけじゃなくて100ます計算のグランプリも開催して!」という子供たちの声から始まりました。グランプリの時期は学校中の壁にポスターが張り出され、盛り上がります。

また、「読みスタ」「書きスタ」という全校共通漢字検定も導入しました。これは自分の学年をクリアすれば、どんどん上の学年に飛び級して進めることも可能です。とくに「読みスタ(漢字の読み検定)」は、教室を飛び出て学校中の大人にテストしてもらうことができます。子供たちは、校長はもちろん、廊下ですれ違った先生、事務の主事さん、栄養士さん、スクール・サポート・スタッフ(SSS)の方、来校したお客さんや保護者など、いつでも誰にでもテストをお願いして、その場で合格したらサインをもらうことができます。子供たちの検定表にはたくさんの大人の多種多様なサインが並んでいます。全校の大人すべてが子供たちの学びを応援し、学力向上の一翼を担うのです。


「学力」が上がれば「学校」が変わる
本校は、数値による教育効果の検証を重視しています。5月末の時点で、新学年の漢字習得率は91%に達しました。「新学年の」配当漢字ですよ。普通は1年かける内容を、最初の2か月でほぼ習得しているのです。算数の単元テストも、昨年度は平均72点だった学年が、今は90点近くを取れるようになりました。

そして何よりうれしいのは、子供たちの雰囲気が大きく変わったこと。学力が上がり、自己肯定感が高まるにつれて、遅刻やケンカ、対人トラブルや問題行動が減りました。つまり、基礎学力の向上は、子供たちの心も安定させるのです。
速習授業や前倒し学習で、そんなに早く学習を終わらせて、残った時間で何をするの? とよく質問されます。答えは2つです。一つは繰り返しの学習で基礎を完全に定着させること。一度習ったら絶対に忘れない子なんているわけがありません。子供は(大人だって)、忘れるのが当たり前。だから、例えば漢字なら熟語の学習等で語彙を増やしながら、覚えるまで何度も繰り返します。算数に関しても同様です。
二つ目は、子供たちが目を輝かせて主体的に取り組むような探究的な学びです。圧倒的な基礎という土台があるからこそ、その上にワクワクする躍動的な授業や自由進度学習が成立するのです。
教員の真摯な挑戦が、学校の未来をつくる
子供たちが主体的に学び、瞳を輝かせる学校を実現するために、私たちはこれからも挑戦を続けていきます。そして、その原動力となっているのは、何よりも教員一人一人の持つ揺るぎないエネルギーと、子供にまっすぐ向き合う誠実さです。日々の授業改善には、自らの指導を見直し、時にこれまでのやり方を手放して新しい方法に挑むという大きな困難が伴います。しかし本校の教員はその壁を乗り越え、絶えず学び続けています。こうした真摯な取組が、本校の授業実践を強力に前進させているのです。
劇的な成果に驚いた――陰山英男氏が明かす、小山田南小の授業改革と集中反復による学力向上の仕掛け
講演:陰山英男 先生(教育クリエイター / 元・立命館小学校副校長 / NPO法人日本教育再興連盟 代表理事)
昨年の12月4日、私は小山田南小学校の望月校長先生と初めて電話でお話ししました。
「子供を伸ばすためには、百ます計算でタイムを測ったり、教科書が読めない子に音読をさせたり、多少“掟破り”なことも必要ですよ」
私がそう伝えたとき、望月校長は躊躇するどころか「面白い」とおっしゃったのです。その一瞬で私は直感しました。「この校長先生ならやれるかもしれない、いや、すごいことになる」と。
私は即座に電話を切り、Zoomをつないで1時間半の研修へと切り替えました。そこから始まったのが、今回のプロジェクトです。



私ももう70歳手前です。それで「私の持っている知見をすべて誰かに引き継ぎたい、遺言のようなつもりで伝えたい」という焦燥感にも似た強い思いがありました。
しかし、わずか1年足らずでこれほど劇的な成果が出るとは、正直なところ予想していませんでした。
本日は、テストの平均点が60〜70点台で低迷していた学校が、いかにして半年後に90点前後をたたき出すに至ったのか。その裏にある「仕組み」と「仕掛け」をお話しします。
日本の教育が直面する「危機的現状」と次期学習指導要領
今、学校現場はかつてない困難を迎えています。不登校の児童生徒は激増し、学校から足が遠のいています。「フリースクールや通信制高校があるではないか」と言われますが、ある大手通信制高校の教務主任は私にこう訴えました。「陰山先生、通信制では子供たちの未来を切り拓いてやれないんです。基礎基本ができていない子たちに指導したくても、教師1人で150人の生徒を抱えていては無理なんです」
結果として、彼らの多くはニートや引きこもりになり、社会との接点を失っていると言われるのです。そして学校を出た彼らについては、もはや統計すら取られていません。
一方で、千葉県のある実践校では、児童の1割がイスラム圏の子供たちという状況も生まれています。山の中に「イスラム村」ができているような現状です。人手不足の中で、職につけない若者があふれ、その穴を外国人が埋めている。学校現場は、社会構造の変化の最前線に立たされています。
こうした中で文部科学省が進める次期学習指導要領の方向性は、「主体的・対話的で深い学び」の「実装」です。これを実現し、確かな学力を身につけるために、私が本校に提案したスタンスは以下の3点です。
- 基礎基本の向上を優先的・圧倒的なものに高める
「教科書の授業は遅れてもいいから、まずはこれを優先してやってください」と申し上げました。 - 「教える復習型授業」から「自立予習型の速習授業」への転換
先生が教壇で教え、子供がノートを取り、家で復習する。このフォーマットを続ける限り、主体的な学習など不可能です。高い基礎力を土台にした「予習型」へ切り替える必要があります。 - 学習のデジタル化
集中的な反復学習と自学自習の上で、GIGA端末を有効活用すること。数千億円をかけた端末が学力向上に役立っているのか、という厳しい目が議会や保護者から向けられています。学力を高めることこそが、保護者の圧倒的な信頼と支援を得るための生命線なのです。
学力向上の核は「計算」よりも「漢字」にある
私が最初に提案したのは、「百ます計算」ではなく、「漢字」でした。なぜなら、漢字学習こそが子供の知能を最も高めるからです。言語能力こそが知能の源泉なのです。小山田南小では、1年分の漢字(2年生なら120字、高学年なら約200字)を一気に覚えさせる取組を行いました。
「10倍になった!」6年生の叫び
1月に漢字テストを行った際、ある6年生の児童がこう言いました。
「先生、僕、漢字テストの点が10倍になった」
10倍になるということは、元が10点以下だったということです。想像してください。平均点がどうこう以前に、10点以下しか取れないまま教室に座り続けていた子供の苦しさを。それが1か月の集中学習で80点取れるようになったのです。逆に言えば、1か月で80点取れる子供を、8点に留めておいたということですよ。どれだけ授業がつらかったか。私はその子のことを思うと胸が痛みました。
具体的な指導法:徹底反復と「漢和辞典」
漢字については、私が開発した『徹底反復 漢字プリント』を使い、授業で覚え方を指導し、テスト前には問題も答えも教えます。
単元ごとに漢字を覚えて、その次の漢字テストまで約2週間か1か月かかってしまったら、その間に「忘れる」ということが起きてくるんです。そして「忘れる」ということが、低学力になる最大の理由です。だから徹底的に反復して定着させるんです。
そして、次に重要なのが「漢和辞典(漢字辞典)」の活用です。
漢字を覚えたら、次は覚えた漢字を元にした熟語を全部調べて覚えていきます。私はそれを「熟語習熟」と呼んでいます。例えば1つの漢字に、仮に熟語が4個あるとするとしますね。そうすると200字の漢字に対して、だいたい800の熟語を覚えなきゃいけないわけですよ。大変だなと思われるかもしれませんが、実は簡単なんです。だって片方の漢字はすでに習って知っているわけだし、もう片方の漢字は前の学年のものであれば、熟語の意味は大体推測できます。この熟語を調べて覚えていくために使うのが、漢和辞典なんです。
読解テストの成績が悪いのは、漢字、熟語が読めないからです。小学校5年生以降の子に社会や理科の教科書を読ませてください。本当に読めません。読めるのはせいぜい2割か3割です。ですから、漢字をとことん覚えていかなければならない。繰り返しますが、語彙力の向上が知能を高めるのです。
この10年の間にいろんな学校をみてきた中で、1年間で突出して高速の学力達成をした学校が3、4校ありますが、この学校に共通していたのが、まさに漢和辞典の活用だったんです。もし明日から実践されるなら、児童全員に漢和辞典を持たせてください。1冊2000円程度ですが、これが最も安上がりで効果的な投資です。
繰り返すことで、子供の頭の中に「漢字を覚える回路」が出来上がります。漢字を覚える力が育ってくるので、3月段階には翌年度の新出漢字を、高速に教えてしまうんです。そして一度漢字の習得方法を覚えた子供たちは、ものすごい速度で習得していきます。
実際、4月に行った新学年の漢字まとめテストでは、2年生の定着率は26%でしたが、6年生はなんと90%でした。高学年になるほど脳が成長し、回路ができているため、一気に習得できるようになるのです。しかも特別支援学級の子供たちも普通学級の子供たちと同じくらいに定着していたことは驚きでした。
そして2年生も、4月には3割足らずの定着であっても、そこから反復し、5月には9割近い定着にたどり着いていたのです。そこからさらに熟語習熟しますから、1学期末には完璧に漢字を使いこなせるようになっているのです。これこそがテスト平均90点の土台になっているのです。いろんなテストの点を上げるには、漢字の習熟がいちばんの近道なのです。


鉛筆をやめ、「鉛筆シャープ」を使う理由
低学年のクラスには「徹底反復 ひらがな・カタカナ運筆ドリル」と「鉛筆シャープ(コクヨ製)」を導入しました。誤解を恐れずに言いますが、鉛筆を使っている限り、子供の学力は上がりません。
鉛筆は細く、子供はどうしても強く握りしめてしまいます。筆圧が強くなると手が動かなくなり、書くこと自体がストレスになります。ストレスを感じながらでは、漢字など覚えられるはずがありません。
実際に、鉛筆の持ち方を直し、筆圧を下げたその瞬間から、今まで覚えられなかった漢字をスラスラ覚え出した事例があります。
- 太くて三角形のシャープペンシルを使う
- 筆圧を下げる
- 「あいうえおの『あ』」と認識させず、ただ線を引かせる
「字を覚えなきゃ」というプレッシャーと「書く」作業を同時に行うと脳がフリーズします。まずはお手本通りに線を引くことに没頭させる。今日の1年生の授業でも、10分、15分と長時間にわたり、子供たちが驚くほどの集中力で取り組んでいる姿を確認しました。
「教えない」高速授業と、子供の自立
授業は「高速」で行っていただくようにお願いをしました。
教科書の内容を全て網羅しようとすると情報過多になり、低学力の子はついていけません。でも各単元のポイントは実は多くありませんから、ポイントを絞って教えるということが大事なんです。ポイントを抽出した「たったこれだけプリント」を使えば、1年間の学習内容は20〜30ページで完結しますから、1年間でどれだけの学習するかという内容も見えてきます。初めにこれを見せることで、子供たちは学習の全体像を俯瞰できるようになります。その俯瞰的理解を元にしながら、高速にその授業を進めていく。子供たちは基本的な説明で、すぐに演習をしていきます。
失敗する「3倍速授業」との違い
ただしこれをやるには条件があります。先日、別の学校で「3倍速授業」の実践を見ましたが、失敗していました。先生はただ速く進めるだけで、子供たちは楽しそうではありませんでした。なぜか。実はそのクラスでは、6年生になっても「百ます計算」を2分以内で解けない子が20人もいたのです。基礎的な力が圧倒的に高まっていない状態で、表面だけ速く進めるのは酷なことです。小山田南小の子供たちが楽しそうなのは、基礎力がついているからこそ、速い授業に乗っていけるからです。
できない子は「前」へ、できる子は「先」へ
黒板の前で2メートル、3メートル離れた場所からいくら解説しても、子供たちには届いていません。だから授業中、分からない子には自ら黒板の前に集まってもらうようにします。自ら集まれるのは、「分からない」を自覚できている証拠です。先生はそこで、目の前で一人ひとりの目を見て指導します。分かった子から席に戻り、どんどん先へ進む(予習する)。
板書もポイントだけを板書しておくと、この授業で本当に重要なことは何だったのかということがよく分かります。教師の常識として、その1時間の授業の流れを全部板書するんだという考えもあるかもしれないけれども、全部教えようと思ったって、時間が足りません。ポイントだけを絞って説明して、ズバッと入っていくことによって、授業は高速化していき、子供たちは予習をするようになってきます。
そうすると、試しにその単元の最後に行う単元テストを最初にやらせてしまうということも成立するわけです。それで満点取る子が出てくるわけなんですよね。教えもしないし、何にもしてないのに、子供たちはそれを全部自分の力でやってますから、これ以上「主体的」なことはないわけですよね。
ある1時間の授業風景を見ていると、ある子は先生のところに聞きに行っている、ある子は1人で黙々と解いている、またある子は何人かのグループで解いている。一見するとバラバラに動いているようで学級崩壊に見えるかもしれませんが、これこそが自立した学習者の姿であり、次期指導要領がめざす形なのです。
デジタル活用の本領とは
これからの時代、タイピングによる学習も極めて重要です。運筆が苦手な子でも、タイピングならストレスなく英単語を習得できる場合があります。実際、特別支援学級に在籍しながら、タイピング学習を通じて学年トップの英単語力を身につけ、普通学級に復帰した中学生の事例もあります。

「百ます計算」についても、小山田南小では夏以降、筆記からテンキー入力に切り替えてもらいました。計算がより高速になり、正確なタイムも測れるようになりました。
百ます計算は、低学年で「2分以内」、高学年で「100秒以内」が、つまずかないレベルです。しかし、速く数字を書こうとすると、それがストレスとなり、ブレーキになります。これをテンキーに切り替えることで、30秒以内でできる子がたくさん出てきます。現在最高速は16秒。ここでテンキーに慣れた子供は、表計算にも慣れ、新たなデジタル計算力を生み出してくれるでしょう。
今後は、もっと様々な学習も全部デジタルで学習ができるようになってきます。教科書もデジタル化されて、教材への自由なアクセスができるようになると思います。つまり3年生が5年生の学習内容にアクセスできるようになってくるんですね。そんなとき、基礎学力がついている状態で、そういう学習コンテンツがデジタル上にあれば、その子供たちはどんどん自分で進めていくことができる。小学生が方程式を解く風景は、すぐそこまで来ていると思います。
また、デジタル教材を使えば、リアルタイムで全児童の進捗を把握できますから、校長室からクラスの状況を見て、遅れているクラスがあればすぐにサポートに入ることができます。「教師の管理強化だ」と批判する人がいますが、違います。3年生の内容ができていなければ、4年生の担任は苦労します。その積み重ねで、5年生の担任は極めて厳しい状況に立たされます。学校全体でデータを共有し、つまずいている箇所を早期に発見して手当をする。これは管理ではなく、必要な支援を届けるためのコンサルティングなのです。
学力向上が教師個人に託されても、達成されないのは、全国の学校が証明しています。学校を組織として生かすことが求められているのです。
重要なのは「教え方」よりも「教材」の力
結局のところ、重要なのは「教え方」よりも「教材」だと私は思います。公文式がこれだけ世界に広がったのは、優れた「教材」があったからです。授業改善を教師個人の力量や「名人芸」に求めても限界があります。優れた教材とシステムがあれば、誰が教えても子供たちは伸びるのです。
先生方にお願いしたいのは、学級の課題を一人で抱え込まないことです。校長先生を中心として、学校全体で取り組んでください。今回の小山田南小の成果も、全職員が一丸となって取り組んだからこそ生まれたものです。
そして最後に、ここにいる優秀な先生方には、ぜひ「校長」をめざしてほしいと思います。なぜなら、学校を組織として生かせるのは校長だからです。「担任でいたいから校長にならない」という風土が消えない限り、学校での学力向上は夢物語に終わります。
夏目漱石の『坊っちゃん』や多くの学園ドラマに出てくるような、ただの「いい人」の校長では、学校は変わりません。優秀なリーダーが校長となり、強いリーダーシップで学校経営を行うことこそが、日本の教育を良くするいちばんの近道です。ぜひ、良い校長になってください。
取材・構成/編集部 ※記事内の写真・画像(指定外)は小山田南小学校より提供されたものです
