【威圧的な指導に対する疑問】

公立小学校で小学6年生の担任をしています。クラスの子供たちに対して、威圧的に指導する風潮が学年であります。子供に舐められないようにという意味もありますが、子供が教師の顔色を伺いながら行動しているように感じて、この指導方法が適切か悩んでいます。(みー先生・30代女性)

「すべき論」から離れてみましょう

回答者: 愛知県公立小学校教諭 佐橋慶彦

ご相談ありがとうございます。子供たちの思いに耳を傾け、主体性を大切にされていることが文面から伝わってきました。もし学年全員が迷いなく威圧的な指導をしていたら、子供たちはとても窮屈な思いをしなくてはなりません。疑問を感じている先生の存在が、きっと大きな救いになっているのではないかと思います。

私も「高学年はまずしめておかなければ」と当り前のように叱りつける指導に、疑問をもったことがありました。それでは子供たちが“良い子を演じる”ようになってしまうだけです。また、子供たちに考えさせる指導を、甘い、ゆるいと捉えられてしまったこともありました。

そんな時に自分が意識していたことを紹介したいと思います。

■寄り添った指導に目を向ける

威圧的に指導をしているように見える先生にも、子供たちに寄り添っている瞬間が必ずあります。一緒に遊んでいたり、丁寧に机間指導をしていたり…。そのような姿を見付けて「○○さんすごい嬉しそうでしたねー」などと、できるだけ自然に伝えていました。寄り添った指導の話題を少しずつ増やすことで、学年の注目が「どう子供たちを押さえつけるか」から少しでも離れるようにしていました。

■「すべき論」から離れる

また、「子供たちに寄り添うべき」とこちらが考えていると、否定的なニュアンスがどうしても伝わってしまいます。いくら良い考えであったとしても、相手の考えや哲学を傷つけるわけにはいきません。そこで私は「厳しく叱る指導がうまくできなくて」と話すようにしていました。「すべき論」は相手を否定しますが、「得意/苦手」を意識して話すと互いの個性を尊重することができます。いつしか「自分はあんまり上手に子供の話を聞けなくてさ」と向こうからも相談してもらえるようになりました。

逆風に感じられるかもしれませんが、きっとその分大きな喜びが返ってくるはずです。学級の子供たちとともに素敵な卒業式が迎えられるよう願っております。

学校の先生に役立つ情報を毎日配信中!

クリックして最新記事をチェック!

の記事一覧

雑誌最新号